ハートの瞳が止まらない

若目

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思い切って

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──あの人、名前はなんていうんだろう?歳はいくつなんだろう?どこに住んでるんだろう?仕事は何してるんだろう?

気がつけば、そんなことばかり考えるようになって、彼を目で追う頻度は日に日に増えていく。

パソコンのキーボードを叩く節くれ立った長い指、眼鏡のレンズの向こうで光る猛禽類みたいな鋭い目、四角い額に垂れ下がる焦げ茶色の前髪。
その仕草動作に、何度ドキドキさせられたかはかりしれない。






そんな彼への想いを抑えられなくなった真広は、思い切って声をかけてみることにした。



それがいまから2ヶ月前のこと。
その日は雨が降っていて、彼が店を出るタイミングと、真広の退勤時間とが、たまたま重なったのだ。

裏口から出た真広が帰る途中、店の入り口に目をやると、彼がいた。
彼は傘を忘れてしまったらしく、空を見上げて軽く舌打ちする音が聞こえた。

これを好機とみた真広は、彼にゆっくり近づいていった。
声をかけるなら、今しかない。
「ねえ、ここに入ってください。よかったら、家までお送りしますよ」
真広は彼の目の前に立ち、傘を広げた。

彼は真広を見つめたまま、しばらく黙っていた。
真広の親切に応えるべきかどうか、悩んでいるのだろう。

──まずかったかな?嫌がられるかな?

彼は普段から誰とも会話をしないから、他人へ干渉したりされたりするのを嫌うタイプなのかもしれない。
それを考えると、これだって迷惑に感じたかもしれない。

「……ありがとう。じゃあ、お願いするよ」
「ええ、どうぞ」
彼は真広の方へ歩み寄ると、傘の中に入ってきた。
自然と、彼の肩と真広の肩が一瞬触れ合う。
その瞬間に、中年男性特有の体臭が鼻腔をくすぐった。

──相合い傘できるなんて、ラッキーかも!

「お家はどちらです?」
はやる気持ちを抑えながら、真広は行き先を尋ねた。
彼に接近できたからといって、今は浮かれている場合ではない。

「あっちだよ」
そんな真広の心情など知る由もない彼は、南の方向を指差した。
「わかりました」
言うと真広は傘を彼の頭の高さまで上げて、一緒に歩き出した。

──この人、恋人がいたりするのかな?

だとしたら真広に脈はないし、今後気まずくなるかもしれない。
それを思うと、なかなか言葉が出てこなくて、彼の住む家に着くまで、お互いずっと無言だった。

「着いたよ。あそこだ」
そんな心配をよそに、2人して足を進めていくうち、彼が住んでいるという10階建てマンションに到着した。

──ひとり暮らしするにはおっきい家だから、やっぱり誰かと住んでるのかな?


そんなことを考えながら、2人一緒にマンションのエントランスまで入ると、真広は傘を畳んだ。
その畳んだ傘から大量の雨水が垂れてきて、エントランスの床に小さな水たまりができる。

「きみ、送ってくれてありがとう」
彼は冷静な様子で礼を言うと、真広に背を向けた。
「…あ、あの!」
なんとか会話のきっかけを作ろうと、真広は彼を呼び止めた。
「どうしたの?」
真広の呼びかけに反応して、彼が振り返った。
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