【完結】オメガの純が夢見ていること

若目

文字の大きさ
上 下
35 / 55

魔法使いはなぜ現れて、なぜガラスの靴は残ったか?

しおりを挟む
「なぜです?」
「シンデレラってさ、12時になったらドレスも馬車もなくなったのに、どうしてガラスの靴だけが残ったんだと思う?」
「さあ?」
突然、この男は何を言い出すのだろう。
高貴のつかめない言動に、真知子はとことん惑わされた。

「これはぼくの解釈だよ?思うに、魔法使いはシンデレラのことを前から知ってたんだよ」
「ほう?」
「魔法使いは継母や姉たちにいじめられてたシンデレラをどこかから見ていて、気の毒に思ってた。
そこで、せめて数時間だけ、楽しい思い出を残してやりたいと思ったわけだ。「舞踏会に行きたい」っていう、ささやかな夢くらいは叶えてやりたかった。
ガラスの靴はその記念品みたいなものだと思う。ドレスやアクセサリーの類は意地悪な姉たちに盗られる可能性がある。
けれど、靴は姉の足に合わないから、そのまま置いておける。
魔法使いからしてみれば、それだけのことだった。王子様のとのことなんか、まるで考えてなかった」
「なるほどなるほど」
未だに高貴の言いたいことはよくわからないので、真知子は曖昧な相槌を打った。
「シンデレラが王子様に見初められたのは、魔法使いにとっても予想外の出来事だったんじゃないかな?
たった一夜の夢だったはずが、シンデレラは思わぬ幸福を手に入れた。ぼくが思う筋書きはこうだよ」
「今回のこの件、軽井沢さんがシンデレラだとするとなら、魔法使いがあなた、というわけですか?」
真知子は、高貴の言っていることの真意がようやく見えたような気がした。
「この場合はそういうことになるねえ」


魔法使い?
とんでもない。
この男は、かわいそうな女の子に幸福を与えるような、そんなありがたい存在ではない。

どちらかといえば、みずからの幸福や平和の邪魔となり、自分を迫害してきた継母に、真っ赤に焼けた鉄の靴を履かせて、死ぬまで踊らせた残忍極まりない白雪姫のそれだ。

「なるほど。時代ですとか地域ですとか、出版元によりますけどね、原作では意地悪な姉は足を切ってしまったり、鳩に目を突かれてしまうのだとか」
「因果応報だよ。小学生でも思いつくような月並みな正論だけどね、人様にやったことは全部自分に返ってくるんだよ。
それも、本人が予想もしてなかった方向からね」
使はプッと吹き出した。

「今どきの絵本だと、シンデレラは結婚した後は、意地悪な継母と義理の姉を許して、王宮に迎え入れるように王子様に進言するそうですよ」
「そんなことしなくていいだろうに。
今どきのシンデレラはお人好しなんだねえ。少なくとも、あの子たちはあの子たちの幸せだけ考えていれば、それでいいんだよ。
悪いヤツらのことも、魔法使いのことだって考えなくていいんだ」
魔法使いは肩を震わせて、ひたすら笑い続ける。

おとぎ話において、魔法使いほど二面性のある者はいない。
あるものは、気の毒な身の上の少女にガラスの靴やかぼちゃの馬車を与えたりするが、あるものは、ハンサムな王子様を醜い野獣やカエルに変えてしまう。

シンデレラの継母や姉、赤ずきんの狼、白雪姫の魔女、お菓子の家の老婆……
そんな不埒な連中を葬り去るために、どれほどの権謀術数が蠢いているかなど、若い恋人たちは知らないし、知らなくていいのだ。

少なくとも、この魔法使いはそう思っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

続きは第一図書室で

蒼キるり
BL
高校生になったばかりの佐武直斗は図書室で出会った同級生の東原浩也とひょんなことからキスの練習をする仲になる。 友人と恋の狭間で揺れる青春ラブストーリー。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

大学生はバックヤードで

リリーブルー
BL
大学生がクラブのバックヤードにつれこまれ初体験にあえぐ。

処理中です...