17 / 44
過去
しおりを挟む
「それでも国が平和そのものであれば、なんとか事は済んでいるんだ。しかし、王侯貴族が出入りする宮廷は、人々の野心や嫉妬、羨望や狂気が常に渦巻いている。見かけはとても美しいが、その内面はドブ川みたいにドロドロした地獄そのものだ」
そばで話を聞いていたジャンティーはふと、人間だった頃の野獣の姿を想像した。
野獣ではなく、ウォルターというある王族のひとりだった頃の野獣を。
「あるとき、以前からあった貴族同士の派閥争いがピークに達して、クーデターが起きた。わたしたちの国は、ある貴族の一派に奪われた。父上も母上も幼い私も捕らえられた……」
予想もしていなかった野獣の身の上話に、ジャンティーはただただ呆然として、いつになく饒舌な野獣の口元を見つめていた。
「わたしの目の前で、父上も母上も、それまで忠実にそばにいてくれた家臣たちも、つぎつぎに処刑されていった。その人たちの悲鳴や鮮血を、幼いわたしはこの目で見て、この目で聞くことになった」
まだ幼い少年の目の前で、両親が殺される。
考えるのも恐ろしい情景に、ジャンティーは身震いした。
「恐怖とショックとで、わたしは気が狂いそうになった。その恐怖とショックのなかで、わたしは震えながら神にひたすら祈った。どうぞわたしを人間以外の生き物に変えてください。もう2度とこんな恐ろしいものを見ないで済むようにしてください。わたしをこの世から消してくださいと……」
野獣はふと立ち上がると、火かき棒を手に取って暖炉に新しい薪をくべた。
その姿は、胸に沸き起こってくる高揚や、そのときに感じた恐怖を、そうすることで抑えているかのようだった。
「そのまま、わたしの意識は途絶えた。そうして気がついたときには……」
野獣は火かき棒を元の位置に戻ると、もといたソファに座り直した。
「こんな姿になっていたんだ」
「なんということ…」
あまりにも恐ろしく凄惨な話に、ジャンティーは言葉が出なかった。
「やはり信じられないだろうね。こんな話は」
「いいえ、とんでもございません。けれど、なんとも不思議な話だなと思います」
ジャンティーは思ったままを述べた。
人間が野獣に変わるなんてこと、にわかには信じがたいが、この野獣がそんなウソをつく理由が見当たらない。
「そうだな。お前の言う通り、とても不思議な話だ。実を言うと、わたしたちを捕らえて迫害した貴族連中もその手下も、わたしの姿が変わったと同時に消えてしまったのだ。彼らがどこにいったのか、わたしには未だにわからない」
野獣が考え込むように、俯いた。
「ともかく、わたしを取り囲んでいたすべてのものが死んだのだ。ただ残されたのはこの城と、わたしにかけられた魔法だけだった」
野獣が顔を上げると、自然とジャンティーと目が合った。
野獣の赤い瞳が暖炉の炎に照らされて、ルビーのようにキラキラ輝く。
「その日から、ウォルター様はずっとお一人で、このお城で暮らしていらっしゃるのですか?」
ジャンティーが聞くと、気のせいかもしれないが、野獣の瞳がより一層キラキラ輝いた気がした。
そばで話を聞いていたジャンティーはふと、人間だった頃の野獣の姿を想像した。
野獣ではなく、ウォルターというある王族のひとりだった頃の野獣を。
「あるとき、以前からあった貴族同士の派閥争いがピークに達して、クーデターが起きた。わたしたちの国は、ある貴族の一派に奪われた。父上も母上も幼い私も捕らえられた……」
予想もしていなかった野獣の身の上話に、ジャンティーはただただ呆然として、いつになく饒舌な野獣の口元を見つめていた。
「わたしの目の前で、父上も母上も、それまで忠実にそばにいてくれた家臣たちも、つぎつぎに処刑されていった。その人たちの悲鳴や鮮血を、幼いわたしはこの目で見て、この目で聞くことになった」
まだ幼い少年の目の前で、両親が殺される。
考えるのも恐ろしい情景に、ジャンティーは身震いした。
「恐怖とショックとで、わたしは気が狂いそうになった。その恐怖とショックのなかで、わたしは震えながら神にひたすら祈った。どうぞわたしを人間以外の生き物に変えてください。もう2度とこんな恐ろしいものを見ないで済むようにしてください。わたしをこの世から消してくださいと……」
野獣はふと立ち上がると、火かき棒を手に取って暖炉に新しい薪をくべた。
その姿は、胸に沸き起こってくる高揚や、そのときに感じた恐怖を、そうすることで抑えているかのようだった。
「そのまま、わたしの意識は途絶えた。そうして気がついたときには……」
野獣は火かき棒を元の位置に戻ると、もといたソファに座り直した。
「こんな姿になっていたんだ」
「なんということ…」
あまりにも恐ろしく凄惨な話に、ジャンティーは言葉が出なかった。
「やはり信じられないだろうね。こんな話は」
「いいえ、とんでもございません。けれど、なんとも不思議な話だなと思います」
ジャンティーは思ったままを述べた。
人間が野獣に変わるなんてこと、にわかには信じがたいが、この野獣がそんなウソをつく理由が見当たらない。
「そうだな。お前の言う通り、とても不思議な話だ。実を言うと、わたしたちを捕らえて迫害した貴族連中もその手下も、わたしの姿が変わったと同時に消えてしまったのだ。彼らがどこにいったのか、わたしには未だにわからない」
野獣が考え込むように、俯いた。
「ともかく、わたしを取り囲んでいたすべてのものが死んだのだ。ただ残されたのはこの城と、わたしにかけられた魔法だけだった」
野獣が顔を上げると、自然とジャンティーと目が合った。
野獣の赤い瞳が暖炉の炎に照らされて、ルビーのようにキラキラ輝く。
「その日から、ウォルター様はずっとお一人で、このお城で暮らしていらっしゃるのですか?」
ジャンティーが聞くと、気のせいかもしれないが、野獣の瞳がより一層キラキラ輝いた気がした。
5
お気に入りに追加
95
あなたにおすすめの小説


今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。

雪を溶かすように
春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。
和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。
溺愛・甘々です。
*物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています

王子様から逃げられない!
白兪
BL
目を覚ますとBLゲームの主人公になっていた恭弥。この世界が受け入れられず、何とかして元の世界に戻りたいと考えるようになる。ゲームをクリアすれば元の世界に戻れるのでは…?そう思い立つが、思わぬ障壁が立ち塞がる。

本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。


美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。
すべてはあなたを守るため
高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる