ピノキオは人間になった後、幸せだったのか？

変化

思い返せば、10代半ばくらいから周囲の人々の目の色は変わりつつあったのだ。
そのぐらいの歳になれば性に興味も持つし、気になる相手も出てくる。
人間であれば気づくようなごく簡単なことに、ピノキオは気づかなかった。

いや、違う。
気づかないフリをしていたのだ。
自分がそんなふうに見られていることを忌避するあまり、あからさまに好意を向けてくる相手にさえ、素っ気なく接していた。

しかし、今回のことでそういった相手も無視できなくなってしまった。
結果的にジェペットまで巻き込んでしまったのだから、なおさらだ。
当のジェペットだって、この頃になると「誰かいい人はいないのか？」と聞いてくるようになった。

「そうだね、私もそろそろ身を固めるべき頃かもしれないね」
そう答えたことを、今でも覚えている。
ピノキオにだって夢見る未来はあるし、夢見る相手も何人かいた。
それに、ジェペットに孫の顔を見せて安心させたいという気持ちもあった。
その日から花嫁探しをし始めたのだけど、それは思わぬ形で断念することになる。

ピノキオが大人になるにつれ、ジェペットは年老いていく。
その事実をまざまざと見せつけられる出来事が起きた。
ジェペットは物忘れが酷くなっていたのだけど、それがどんどん悪化の一途をたどっていった。
ジェペットは何か忘れるたびに、「私ももうトシだな」と自虐的に笑っていたのだけど、その笑顔がどんどん消え失せていく。
やがて、そこら辺を徘徊するようになり、行方不明になったかと思うと、警官や近隣住民に保護されて帰宅することも多くなった。

ピノキオはジェペットの世話に専念するため、やむなく仕事を辞めた。
ジェペットと自分が貯めていた蓄えを少しずつ切り崩しながら、ピノキオは日々衰えていくジェペットを見守った。

ジェペットの世話は大変だったが、楽しさもあった。
ジェペットはときどき、ピノキオを「兄さん」と呼んだり、子どものように甘えてくるときがあった。
そんなときピノキオは、若き日のジェペットには昔の自分はこんな風に見えていたのだろうかと考えて、微笑ましく感じた。

そんな日がこれからも続き、やがてジェペットはやすらかな眠りにつき、自分はその瞬間を見守る役目を果たすのだ。
そんなふうに考えていた当時のピノキオとジェペットに悲劇が訪れたのは、嵐の夜のことだった。




トントントン！
ジェペットを失ったあの忌々しい夜のことを思い出して頭が痛くなった矢先、ドアをノックする音が聞こえた。
何気なく窓の外を見やると、辺りはすでに夜の帳が降りて、暗くなっていた。

こんな夜更けに訪ねてくるなんて、いったい誰だろうか。
ピノキオは重い足取りでドアまで歩み寄り、玄関ドアを開けた。

「ピノキオさん！」
そこにいたのは、カルロだった。