14 / 55
影石譲の憂鬱
しおりを挟む影石譲は憂いていた。
今の状況はすこぶるよくない。
2度目の番となった老人が死に、今は肩身の狭い実家に身を寄せている。
この実家において、オメガである譲の立場は弱かった。
譲は、かつての番に思いを馳せていた。
目を閉じれば、今もあざやかに思い出される、あの華やかな毎日。
最初の番、豪貴と出会ったのは、親の紹介だった。
当時は高校在学中で、まだ17歳。
結婚ではなくて、愛人という間柄を望まれたが、6人兄弟の末息子で、オメガであるという立場上、断りようもなかった。
他の兄弟はアルファなのに、自分だけがオメガであるから尚更だ。
通っている高校は私立の名門校といえば聞こえはよかったが、多額の寄付金を払えば簡単に入れるという側面もあることから、「バカな金持ちの子女の遊戯場」という烙印も押されていた。
そんな事情もあったから、「こんなところに通っていてもしょうがない」と諦めて、高校を中退。
成金令息のアルファと番になり、家庭に入ったほうがマシだろうと考えて、向こうからの条件を飲んだ。
そして、いざ番になってみれば、悪くはない生活が待っていた。
居をかまえたのは都会のタワーマンション。
上層階の広い部屋を与えられ、さらに最上階の豪貴の部屋には、好きなだけ行き来できる。
発情期に悩まされることもなくなり、贅沢三昧。
豪貴は次々に愛人を作っては番にしたが、生活に支障はなかったし、豪貴の寵愛は失せることがなかった。
愛人たちは、最初の愛人であり、年長者である譲をそれなりに敬って立ててくれたし、そのおかげで、大した争いや揉め事とも無縁の平穏な生活を送ることができた。
しかし、譲が34歳のとき、豪貴は本妻に殺され、そこから生活が一変した。
生活の面倒を見てくれる番がいなくなった上、そのときには、すでに5人の子がいた。
実家の年嵩連中からは「長居貴一郎との繋がりは何としてでも保っていろ」と言われているから、実家には頼れない。
譲自身、あんな田舎にはもう戻りたくないと思っていた。
どうしたものかと悩んだ末、実父の口利きで、なんとか長居貴一郎の新しい愛人としておさまることができた。
長居家での立場は弱かったが、問題なく生活できたし、窮屈な田舎での暮らしよりは幾分贅沢なものだった。
5人の子どもたちも順調に優秀に、すくすくといい子に育っていった。
この子たちかいずれ長じたあかつきには、自分の立場を万全なものにしてくれるだろうと考えていたが、その読みはことごとくはずれた。
第1子にあたる長女の聡美は、独立して出ていき、今は自分の会社を経営していて、祖父の会社を継ぐ気は微塵もないという。
その上、どうしたわけかわからないが、自分を嫌っているせいで住居も連絡先も教えてもらえず、接触すらかなわない。
第3子にあたる次男の高貴は、ある日突然「家政婦さんのお店を継ぐ、おじいさんの会社とは関わらない」と言って出ていき、今は小さな洋食店の店長におさまっている。
こちらが呼びかけても、快い返事はもらえなかった。
第4子で三男の貴彦は20歳になったのを機にハメをはずして過度に飲酒し、急性アルコール中毒で早逝。
第5子で次女の英美はベータだから、重要なポストに入る見込みはない上に、この子も聡美と同様に自分を嫌っている。
何より、いちばん期待をかけて育てた第2子で長男の大貴は、いちばん期待を裏切ってくれた。
3歳で九九や読み書きができるようになり、小学校も中学も高校も大学も、誰もが知るような難関と呼ばれるようなところに、大した苦労もせずに入れた。
しかし、この息子はそこまでのものだった。
いざ社会に出てみたら、何ら大したことはなかった。
仕事ぶりはベータと変わらず、アルファというには今ひとつという有り様で、祖父の会社の一部署を任された際には、父親ゆずりの無能ぶりを発揮した。
企画した案件はたびたび失敗し、それを取り戻すことができるほどの要領の良さはあったが、その部署は発展することもなく、周囲からの評価はプラスマイナスゼロといった塩梅だった。
そのくせ、父親譲りの好色ぶりはすさまじく、父親と同じように「番集め」に余念がない。
長男がこうでは、次男を説得してこちらに帰らせ、彼に会社の重要なポストに座ってもらうしか、自分の立場を守る方法がない。
このままでは、肩身が狭く、窮屈でみじめな田舎暮らしが待ってるだけだ。
「頼んだよ、真知子さん…」
古びた日本家屋の縁側に座り込み、譲は高貴のところに送った人物の名前を呼んだ。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら、カノジョの兄に迫られていた件
水野七緒
BL
ワケあってクラスメイトの女子と交際中の青野 行春(あおの ゆきはる)。そんな彼が、ある日あわや貞操の危機に。彼を襲ったのは星井夏樹(ほしい なつき)──まさかの、交際中のカノジョの「お兄さん」。だが、どうも様子がおかしくて──
※「目が覚めたら、妹の彼氏とつきあうことになっていた件」の続編(サイドストーリー)です。
※前作を読まなくてもわかるように執筆するつもりですが、前作も読んでいただけると有り難いです。
※エンドは1種類の予定ですが、2種類になるかもしれません。
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
スノードロップに触れられない
ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照
BL
*表紙*
題字&イラスト:niia 様
※ 表紙の持ち出しはご遠慮ください
(拡大版は1ページ目に挿入させていただいております!)
アルファだから評価され、アルファだから期待される世界。
先天性のアルファとして生まれた松葉瀬陸真(まつばせ りくま)は、根っからのアルファ嫌いだった。
そんな陸真の怒りを鎮めるのは、いつだって自分よりも可哀想な存在……オメガという人種だ。
しかし、その考えはある日突然……一変した。
『四月から入社しました、矢車菊臣(やぐるま きくおみ)です。一応……先に言っておきますけど、ボクはオメガ性でぇす。……あっ。だからって、襲ったりしないでくださいねぇ?』
自分よりも楽観的に生き、オメガであることをまるで長所のように語る後輩……菊臣との出会い。
『職場のセンパイとして、人生のセンパイとして。後輩オメガに、松葉瀬センパイが知ってる悪いこと……全部、教えてください』
挑発的に笑う菊臣との出会いが、陸真の人生を変えていく。
周りからの身勝手な評価にうんざりし、ひねくれてしまった青年アルファが、自分より弱い存在である筈の後輩オメガによって変わっていくお話です。
可哀想なのはオメガだけじゃないのかもしれない。そんな、他のオメガバース作品とは少し違うかもしれないお話です。
自分勝手で俺様なアルファ嫌いの先輩アルファ×飄々としているあざと可愛い毒舌後輩オメガ でございます!!
※ アダルト表現のあるページにはタイトルの後ろに * と表記しておりますので、読む時はお気を付けください!!
※ この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる