ハートの瞳が止まらない

若目

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ちょっとした火遊び

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ひょっとしたらアレはすべて演技で、自分はからかわれてるのかもしれない。
そんな風にも考えられた。

その一方で、あの男の子に対してちょっとだけ関心もあった。
あの男の子は、四捨五入したら還暦にもなる自分のどこに惹かれたのか。
今どきの若い子は、どんな風に世の中を見て、どんなことを考えているのか。
あれほどまでに年若い男の子と関わる機会など滅多にないし、なんとか懇意になって話を聞いてみるのもいいんじゃないか。
最近スランプ気味だし、いつもとは違うことをしてみれば、何か新しい発見があるかもしれない。
何かネタにできることがあるかもしれない。
若者の意見を聞いてみたい。
そんな些細な好奇心とちょっとした邪心から、五井はスマートフォンを手に取った。
『きみがよかったら、今からうちにおいで。楽しいことをしよう。マンションの前で待ってる』
メモ用紙に書かれていた連絡先にメールを送信した後で、我ながら気味の悪い文章だなと思った。

この文面は、数年前にインターネットで見たニュース記事からの引用文を、少し変えたものだ。
どこぞの市長が、20代の女性職員に対するセクハラで謝罪した旨のニュースだった。
業務連絡用のメールアドレスで、女性職員に繰り返しコレに近いメールを送ったことが発覚して、世間からかなり顰蹙を買っていた記憶がある。
メールを送った本人は、「女性に好意があった」とのことで、セクハラと訴えられたことにかなりショックを受けていたようだった。
どうやら遊び半分でこんなことをしたわけではなく、本気で好意を抱いていたらしい。
世間の大半は、そんな彼を「気持ち悪い」「勘違いも甚だしい」と批判していたが、五井はどちらかというと嫌悪感よりも疑問のほうが勝った。
関係性は上司と部下で、女性と本人との年齢差は30前後あり、おまけに女性とはさほど話したことがないという。
30近く歳下の異性を恋愛対象として見るのはまだしも、相手が同等に恋愛対象として見てくれるはずだとなぜ思えるのだろう。
なぜこんなメールを送って、相手が振り向いてくれるはずだと思えるのだろう。
本当に恋愛対象としてきちんと見て欲しいなら、こんなメールを送るのは結構な悪手なのではないか。
五井の疑問とは裏腹に、同様の不祥事は頻繁に発生し、そのたびに疑問は深まるばかりだった。

そんな疑問を創作に活かしてみたいという気持ちにかられて、それらのニュースを参考に小説を書いてみたら、意外に受けたことがある。

冴えない中年男が30近く歳の離れた若く美しい女に求められるという、男の夢の究極のようなストーリーだ。
さらに、主人公はどこぞの市長でもなく、会社のお偉いさんでもない冴えないサラリーマンである。
見た目だってパッとしないし、職業は中小企業の平社員で、職場での立場だって強くはないし、人望だってない。

そんな男が若く美しい女に惚れられて肉体関係を持ち、最後には結ばれるという無難なハッピーエンド。
これが受けたことで、五井はこんな非現実的でかつ滑稽なストーリーに、一定の需要があるということを知った。
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