3 / 55
思い切って
しおりを挟む
──あの人、名前はなんていうんだろう?歳はいくつなんだろう?どこに住んでるんだろう?仕事は何してるんだろう?
気がつけば、そんなことばかり考えるようになって、彼を目で追う頻度は日に日に増えていく。
パソコンのキーボードを叩く節くれ立った長い指、眼鏡のレンズの向こうで光る猛禽類みたいな鋭い目、四角い額に垂れ下がる焦げ茶色の前髪。
その仕草動作に、何度ドキドキさせられたかはかりしれない。
そんな彼への想いを抑えられなくなった真広は、思い切って声をかけてみることにした。
それがいまから2ヶ月前のこと。
その日は雨が降っていて、彼が店を出るタイミングと、真広の退勤時間とが、たまたま重なったのだ。
裏口から出た真広が帰る途中、店の入り口に目をやると、彼がいた。
彼は傘を忘れてしまったらしく、空を見上げて軽く舌打ちする音が聞こえた。
これを好機とみた真広は、彼にゆっくり近づいていった。
声をかけるなら、今しかない。
「ねえ、ここに入ってください。よかったら、家までお送りしますよ」
真広は彼の目の前に立ち、傘を広げた。
彼は真広を見つめたまま、しばらく黙っていた。
真広の親切に応えるべきかどうか、悩んでいるのだろう。
──まずかったかな?嫌がられるかな?
彼は普段から誰とも会話をしないから、他人へ干渉したりされたりするのを嫌うタイプなのかもしれない。
それを考えると、これだって迷惑に感じたかもしれない。
「……ありがとう。じゃあ、お願いするよ」
「ええ、どうぞ」
彼は真広の方へ歩み寄ると、傘の中に入ってきた。
自然と、彼の肩と真広の肩が一瞬触れ合う。
その瞬間に、中年男性特有の体臭が鼻腔をくすぐった。
──相合い傘できるなんて、ラッキーかも!
「お家はどちらです?」
はやる気持ちを抑えながら、真広は行き先を尋ねた。
彼に接近できたからといって、今は浮かれている場合ではない。
「あっちだよ」
そんな真広の心情など知る由もない彼は、南の方向を指差した。
「わかりました」
言うと真広は傘を彼の頭の高さまで上げて、一緒に歩き出した。
──この人、恋人がいたりするのかな?
だとしたら真広に脈はないし、今後気まずくなるかもしれない。
それを思うと、なかなか言葉が出てこなくて、彼の住む家に着くまで、お互いずっと無言だった。
「着いたよ。あそこだ」
そんな心配をよそに、2人して足を進めていくうち、彼が住んでいるという10階建てマンションに到着した。
──ひとり暮らしするにはおっきい家だから、やっぱり誰かと住んでるのかな?
そんなことを考えながら、2人一緒にマンションのエントランスまで入ると、真広は傘を畳んだ。
その畳んだ傘から大量の雨水が垂れてきて、エントランスの床に小さな水たまりができる。
「きみ、送ってくれてありがとう」
彼は冷静な様子で礼を言うと、真広に背を向けた。
「…あ、あの!」
なんとか会話のきっかけを作ろうと、真広は彼を呼び止めた。
「どうしたの?」
真広の呼びかけに反応して、彼が振り返った。
気がつけば、そんなことばかり考えるようになって、彼を目で追う頻度は日に日に増えていく。
パソコンのキーボードを叩く節くれ立った長い指、眼鏡のレンズの向こうで光る猛禽類みたいな鋭い目、四角い額に垂れ下がる焦げ茶色の前髪。
その仕草動作に、何度ドキドキさせられたかはかりしれない。
そんな彼への想いを抑えられなくなった真広は、思い切って声をかけてみることにした。
それがいまから2ヶ月前のこと。
その日は雨が降っていて、彼が店を出るタイミングと、真広の退勤時間とが、たまたま重なったのだ。
裏口から出た真広が帰る途中、店の入り口に目をやると、彼がいた。
彼は傘を忘れてしまったらしく、空を見上げて軽く舌打ちする音が聞こえた。
これを好機とみた真広は、彼にゆっくり近づいていった。
声をかけるなら、今しかない。
「ねえ、ここに入ってください。よかったら、家までお送りしますよ」
真広は彼の目の前に立ち、傘を広げた。
彼は真広を見つめたまま、しばらく黙っていた。
真広の親切に応えるべきかどうか、悩んでいるのだろう。
──まずかったかな?嫌がられるかな?
彼は普段から誰とも会話をしないから、他人へ干渉したりされたりするのを嫌うタイプなのかもしれない。
それを考えると、これだって迷惑に感じたかもしれない。
「……ありがとう。じゃあ、お願いするよ」
「ええ、どうぞ」
彼は真広の方へ歩み寄ると、傘の中に入ってきた。
自然と、彼の肩と真広の肩が一瞬触れ合う。
その瞬間に、中年男性特有の体臭が鼻腔をくすぐった。
──相合い傘できるなんて、ラッキーかも!
「お家はどちらです?」
はやる気持ちを抑えながら、真広は行き先を尋ねた。
彼に接近できたからといって、今は浮かれている場合ではない。
「あっちだよ」
そんな真広の心情など知る由もない彼は、南の方向を指差した。
「わかりました」
言うと真広は傘を彼の頭の高さまで上げて、一緒に歩き出した。
──この人、恋人がいたりするのかな?
だとしたら真広に脈はないし、今後気まずくなるかもしれない。
それを思うと、なかなか言葉が出てこなくて、彼の住む家に着くまで、お互いずっと無言だった。
「着いたよ。あそこだ」
そんな心配をよそに、2人して足を進めていくうち、彼が住んでいるという10階建てマンションに到着した。
──ひとり暮らしするにはおっきい家だから、やっぱり誰かと住んでるのかな?
そんなことを考えながら、2人一緒にマンションのエントランスまで入ると、真広は傘を畳んだ。
その畳んだ傘から大量の雨水が垂れてきて、エントランスの床に小さな水たまりができる。
「きみ、送ってくれてありがとう」
彼は冷静な様子で礼を言うと、真広に背を向けた。
「…あ、あの!」
なんとか会話のきっかけを作ろうと、真広は彼を呼び止めた。
「どうしたの?」
真広の呼びかけに反応して、彼が振り返った。
10
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説



皇帝陛下の精子検査
雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。
しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。
このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。
焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

禁断の祈祷室
土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。
アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。
それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。
救済のために神は神官を抱くのか。
それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。
神×神官の許された神秘的な夜の話。
※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。


飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる