ハートの瞳が止まらない

若目

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入浴の誘い

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15分か20分かくらい経った頃、インターホンが鳴った。
きっと真広が来たのだと思い、五井は急ぎ足で玄関ドア前まで向かって、チェーンとロックを外した。

「やあ、いらっしゃい。待っていたよ」
「……お邪魔します」
以前と同じようなスウェット姿で、おまけに髪はボサボサという体たらくで出迎えられても、真広は気を悪くした様子も見せず、以前と変わらぬしおらしい態度で家に上がってきた。

以前と同じように、真広は異常な量の汗をかいていて、頬は紅潮してピンク色に染まっていた。
髪はバケツいっぱいの水を頭から被ったみたいに濡れているし、汗をたらふく吸った白いポロシャツが肌に張り付き、彼の胸や腹のラインをくっきりと浮かびあがらせえいる。

「真広くん。きみ、また汗かいてるな」
五井は、風邪をひいた子どもの体温を確認するみたいに真広の額に触れた。
すると、真広の汗が五井の手を濡らし、雫になって床に落ちた。
「あ…そ、そうですね……」
真広が照れくさそうに返す。

「……一緒にシャワー浴びようか」
迷い迷って、五井はそう提案した。
ここで五井は、自分がここ数日風呂に入っていないことを思い出したのだ。
不衛生な体で真広に触れたくない。
それに加えて、汗をかいて汚れた体で真広を待たせるのにも抵抗がある。
先に真広にシャワーを浴びてもらうことも考えたが、それも避けたかった。


実を言うと五井は一度、風呂場で派手に転倒したことがあるのだ。
ここのタイルが古いせいだ。
このマンションは見てくれは立派だが、築年数は30年とやや古く、そのせいであちこちにガタがきている。
五井が住んだ当初はそこそこ機能していたタイルの滑り止めは、経年劣化ですり減って使い物にならなくなった。
そのおかげで、五井は浴室に入るたびに足が滑って肝を冷やしたことが何度かあった。
それでも、受け身を取ったり壁に掴まったりして、大体は事なきを得ずに済んだ。

五井が歳を取った、というのもある。
歳を取ると足腰が弱くなるし、滑ったりよろめいたりしたときに体勢を戻すことすら難しくなる。
結果、先日はタイルで滑って転倒し、受け身こそ取れたものの、膝を打ってアザまで作ってしまった。

それを思い出すと、真広をひとりで浴室に入れるのはためらわれた。
五井と違って真広は若いし足腰もしっかりしている。
しかし万が一、真広が転倒してケガでもしたら、さすがに保護者や真広の周囲の人は黙っていないだろう。
四捨五入したら60にもなる男が、大学生の男の子とこんな関係にある時点で褒められたものじゃないのに、自らの注意不足でケガをさせたとあっては何かしら抗議されるのは明確だった。

そもそも、真広は自分との関係を誰かに打ち明けているのだろうか。
打ち明けられた相手は五井をどう思っているのか。
いろいろ考えているうち、真広が返答した。

「……はい!……い、いっしょに……?」
返事したのとほぼ同時に、真広の声がうわずって、明らかに動揺した様子を見せた。
おそらく、あまりに突飛な誘いに驚いて反射的に返事した後、一度だけ冷静になって考えてみて、また驚いたのだろう。

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