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罪悪感
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五井はそばのコートハンガーにかけていたバスローブを男の子に渡しながら、以前に彼からもらったメモの中身を反芻した。
渡してくれたメモに名前は書いてあったのだけど、急いで書いたからなのか、元からとんでもないクセ字なのか、文字がぐちゃぐちゃで、ほとんど解読できなかった。
特に下の名前の名前がわかりにくかった。
かろうじて「真宏」か「真広」と読めるが、ひょっとしたら「真麻」かもしれないと五井は踏んでいた。
「あ…えっと、あさなぎ…あさなぎまひろです」
男の子はしどろもどろになりながら名前を言った後、けほっと軽く咽せた。
よほど驚いたのだろう。
大きな瞳をより大きく開いて、信じられないとでも言いたげな顔でジッと五井を見ている。
無理もないことだ。
名前を書いたメモを渡したし、まして肉体関係を持った後でこんなことを聞かれたら、誰だってこんな反応をするに違いない。
「どういう字を書くんだい?」
五井はベッドの縁に座ると、男の子が渡したメモに書かれたぐちゃぐちゃの字を思い出した。
なるほど、「朝」のようにも「朗」のようにも見えたあの字は「朝」で、「風」かと思われたあの字は「凪」かとひとり納得した。
━━名前の読みが「まひろ」なら、たぶんアレは「真広」か「真宏」のどっちかだな
「あ…真実の真の字に、広場の広で、真広です」
「そうかい。真広くん、だね。覚えておくよ」
五井は、長年の疑問がようやく解けたかのような心地で男の子の名前を呼んだ。
「は…はい!」
初めて名前を呼ばれて驚いたのか、男の子━━真広はさっきより大きな声を出した。
「シャワーは?浴びていくかい?」
五井は振り返って、真広に視線を向けた。
案の定、真広の髪は汗でべったりと濡れていた。
「え…あ、すぐ帰ります!」
真広はベッドから出ると、床に脱ぎ捨てていた服を着込み、自分の荷物を全て持って行くと、部屋を出て行った。
真広が出ていったのを確認すると、五井は玄関ドアの鍵をかけて、リビングに戻った。
開きっぱなしだったノートパソコンの前に座ると、五井はキーボードをカタカタ鳴らして、原稿を進めた。
以前のスランプがウソのように、今は順調に指が進んでいた。
いま書いている作品は、冴えない中年男が親子ほど歳の離れた女に迫られて関係を持つという、この手のジャンルの小説ではベタなストーリーなのだった。
けれど、今までとは違うようなストーリー展開が次々に思い浮かんできて、キーボードを打つ手がなかなか止まらなかった。
しばらく経ってから書き上がった原稿を読み直してみると、今まで感じたことがないような、異常な達成感が五井の脳を駆け巡ってきた。
根拠はないが、これなら編集も読者も納得するに違いないと胸を張って言えるほどの傑作が出来上がった。
気が昂った五井は、迷うことなく原稿データを編集に送った。
しかし、送った後になって五井は激しい後悔と罪悪感に襲われた。
何せ、五井が書いた作品のヒロインのベースは真広なのだから。
渡してくれたメモに名前は書いてあったのだけど、急いで書いたからなのか、元からとんでもないクセ字なのか、文字がぐちゃぐちゃで、ほとんど解読できなかった。
特に下の名前の名前がわかりにくかった。
かろうじて「真宏」か「真広」と読めるが、ひょっとしたら「真麻」かもしれないと五井は踏んでいた。
「あ…えっと、あさなぎ…あさなぎまひろです」
男の子はしどろもどろになりながら名前を言った後、けほっと軽く咽せた。
よほど驚いたのだろう。
大きな瞳をより大きく開いて、信じられないとでも言いたげな顔でジッと五井を見ている。
無理もないことだ。
名前を書いたメモを渡したし、まして肉体関係を持った後でこんなことを聞かれたら、誰だってこんな反応をするに違いない。
「どういう字を書くんだい?」
五井はベッドの縁に座ると、男の子が渡したメモに書かれたぐちゃぐちゃの字を思い出した。
なるほど、「朝」のようにも「朗」のようにも見えたあの字は「朝」で、「風」かと思われたあの字は「凪」かとひとり納得した。
━━名前の読みが「まひろ」なら、たぶんアレは「真広」か「真宏」のどっちかだな
「あ…真実の真の字に、広場の広で、真広です」
「そうかい。真広くん、だね。覚えておくよ」
五井は、長年の疑問がようやく解けたかのような心地で男の子の名前を呼んだ。
「は…はい!」
初めて名前を呼ばれて驚いたのか、男の子━━真広はさっきより大きな声を出した。
「シャワーは?浴びていくかい?」
五井は振り返って、真広に視線を向けた。
案の定、真広の髪は汗でべったりと濡れていた。
「え…あ、すぐ帰ります!」
真広はベッドから出ると、床に脱ぎ捨てていた服を着込み、自分の荷物を全て持って行くと、部屋を出て行った。
真広が出ていったのを確認すると、五井は玄関ドアの鍵をかけて、リビングに戻った。
開きっぱなしだったノートパソコンの前に座ると、五井はキーボードをカタカタ鳴らして、原稿を進めた。
以前のスランプがウソのように、今は順調に指が進んでいた。
いま書いている作品は、冴えない中年男が親子ほど歳の離れた女に迫られて関係を持つという、この手のジャンルの小説ではベタなストーリーなのだった。
けれど、今までとは違うようなストーリー展開が次々に思い浮かんできて、キーボードを打つ手がなかなか止まらなかった。
しばらく経ってから書き上がった原稿を読み直してみると、今まで感じたことがないような、異常な達成感が五井の脳を駆け巡ってきた。
根拠はないが、これなら編集も読者も納得するに違いないと胸を張って言えるほどの傑作が出来上がった。
気が昂った五井は、迷うことなく原稿データを編集に送った。
しかし、送った後になって五井は激しい後悔と罪悪感に襲われた。
何せ、五井が書いた作品のヒロインのベースは真広なのだから。
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