婚約破棄は綿密に行うもの

若目

文字の大きさ
上 下
12 / 45

後日談

しおりを挟む
公務を終えた夕方の帰り道、馬車に揺らされながら、マルグリットは自領の町を進んでいた。

疲れた体をベルベット張りのソファにもたれさせながら、何気なく窓の外に目をやると、人々が行き交う町の様子が見えた。

「ねえ、アレクサンドル!馬車を止めて!」
その人々の群れを眺めているうち、マルグリットはあることに気がついて、あわてて馬車を止めさせた。

「どうしたのですか、お嬢様」
「ちょっとだけ、外に出たいの。すぐに戻るわ」
マルグリットは馬車のドアを開けて、勢いよく外へ飛び出た。
「かしこまりました」
お付きのアレクサンドルがお辞儀する。
それを合図に、マルグリットは駆け出していった。


「ねえ、あなた、ひょっとしてジュスティーヌ?」
見覚えのある後ろ姿に向かって、マルグリットは声をかけた。
「おや、その声はマルグリットお嬢さま?」

──ああ、やっぱり!

かつて自分を、不幸な結婚から救い出してくれた女の顔を見て、マルグリットは嬉しく思った。
最後に会ったのは半年以上も前のことで、それからどうしているのか、まるでわからなかったから、ずっと気にかかっていたのだ。

「こんなむさっ苦しい僻地まで来て、一体どうしたんです?何か問題でも起きたんでございますか?」
マルグリットが尋ねてくる。
そのくだけた物言いが、マルグリットにはどこか懐かしく感じられた。

「違うわよ。たまたま近くを通ったから、挨拶しようかと思って」
「そうでございますか」
「あなた、最近調子はどう?元気にしていた?」
「ええ、おかげさまで。ワタシは昔から元気だけが取り柄なんですよ。小せえ頃から、風邪ひとつ引いたことがございません。バカで頑丈なんですね、要は」
ジュスティーヌがカッカッカと笑ってみせた。
この笑顔を見るのも久しぶりのことだ。
「マルグリットお嬢さまは?何ぞ変わったことはありませんかい?」
「別の方と婚約したわ」
「ほう、どこのどなたです?」
「アルフレッド殿下よ」
「ああ、あのお方ですかい!」
ジュスティーヌの表情がパッと明るくなった。

アルフレッド殿下は、以前廃嫡されたエクソリア王子のいとこで、国王陛下からみれば甥にあたる。

美しく聡明でかつ人望があり、民衆からの評判がよかった。
ジュスティーヌが嬉しそうにするのも、こういった理由からだ。

「それはそれは、良いお方に恵まれたのですね!」
「ええ、これも、あなたのおかげよ。あなたがいなかったら、私はエクソリア王子と結婚するハメになってたんだから」
エクソリア王子の数々の言動を思い出して、マルグリットはフウとため息を吐いた。
「そういえば、あの方は今は何なすってるんです?」
「王城で軟禁生活よ。家庭教師やマナー講師がつきっきりで、また一からお勉強させられてヒーヒー言ってるそうよ」
「ははは!自業自得ですねえ、ちったあ真人間になることを願うばかりですな!」
ヒーヒー喚きながら勉強しているエクソリア王子の様子を想像して、ジュスティーヌは笑った。
「ホントホント!あ、申し訳ないけど、ここで失礼するわね。明日も公務が早いから」
そう言ってマルグリットは、馬車に戻ろうとした。
「そうだったんですかい。そんななかでお声かけくださるなんて、嬉しい限りです。そうだ、ねえ、マルグリットお嬢さま」
「なあに?」
マルグリットがジュスティーヌの方へ向き直る。
「また何ぞあったらお呼びください。いつでも尽力しますよ!」
ジュスティーヌがにかっと笑った。

「そう、ありがとう。さよなら、ジュスティーヌ」
「さいなら!」
言ってジュスティーヌは、人混みの中へ消えていった。

それを見送ったマルグリットは、ジュスティーヌの義理堅さに感謝しつつ、馬車へ戻っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お飾り正妃は想像上の子を愛でるそうです。

幽華
恋愛
「シャルロッテ、俺は婚姻後メアリーを愛妾としようと思うんだが、良いか?」 「ええ、ご勝手にどうぞ。ただし、次期王となるに相応しい行動をして下さいね」 それから時は流れーー。学園を卒業後すぐ婚姻の儀を済まし、学園では怖がられていたメアリーとも姉妹のような仲の良い関係を保っていた。 ここまでは順調なのだ。問題は、「暇」だ。編み物・お茶会・刺繍……どれも飽きてしまった。時々思い出した様に来て添い寝だけして帰る王にそういう事を期待する事もやめた。 そんな訳で、空想の子供も作って愛でようと思います。 これは、(ある意味)強靭なメンタルを持つ正妃シャルロッテと、ヘタレ王ジルバと、ただ楽しんでいる愛妾のメアリー(+その他)が繰り広げる空想子作りギャグコメディー……である(多分)

その公女、至極真面目につき〜デラム公女アリスタの婚約破棄ショー〜

ルーシャオ
恋愛
デラム公女アリスタは、婚約者であるクラルスク公爵家嫡男ヴュルストがいつも女性を取っ替え引っ替えして浮気していることにいい加減嫌気が差しました。 なので、真面目な公女としてできる手を打ち、やってやると決めたのです。 トレディエールの晩餐会で、婚約破棄ショーが幕を開けます。

婚約破棄されたので30キロ痩せたら求婚が殺到。でも、選ぶのは私。

百谷シカ
恋愛
「私より大きな女を妻と呼べるか! 鏡を見ろ、デブ!!」 私は伯爵令嬢オーロラ・カッセルズ。 大柄で太っているせいで、たった今、公爵に婚約を破棄された。 将軍である父の名誉を挽回し、私も誇りを取り戻さなくては。 1年間ダイエットに取り組み、運動と食事管理で30キロ痩せた。 すると痩せた私は絶世の美女だったらしい。 「お美しいオーロラ嬢、ぜひ私とダンスを!」 ただ体形が変わっただけで、こんなにも扱いが変わるなんて。 1年間努力して得たのは、軟弱な男たちの鼻息と血走った視線? 「……私は着せ替え人形じゃないわ」 でも、ひとりだけ変わらない人がいた。 毎年、冬になると砂漠の別荘地で顔を合わせた幼馴染の伯爵令息。 「あれっ、オーロラ!? なんか痩せた? ちゃんと肉食ってる?」 ダニエル・グランヴィルは、変わらず友人として接してくれた。 だから好きになってしまった……友人のはずなのに。 ====================== (他「エブリスタ」様に投稿)

【完結】見た目がゴリラの美人令嬢は、女嫌い聖騎士団長と契約結婚できたので温かい家庭を築きます

三矢さくら
恋愛
【完結しました】鏡に映る、自分の目で見る姿は超絶美人のアリエラ・グリュンバウワーは侯爵令嬢。 だけど、他人の目にはなぜか「ゴリラ」に映るらしい。 原因は不明で、誰からも《本当の姿》は見てもらえない。外見に難がある子供として、優しい両親の配慮から領地に隔離されて育った。 煌びやかな王都や外の世界に憧れつつも、環境を受け入れていたアリエラ。 そんなアリエラに突然、縁談が舞い込む。 女嫌いで有名な聖騎士団長マルティン・ヴァイスに嫁を取らせたい国王が、アリエラの噂を聞き付けたのだ。 内密に対面したところ、マルティンはアリエラの《本当の姿》を見抜いて...。 《自分で見る自分と、他人の目に映る自分が違う侯爵令嬢が《本当の姿》を見てくれる聖騎士団長と巡り会い、やがて心を通わせあい、結ばれる、笑いあり涙ありバトルありのちょっと不思議な恋愛ファンタジー作品》 【物語構成】 *1・2話:プロローグ *2~19話:契約結婚編 *20~25話:新婚旅行編 *26~37話:魔王討伐編 *最終話:エピローグ

【完結】わたしの隣には最愛の人がいる ~公衆の面前での婚約破棄は茶番か悲劇ですよ~

岡崎 剛柔
恋愛
男爵令嬢であるマイア・シュミナールこと私は、招待された王家主催の晩餐会で何度目かの〝公衆の面前での婚約破棄〟を目撃してしまう。  公衆の面前での婚約破棄をしたのは、女好きと噂される伯爵家の長男であるリチャードさま。  一方、婚約を高らかに破棄されたのは子爵家の令嬢であるリリシアさんだった。  私は恥以外の何物でもない公衆の面前での婚約破棄を、私の隣にいた幼馴染であり恋人であったリヒトと一緒に傍観していた。  私とリヒトもすでに婚約を済ませている間柄なのだ。  そして私たちは、最初こそ2人で婚約破棄に対する様々な意見を言い合った。  婚約破棄は当人同士以上に家や教会が絡んでくるから、軽々しく口にするようなことではないなどと。  ましてや、公衆の面前で婚約を破棄する宣言をするなど茶番か悲劇だとも。  しかし、やがてリヒトの口からこんな言葉が紡がれた。 「なあ、マイア。ここで俺が君との婚約を破棄すると言ったらどうする?」  そんな彼に私が伝えた返事とは……。

悪役令嬢のお姉様が、今日追放されます。ざまぁ――え? 追放されるのは、あたし?

柚木ゆず
恋愛
 猫かぶり姉さんの悪事がバレて、ついに追放されることになりました。  これでやっと――え。レビン王太子が姉さんを気に入って、あたしに罪を擦り付けた!?  突然、追放される羽目になったあたし。だけどその時、仮面をつけた男の人が颯爽と助けてくれたの。  優しく助けてくれた、素敵な人。この方は、一体誰なんだろう――え。  仮面の人は……。恋をしちゃった相手は、あたしが苦手なユリオス先輩!? ※4月17日 本編完結いたしました。明日より、番外編を数話投稿いたします。

【 完 】転移魔法を強要させられた上に婚約破棄されました。だけど私の元に宮廷魔術師が現れたんです

菊池 快晴
恋愛
公爵令嬢レムリは、魔法が使えないことを理由に婚約破棄を言い渡される。 自分を虐げてきた義妹、エリアスの思惑によりレムリは、国民からは残虐な令嬢だと誤解され軽蔑されていた。 生きている価値を見失ったレムリは、人生を終わらせようと展望台から身を投げようとする。 しかし、そんなレムリの命を救ったのは他国の宮廷魔術師アズライトだった。 そんな彼から街の案内を頼まれ、病に困っている国民を助けるアズライトの姿を見ていくうちに真実の愛を知る――。 この話は、行き場を失った公爵令嬢が強欲な宮廷魔術師と出会い、ざまあして幸せになるお話です。

逆恨みをした侯爵令嬢たちの末路~せっかくのチャンスをふいにした結果~

柚木ゆず
恋愛
 王立ラーサンルズ学院の生徒会メンバーである、侯爵令嬢パトリシアと侯爵令息ロベール。二人は同じく生徒会に籍を置く格下であり後輩のベルナデットが自分たちより支持されていることが許せず、ベルナデットが学院に居られなくなるよう徹底的に攻撃をすると宣告。調子に乗った罰としてたっぷり苦しめてやると、揃って口の端を吊り上げました。 「パトリシア様っ、ロベール様! おやめください!」  ですがそんな二人は、まだ知りません。  自分たちは、最初で最後のチャンスを逃してしまったことを。自分達は、最悪のタイミングで宣告してしまったということを――。

処理中です...