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逮捕
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出勤途中、貞はミニバンを運転しながら、自分を送り出してくれた国彦のことを考えた。
「いってらっしゃい、おじちゃん。なるだけ早く帰ってきてね。」
玄関ドアから顔を出して自分を見送る国彦の姿は、結婚直後の若妻にも、父親を慕う息子のようにも見えた。
その様子を思い出すだけで、気が引き締まる思いだった。
──今月中の仕事を滞りなくこなして、何としてでも国彦との約束を守らないとな
休暇中の過ごし方について、貞はあれこれ考えていた。
──スーツケースを買い足す必要があるな
旅館も予約しないといけないし。人気のある旅館は早くに部屋が埋まるから、急がないと。ああそれと、道中、人気のないところに路駐してカーセックスしてみるのもアリだな
国彦との愛の生活で心身が若返ったような気持ちになった貞は、機嫌良くハンドルを切った。
「岩山さあん、今日飲みに行きません?最近付き合い悪いですよお。」
外回りに行く直前、若い女子社員たちが誘ってきた。
「あー、実は、親戚の子を預かってるんだ。昔、お世話になった人のお子さんだから、あまり無碍にもできなくて…」
「ええ、ざんねーん。」
女子社員たちの後ろにいたお局様が、鼻にかかったような声色でこちらを見た。
どうしても貞の気を引きたいのだろう。
最近、夫に離婚を切り出されたと聞いたから尚更だ。
──旦那も目が覚めたのか。無理もないか、こんな女とひとつ屋根の下…むしろ今までよく耐えたもんだな。新しい相手に恵まれることを願うばかりだ
「申し訳ないね。また今度、よろしく。」
普段なら忌々しくて仕方がないと感じるような相手だが、今なら紳士的なフリも余裕だった。
今日の仕事を終えた貞は、軽い足取りで会社の駐車場に向かって歩いて行った。
1時間ほど残業することになったが、国彦に心配をかけずに帰るには、問題ない時間だ。
──今日はまっすぐ家に帰って、2人で旅行中のスケジュールを決めよう
先ほど国彦から、「今日はおじちゃんが好きな塩サバを焼くよ。たまには和食が食べたいでしょ?」と連絡が入ったばかりだ。
それを受けた貞は急いで帰ろうと、歩みを速めていく。
「岩山さん。」
背後から野太い声がして、呼びかけに応じるように振り向くと、立派な体格をしたスーツ姿の男が2人立っていた。
1人は貞より歳上であろう中年、もう1人は20代半ばといったところだろうか。
「岩山貞さんですね?」
中年の男が近づいてきて、それに付き従うように、若い男も後に続く。
「ええ、そうですが、何か?」
「B市警察署のものです、参考人として、署までご同行願えませんか?」
近づいてきた中年の男が、警察手帳を見せてきた。
「参考人?何かあったんですか?」
「河井国彦さんの誘拐監禁容疑です。」
「はあ…何のことです?」
平静を取り繕ってはみたものの、動揺が隠せない貞の心情を見抜いたかのように、刑事の顔が少しばかり険しくなった。
「ここで詳しい話をするのもなんですから、とにかく署に同行してください。」
「ちょっと待ってください。1度帰らせてくれませんか?」
「おい、同行を拒否するのか!」
若い刑事が詰め寄ってきて、目の前に立ち塞がってくる。
刑事たちの態度は任意の同行ではなく、強制に近いものだった。
鼓動が早くなってきて、嫌な汗が止まらない。
「どうしても1度帰りたいんです。家で待ってる人がいるんです。あなたなら、気持ちわかるんじゃないですか?」
貞は情に訴えかけるようにして、中年の刑事の左手の薬指にはめられた指輪に目配せした。
「無駄だよ。あなたの家にはもう、誰もいない。」
中年の刑事がため息をつき、憐れむような視線を向けてきた。
「……え?」
「河井国彦さんは、つい先ほど連れ出されました。アンタ、もう終わったんだよ。」
若い刑事がさらに詰め寄ってくる。
貞は立ちくらみがして、その場にがっくりと膝をついた。
刑事の「もう終わったんだ」という言葉が頭の中で響きわたり、どんどん大きくなっていく。
国彦との満ち足りた甘い日々は、こんな形であっけなく終わった。
「国彦…」
4月中旬の風が、うずくまる貞の大柄な体を撫でた。
街ゆく人々はみんなして厚いコートを脱ぎ、あと2、3ヶ月も経てば、ジャケットもカーディガンも取っ払ってしまうだろう。
そのときが来たら、地元の夏祭りに国彦を連れて行こうと計画していた。
国彦の浴衣姿はまだ拝んでいなかった。
数ヶ月の間に国彦は顔も体も成熟し、色気を増した。
浴衣の袖をひるがえして、軽やかに歩く姿は艶やかで、それでいて可愛らしく、道行く人たちが見惚れてしまうに違いない。
しかし、今、貞の目の前に立っているのは、国彦とはまるでかけ離れた年季の入った古臭いスーツを着た、むさ苦しい男2人組だった。
体が言うことを聞かない。
手足に鉛の玉を縛りつけられたように、体のどこにも力が入らない。
「さっさと立て。署まで来い、いいな?」
2人の刑事が両脇から体を引っ張り上げ、貞は黒塗りの覆面パトカーに押し込まれた。
「いってらっしゃい、おじちゃん。なるだけ早く帰ってきてね。」
玄関ドアから顔を出して自分を見送る国彦の姿は、結婚直後の若妻にも、父親を慕う息子のようにも見えた。
その様子を思い出すだけで、気が引き締まる思いだった。
──今月中の仕事を滞りなくこなして、何としてでも国彦との約束を守らないとな
休暇中の過ごし方について、貞はあれこれ考えていた。
──スーツケースを買い足す必要があるな
旅館も予約しないといけないし。人気のある旅館は早くに部屋が埋まるから、急がないと。ああそれと、道中、人気のないところに路駐してカーセックスしてみるのもアリだな
国彦との愛の生活で心身が若返ったような気持ちになった貞は、機嫌良くハンドルを切った。
「岩山さあん、今日飲みに行きません?最近付き合い悪いですよお。」
外回りに行く直前、若い女子社員たちが誘ってきた。
「あー、実は、親戚の子を預かってるんだ。昔、お世話になった人のお子さんだから、あまり無碍にもできなくて…」
「ええ、ざんねーん。」
女子社員たちの後ろにいたお局様が、鼻にかかったような声色でこちらを見た。
どうしても貞の気を引きたいのだろう。
最近、夫に離婚を切り出されたと聞いたから尚更だ。
──旦那も目が覚めたのか。無理もないか、こんな女とひとつ屋根の下…むしろ今までよく耐えたもんだな。新しい相手に恵まれることを願うばかりだ
「申し訳ないね。また今度、よろしく。」
普段なら忌々しくて仕方がないと感じるような相手だが、今なら紳士的なフリも余裕だった。
今日の仕事を終えた貞は、軽い足取りで会社の駐車場に向かって歩いて行った。
1時間ほど残業することになったが、国彦に心配をかけずに帰るには、問題ない時間だ。
──今日はまっすぐ家に帰って、2人で旅行中のスケジュールを決めよう
先ほど国彦から、「今日はおじちゃんが好きな塩サバを焼くよ。たまには和食が食べたいでしょ?」と連絡が入ったばかりだ。
それを受けた貞は急いで帰ろうと、歩みを速めていく。
「岩山さん。」
背後から野太い声がして、呼びかけに応じるように振り向くと、立派な体格をしたスーツ姿の男が2人立っていた。
1人は貞より歳上であろう中年、もう1人は20代半ばといったところだろうか。
「岩山貞さんですね?」
中年の男が近づいてきて、それに付き従うように、若い男も後に続く。
「ええ、そうですが、何か?」
「B市警察署のものです、参考人として、署までご同行願えませんか?」
近づいてきた中年の男が、警察手帳を見せてきた。
「参考人?何かあったんですか?」
「河井国彦さんの誘拐監禁容疑です。」
「はあ…何のことです?」
平静を取り繕ってはみたものの、動揺が隠せない貞の心情を見抜いたかのように、刑事の顔が少しばかり険しくなった。
「ここで詳しい話をするのもなんですから、とにかく署に同行してください。」
「ちょっと待ってください。1度帰らせてくれませんか?」
「おい、同行を拒否するのか!」
若い刑事が詰め寄ってきて、目の前に立ち塞がってくる。
刑事たちの態度は任意の同行ではなく、強制に近いものだった。
鼓動が早くなってきて、嫌な汗が止まらない。
「どうしても1度帰りたいんです。家で待ってる人がいるんです。あなたなら、気持ちわかるんじゃないですか?」
貞は情に訴えかけるようにして、中年の刑事の左手の薬指にはめられた指輪に目配せした。
「無駄だよ。あなたの家にはもう、誰もいない。」
中年の刑事がため息をつき、憐れむような視線を向けてきた。
「……え?」
「河井国彦さんは、つい先ほど連れ出されました。アンタ、もう終わったんだよ。」
若い刑事がさらに詰め寄ってくる。
貞は立ちくらみがして、その場にがっくりと膝をついた。
刑事の「もう終わったんだ」という言葉が頭の中で響きわたり、どんどん大きくなっていく。
国彦との満ち足りた甘い日々は、こんな形であっけなく終わった。
「国彦…」
4月中旬の風が、うずくまる貞の大柄な体を撫でた。
街ゆく人々はみんなして厚いコートを脱ぎ、あと2、3ヶ月も経てば、ジャケットもカーディガンも取っ払ってしまうだろう。
そのときが来たら、地元の夏祭りに国彦を連れて行こうと計画していた。
国彦の浴衣姿はまだ拝んでいなかった。
数ヶ月の間に国彦は顔も体も成熟し、色気を増した。
浴衣の袖をひるがえして、軽やかに歩く姿は艶やかで、それでいて可愛らしく、道行く人たちが見惚れてしまうに違いない。
しかし、今、貞の目の前に立っているのは、国彦とはまるでかけ離れた年季の入った古臭いスーツを着た、むさ苦しい男2人組だった。
体が言うことを聞かない。
手足に鉛の玉を縛りつけられたように、体のどこにも力が入らない。
「さっさと立て。署まで来い、いいな?」
2人の刑事が両脇から体を引っ張り上げ、貞は黒塗りの覆面パトカーに押し込まれた。
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