ハートの瞳が止まらない

若目

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苦笑

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自転車に乗った男の子が、どんどんこちらに近づいてくる。
細い脚を交互に動かして自転車のペダルを漕ぐ姿には、若さゆえの躍動感を感じた。

男の子がブレーキを握って、五井の1メートル前くらいで自転車を停める。
「やあ」
「こ、こんにちは」
五井が「よく来たね」と言うより先に、男の子が挨拶して、自転車から降りた。
男の子はほんのりと汗をかいていて、暑い日の犬みたくハアハアと荒く息をしている。
ここに来るまでの間、相当動いたのだろうか。
クセのある髪は汗で湿って額に張り付き、激しく動いたせいで体温が上がったからか、頬はピンクに染まっている。
「自転車置き場はあっちだよ。置いてきなさい」
なるだけ優しい声色を作って、五井は自身のマンションの駐輪場がある方向を指差した。
「はい…」
男の子は息を整えつつ素直に返事をして、駐輪場に向かった。
身軽な動作で自転車を押し進めていく。
駐輪場まではそう遠くないから、男の子はすぐに戻ってきた。

「よく来たね。こっちだよ」
男の子をマンションのエントランスまで誘導して、一緒にタイルの階段を上がる。
「うちは、ここの5階だよ。ついておいで」
「はい…」
男の子と一緒にエレベーターに乗り込むと、五井はなんとは無しに、エレベーターの鏡に映った自分を見つめた。

──ひどいもんだな

白髪混じりでパサついた髪は一本一本が好き勝手な方向を向いていてボサボサ、うっすら生えた無精髭のせいで口の周りは青白く、歳のせいか顔はシワだらけで、目の下にはクマが浮いて茶色く変色している。
着古したネルシャツとジーンズという服装は、見る人によっては路上生活者と勘違いするのではないかと思うほどに見すぼらしい。

──本当に、よくもまあ、こんな小汚いオッサンに興味持てたな

男の子は体格こそ小柄で野暮ったさが際立つが、顔立ちは悪くはないから、女性からの誘いがまったくないとは思えない。
そんな彼は一体、自分のどこに惹かれたというのか。
疑問は深まるばかりだが、それは後から聞き出せばいいことだと自分に言い聞かせて「5」と表示されたボタンを押す。
あっという間に五井の部屋がある5階に着き、玄関ドアの前まで歩いていく。
男の子は散歩中の犬みたいに、黙って五井についていく。

五井はポケットから鍵を取り出すと、玄関ドアを開錠した。
このマンションは過去に空き巣被害が発生したことがあり、加えて犯人は同じ階の住人であったと聞いた。
それを聞いて以降、五井は短時間の外出でも玄関を施錠するようにしている。

「どうぞ、入って」
「お、お邪魔しまあす…」
先に入るように促すと、男の子は遠慮がちにおずおずと入っていく。
まるで、他人の家に入るのが初めてかのような、そんな反応だ。

男の子に続いて自分も部屋に入ると、五井は玄関ドアの鍵をロックして、ドアチェーンもかけた。
ドアチェーンがガチャガチャ鳴る音に呼応するかのように、男の子の肩がビクッと動いた。
おそらく緊張しているのだろう。
無理もない。
これからすることを考えれば、緊張しないほうがおかしい。
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