8 / 63
ありえない告白
しおりを挟む
「ボクのバッグどこ⁈」
円は裸のままガバッと起き上がり、辺りを見回した。
見たことのない場所だ。
壁にかかっている時計は朝6時をさしている。
天井には白い電球がついたダウンライトに、黄ばんだエアコン。
壁にはスポーツ選手のポスターに、マンガがたくさん入った本棚。
床には黒一色の絨毯が敷かれていて、その上には物が乱雑に置かれたローテーブルが鎮座している。
その他には30インチのテレビ、使い古した座椅子、少し離れた場所には狭い2口キッチンが見える。
──ここ、どこ?
「あ、あの、富永さんのバッグ…ここです。」
聞き覚えのある声がして、それに反応するように振り返ると、すまなさそうな顔をした大木がバッグを差し出した。
「ああ…ありがとう。」
円はバッグを受け取ると、その中をガサゴソ漁ってピルケースを出した。
「ごめん、水ある?薬飲みたいんだけど…」
「あ…そうですね、すぐ持ってきます。」
大木は床に落ちていた服を着込むと、あわてた様子でキッチンに向かった。
よく見ると、脱ぎ散らかした服があちこちに散らばっている。
円はその中から自分の服を探し出し、大木に倣うようにして服を着込んだ。
「ど、どうぞ…」
大木が水の入ったグラスを持ってきてくれた。
グラスを受け取って避妊薬を流し込むと、グラスを返して、もう一度辺りを見回した。
どこかのワンルームマンションのようだ。
スポーツ選手のポスターや本棚いっぱいの少年マンガ、アニメフィギュアなんかが置いてあるせいか、子ども部屋のような雰囲気を醸し出している。
「ここは?」
「あ…俺の部屋です…」
グラスを元の位置に戻した大木が、しどろもどろに言葉を紡いだ。
「ねえ、昨夜は何があったの?」
話を聞いてみると、大木は発情が抑えられなくなった円をどうすればいいのかわからず、やむなく自宅まで円を引きずって行ったらしい。
そういうときは普通、病院に連れて行くか119に連絡するかだろう。
しかし、フェロモンにあてられた頭では正常な判断などできるわけもない。
言動でいったら、円の方が酷かった。
その場で暴行されてもおかしくないところ、なんとか理性を保って部屋まで連れて行くのは相当な難儀であったはずだ。
むしろ、大木に感謝してもいいだろう。
「すみません、富永さん。俺…富永さんがオメガだって知らなくて……あの…」
うつむいた大木の顔は青ざめていた。
無理もない、いくらフェロモンに酔っていたとはいえ、強姦は犯罪だ。
円が告発すれば、大木はただではすまないだろう。
「大丈夫だよ。どこにも誰にも言わないから」
「え?」
大木が顔を上げた。
「抑制剤を飲まなかったボクにも非はあるし、何より、避妊薬ちゃんと飲んだから、問題ないよ。ていうか、君、アルファだったんだね」
「ええ、まあ…」
大木がおずおずと相槌を打つ。
「ボク、帰るね」
円は床に落ちていたマスクとメガネを拾って装着し、バッグを肩にかけた。
いつまでもここにいても仕方ないし、しばらくすれば避妊薬の副作用で気分が悪くなるのは明確だ。
さっさと家に帰って、ゆっくり休みたかった。
「あ、あの、すみません!よかったら…朝ごはん、食べていきませんか?」
「え?」
突然の申し出に、円はぐるんっと勢いよく大木の方へ向き直った。
「あー…嫌ですか?」
おそらく、せめてもの罪滅ぼしのような気持ちでこんなことを言い出したのだろう。
「嫌じゃないよ。うん…じゃあ、もらっていい?」
食費が浮くし、このまま親切を蹴って帰るのも後味が悪いから、お言葉に甘えることにした。
大木は事後とは思えないくらいに身軽な動作でトースト、ヨーグルト、コーヒー、ハム、サラダを出してくれて、事あるごとにアレルギーはないか、嫌いなものはないか、おかわりはいるかなどと尋ねてきた。
「じゃあ、もう帰るね。」
出してくれたものを全て食べ終えると、円は身支度を始めた。
「富永さん、あの…」
「なに?」
この期に及んで、まだ何か用があるのか。
あるとしたら一体何なのだろう。
「こんなタイミングでこんなこと言うの、本当にどうかと思うんですけど…」
「うん?だから?なに?」
円の体にはまだ、事後の気怠さが残っていた。
そのせいで眠いから、つい詰め寄るような口調になってしまう。
用があるなら早く言って欲しい。
大木はそんな円に気を悪くした素振りも見せず、真剣な眼差しでこちらを見据えて言った。
「好きです、付き合ってください。」
「え?なに?」
驚いたのではなく、何を言われたのかもう一度確認するために発した言葉だった。
「以前からずっと、好きでした。付き合ってください!」
大木はさっきよりもはきはきと、大きな声を出してまっすぐ円を見つめた。
その目つきから、単なる冷やかしではないことが嫌でもわかる。
しかし、今は眠いし、これから襲ってくるであろう避妊薬の副作用を考えると、大木の気持ちに応えるどころではない。
「……ちょっと考えさせて」
そう言って大木に背を向けると、円は上がり框に腰かけて、狭い靴置き場に放ってあった自分のスニーカーを足にはめた。
「じゃあね」
円は大木に一瞥もせず別れの挨拶を告げると、ドアノブに手をかけた。
ドアを開けた途端、オレンジ色の強い朝日が目を刺してくる。
それをうっとおしく感じつつ、円はフラフラ歩きながら家路を急いだ。
首周りがスースーして涼しい。
外出時や仕事中はずっとスカーフやタオルを首に巻いていたから、こんな感覚は久しぶりだ。
スカーフは千切られて紛失してしまったし、拘束具が見える状態のまま歩くのは抵抗があった。
「自分はオメガである」と宣言しながら歩くようなものだ。
そんなの冗談じゃない。
出すものを出したばかりだから、次の発情期はまだ先だろうし、家に帰るまではずしていても問題ないと考えて、円は首を晒したままにした。
円は裸のままガバッと起き上がり、辺りを見回した。
見たことのない場所だ。
壁にかかっている時計は朝6時をさしている。
天井には白い電球がついたダウンライトに、黄ばんだエアコン。
壁にはスポーツ選手のポスターに、マンガがたくさん入った本棚。
床には黒一色の絨毯が敷かれていて、その上には物が乱雑に置かれたローテーブルが鎮座している。
その他には30インチのテレビ、使い古した座椅子、少し離れた場所には狭い2口キッチンが見える。
──ここ、どこ?
「あ、あの、富永さんのバッグ…ここです。」
聞き覚えのある声がして、それに反応するように振り返ると、すまなさそうな顔をした大木がバッグを差し出した。
「ああ…ありがとう。」
円はバッグを受け取ると、その中をガサゴソ漁ってピルケースを出した。
「ごめん、水ある?薬飲みたいんだけど…」
「あ…そうですね、すぐ持ってきます。」
大木は床に落ちていた服を着込むと、あわてた様子でキッチンに向かった。
よく見ると、脱ぎ散らかした服があちこちに散らばっている。
円はその中から自分の服を探し出し、大木に倣うようにして服を着込んだ。
「ど、どうぞ…」
大木が水の入ったグラスを持ってきてくれた。
グラスを受け取って避妊薬を流し込むと、グラスを返して、もう一度辺りを見回した。
どこかのワンルームマンションのようだ。
スポーツ選手のポスターや本棚いっぱいの少年マンガ、アニメフィギュアなんかが置いてあるせいか、子ども部屋のような雰囲気を醸し出している。
「ここは?」
「あ…俺の部屋です…」
グラスを元の位置に戻した大木が、しどろもどろに言葉を紡いだ。
「ねえ、昨夜は何があったの?」
話を聞いてみると、大木は発情が抑えられなくなった円をどうすればいいのかわからず、やむなく自宅まで円を引きずって行ったらしい。
そういうときは普通、病院に連れて行くか119に連絡するかだろう。
しかし、フェロモンにあてられた頭では正常な判断などできるわけもない。
言動でいったら、円の方が酷かった。
その場で暴行されてもおかしくないところ、なんとか理性を保って部屋まで連れて行くのは相当な難儀であったはずだ。
むしろ、大木に感謝してもいいだろう。
「すみません、富永さん。俺…富永さんがオメガだって知らなくて……あの…」
うつむいた大木の顔は青ざめていた。
無理もない、いくらフェロモンに酔っていたとはいえ、強姦は犯罪だ。
円が告発すれば、大木はただではすまないだろう。
「大丈夫だよ。どこにも誰にも言わないから」
「え?」
大木が顔を上げた。
「抑制剤を飲まなかったボクにも非はあるし、何より、避妊薬ちゃんと飲んだから、問題ないよ。ていうか、君、アルファだったんだね」
「ええ、まあ…」
大木がおずおずと相槌を打つ。
「ボク、帰るね」
円は床に落ちていたマスクとメガネを拾って装着し、バッグを肩にかけた。
いつまでもここにいても仕方ないし、しばらくすれば避妊薬の副作用で気分が悪くなるのは明確だ。
さっさと家に帰って、ゆっくり休みたかった。
「あ、あの、すみません!よかったら…朝ごはん、食べていきませんか?」
「え?」
突然の申し出に、円はぐるんっと勢いよく大木の方へ向き直った。
「あー…嫌ですか?」
おそらく、せめてもの罪滅ぼしのような気持ちでこんなことを言い出したのだろう。
「嫌じゃないよ。うん…じゃあ、もらっていい?」
食費が浮くし、このまま親切を蹴って帰るのも後味が悪いから、お言葉に甘えることにした。
大木は事後とは思えないくらいに身軽な動作でトースト、ヨーグルト、コーヒー、ハム、サラダを出してくれて、事あるごとにアレルギーはないか、嫌いなものはないか、おかわりはいるかなどと尋ねてきた。
「じゃあ、もう帰るね。」
出してくれたものを全て食べ終えると、円は身支度を始めた。
「富永さん、あの…」
「なに?」
この期に及んで、まだ何か用があるのか。
あるとしたら一体何なのだろう。
「こんなタイミングでこんなこと言うの、本当にどうかと思うんですけど…」
「うん?だから?なに?」
円の体にはまだ、事後の気怠さが残っていた。
そのせいで眠いから、つい詰め寄るような口調になってしまう。
用があるなら早く言って欲しい。
大木はそんな円に気を悪くした素振りも見せず、真剣な眼差しでこちらを見据えて言った。
「好きです、付き合ってください。」
「え?なに?」
驚いたのではなく、何を言われたのかもう一度確認するために発した言葉だった。
「以前からずっと、好きでした。付き合ってください!」
大木はさっきよりもはきはきと、大きな声を出してまっすぐ円を見つめた。
その目つきから、単なる冷やかしではないことが嫌でもわかる。
しかし、今は眠いし、これから襲ってくるであろう避妊薬の副作用を考えると、大木の気持ちに応えるどころではない。
「……ちょっと考えさせて」
そう言って大木に背を向けると、円は上がり框に腰かけて、狭い靴置き場に放ってあった自分のスニーカーを足にはめた。
「じゃあね」
円は大木に一瞥もせず別れの挨拶を告げると、ドアノブに手をかけた。
ドアを開けた途端、オレンジ色の強い朝日が目を刺してくる。
それをうっとおしく感じつつ、円はフラフラ歩きながら家路を急いだ。
首周りがスースーして涼しい。
外出時や仕事中はずっとスカーフやタオルを首に巻いていたから、こんな感覚は久しぶりだ。
スカーフは千切られて紛失してしまったし、拘束具が見える状態のまま歩くのは抵抗があった。
「自分はオメガである」と宣言しながら歩くようなものだ。
そんなの冗談じゃない。
出すものを出したばかりだから、次の発情期はまだ先だろうし、家に帰るまではずしていても問題ないと考えて、円は首を晒したままにした。
0
お気に入りに追加
249
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる