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後日談
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公務を終えた夕方の帰り道、馬車に揺らされながら、マルグリットは自領の町を進んでいた。
疲れた体をベルベット張りのソファにもたれさせながら、何気なく窓の外に目をやると、人々が行き交う町の様子が見えた。
「ねえ、アレクサンドル!馬車を止めて!」
その人々の群れを眺めているうち、マルグリットはあることに気がついて、あわてて馬車を止めさせた。
「どうしたのですか、お嬢様」
「ちょっとだけ、外に出たいの。すぐに戻るわ」
マルグリットは馬車のドアを開けて、勢いよく外へ飛び出た。
「かしこまりました」
お付きのアレクサンドルがお辞儀する。
それを合図に、マルグリットは駆け出していった。
「ねえ、あなた、ひょっとしてジュスティーヌ?」
見覚えのある後ろ姿に向かって、マルグリットは声をかけた。
「おや、その声はマルグリットお嬢さま?」
──ああ、やっぱり!
かつて自分を、不幸な結婚から救い出してくれた女の顔を見て、マルグリットは嬉しく思った。
最後に会ったのは半年以上も前のことで、それからどうしているのか、まるでわからなかったから、ずっと気にかかっていたのだ。
「こんなむさっ苦しい僻地まで来て、一体どうしたんです?何か問題でも起きたんでございますか?」
マルグリットが尋ねてくる。
そのくだけた物言いが、マルグリットにはどこか懐かしく感じられた。
「違うわよ。たまたま近くを通ったから、挨拶しようかと思って」
「そうでございますか」
「あなた、最近調子はどう?元気にしていた?」
「ええ、おかげさまで。ワタシは昔から元気だけが取り柄なんですよ。小せえ頃から、風邪ひとつ引いたことがございません。バカで頑丈なんですね、要は」
ジュスティーヌがカッカッカと笑ってみせた。
この笑顔を見るのも久しぶりのことだ。
「マルグリットお嬢さまは?何ぞ変わったことはありませんかい?」
「別の方と婚約したわ」
「ほう、どこのどなたです?」
「アルフレッド殿下よ」
「ああ、あのお方ですかい!」
ジュスティーヌの表情がパッと明るくなった。
アルフレッド殿下は、以前廃嫡されたエクソリア王子のいとこで、国王陛下からみれば甥にあたる。
美しく聡明でかつ人望があり、民衆からの評判がよかった。
ジュスティーヌが嬉しそうにするのも、こういった理由からだ。
「それはそれは、良いお方に恵まれたのですね!」
「ええ、これも、あなたのおかげよ。あなたがいなかったら、私はエクソリア王子と結婚するハメになってたんだから」
エクソリア王子の数々の言動を思い出して、マルグリットはフウとため息を吐いた。
「そういえば、あの方は今は何なすってるんです?」
「王城で軟禁生活よ。家庭教師やマナー講師がつきっきりで、また一からお勉強させられてヒーヒー言ってるそうよ」
「ははは!自業自得ですねえ、ちったあ真人間になることを願うばかりですな!」
ヒーヒー喚きながら勉強しているエクソリア王子の様子を想像して、ジュスティーヌは笑った。
「ホントホント!あ、申し訳ないけど、ここで失礼するわね。明日も公務が早いから」
そう言ってマルグリットは、馬車に戻ろうとした。
「そうだったんですかい。そんななかでお声かけくださるなんて、嬉しい限りです。そうだ、ねえ、マルグリットお嬢さま」
「なあに?」
マルグリットがジュスティーヌの方へ向き直る。
「また何ぞあったらお呼びください。いつでも尽力しますよ!」
ジュスティーヌがにかっと笑った。
「そう、ありがとう。さよなら、ジュスティーヌ」
「さいなら!」
言ってジュスティーヌは、人混みの中へ消えていった。
それを見送ったマルグリットは、ジュスティーヌの義理堅さに感謝しつつ、馬車へ戻っていった。
疲れた体をベルベット張りのソファにもたれさせながら、何気なく窓の外に目をやると、人々が行き交う町の様子が見えた。
「ねえ、アレクサンドル!馬車を止めて!」
その人々の群れを眺めているうち、マルグリットはあることに気がついて、あわてて馬車を止めさせた。
「どうしたのですか、お嬢様」
「ちょっとだけ、外に出たいの。すぐに戻るわ」
マルグリットは馬車のドアを開けて、勢いよく外へ飛び出た。
「かしこまりました」
お付きのアレクサンドルがお辞儀する。
それを合図に、マルグリットは駆け出していった。
「ねえ、あなた、ひょっとしてジュスティーヌ?」
見覚えのある後ろ姿に向かって、マルグリットは声をかけた。
「おや、その声はマルグリットお嬢さま?」
──ああ、やっぱり!
かつて自分を、不幸な結婚から救い出してくれた女の顔を見て、マルグリットは嬉しく思った。
最後に会ったのは半年以上も前のことで、それからどうしているのか、まるでわからなかったから、ずっと気にかかっていたのだ。
「こんなむさっ苦しい僻地まで来て、一体どうしたんです?何か問題でも起きたんでございますか?」
マルグリットが尋ねてくる。
そのくだけた物言いが、マルグリットにはどこか懐かしく感じられた。
「違うわよ。たまたま近くを通ったから、挨拶しようかと思って」
「そうでございますか」
「あなた、最近調子はどう?元気にしていた?」
「ええ、おかげさまで。ワタシは昔から元気だけが取り柄なんですよ。小せえ頃から、風邪ひとつ引いたことがございません。バカで頑丈なんですね、要は」
ジュスティーヌがカッカッカと笑ってみせた。
この笑顔を見るのも久しぶりのことだ。
「マルグリットお嬢さまは?何ぞ変わったことはありませんかい?」
「別の方と婚約したわ」
「ほう、どこのどなたです?」
「アルフレッド殿下よ」
「ああ、あのお方ですかい!」
ジュスティーヌの表情がパッと明るくなった。
アルフレッド殿下は、以前廃嫡されたエクソリア王子のいとこで、国王陛下からみれば甥にあたる。
美しく聡明でかつ人望があり、民衆からの評判がよかった。
ジュスティーヌが嬉しそうにするのも、こういった理由からだ。
「それはそれは、良いお方に恵まれたのですね!」
「ええ、これも、あなたのおかげよ。あなたがいなかったら、私はエクソリア王子と結婚するハメになってたんだから」
エクソリア王子の数々の言動を思い出して、マルグリットはフウとため息を吐いた。
「そういえば、あの方は今は何なすってるんです?」
「王城で軟禁生活よ。家庭教師やマナー講師がつきっきりで、また一からお勉強させられてヒーヒー言ってるそうよ」
「ははは!自業自得ですねえ、ちったあ真人間になることを願うばかりですな!」
ヒーヒー喚きながら勉強しているエクソリア王子の様子を想像して、ジュスティーヌは笑った。
「ホントホント!あ、申し訳ないけど、ここで失礼するわね。明日も公務が早いから」
そう言ってマルグリットは、馬車に戻ろうとした。
「そうだったんですかい。そんななかでお声かけくださるなんて、嬉しい限りです。そうだ、ねえ、マルグリットお嬢さま」
「なあに?」
マルグリットがジュスティーヌの方へ向き直る。
「また何ぞあったらお呼びください。いつでも尽力しますよ!」
ジュスティーヌがにかっと笑った。
「そう、ありがとう。さよなら、ジュスティーヌ」
「さいなら!」
言ってジュスティーヌは、人混みの中へ消えていった。
それを見送ったマルグリットは、ジュスティーヌの義理堅さに感謝しつつ、馬車へ戻っていった。
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