7 / 55
オメガの母親
しおりを挟む
「い……いらっしゃいませ」
なんと声をかけたら良いのかわからなくて、純はとりあえず、形式通りの挨拶を告げた。
高貴さんの母親だというその男は、年配ながら整った顔つきをしていた。
こまめに染めているのであろう黒髪は、白髪はもちろんのこと、1本のほつれも傷みもなく艶めいている。
小柄でほっそりした体を萌葱色の着物で包んでいて、どことなく上品な物腰は高貴さんに似ていた。
「ねえ、高貴……」
高貴さんの母親は純たちには一瞥もくれず、何か言いたげな様子で、高貴さんにせまってきた。
「母さん、わかったから。ごめん、みんな、しばらく話し合うから、店番頼んだよ。すぐ戻るからね。ほら、こっちに来て」
高貴さんの母親は、言われるままに高貴さんの後について、奥へ入っていった。
「何の話し合いかな?」
「すげー泥沼展開してそう。こりゃ長くなるかもなー」
純と仁志はヒソヒソ話し合ったが、長田さんに「こら、2人とも!」と言われて、あわてて仕事に戻った。
すでに客が何人か来ているし、今は店長の母親どころではない。
仁志の言うとおりに話は長引くものと予想していたが、高貴さんのお暇は思いの外短かった。
「失礼するよ!こんなとこ2度と来ないから!!」
あからさまに憤慨した様子で、母親が出てきたのだ。
あまりの剣幕に、純も仁志も長田さんも客も驚き、ぽかんとした顔をした。
「うん、2度と来ないでねー」
足早に店を去っていく母親の背中に向かって、高貴さんはひらひらと手を振った。
「……どうしたんですか?」
長田さんが高貴さんに歩み寄ってくる。
そばの席に座っていた客は、カレーをすくったスプーンを空中で止めたまま、呆然とこちらを見つめている。
「日菜乃ちゃんが皿に山盛りのスクランブルエッグ出して、母親が怒ったの」
「ああ……」
その場にいた全員、「なるほど」と納得いくような顔をした。
高貴さんの父親が若い頃、戯れに「男体盛りがしたい」と言って、母親の腹に焼きたてのスクランブルエッグを置いたところ、あまりの熱さに母親は悲鳴をあげて暴れ、父親のアゴを蹴飛ばしてしまったのだという。
これは高貴さんがしょっちゅう話す笑い話で、大貴や母親が来ると「スクランブルエッグ食べる?」とひやかすこともある。
「譲さんが悪いんじゃない。来て早々「こんな店さっさと畳んでおじいさんの会社継いだほうがいい」だもの」
日菜乃さんが気だるげな様子でエプロンの位置を直しながら、奥から出てきた。
この人はいつも、どこかアンニュイな雰囲気を漂わせている。
「譲さん…?」
「母さんの名前だよ」
日菜乃さんに続くようにして、高貴さんがエプロンの紐をくくり直した。
「日菜乃さん、名前で呼んでるってことは、知り合いなんですか?店長のお母さんと……」
「え?これ、言ってなかったかな?」
高貴さんがカクッと首を傾げた。
40近い男がこれをすると、可愛らしいというよりシュールさが勝つ。
「あー…ジュンちゃん、あのね、日菜乃さんって、店長の妹さんなの」
「え⁈でも、苗字が違いません?」
仁志の言葉を聞いて、純はぐるんっと首を動かして、日菜乃さんの方を見た。
「母親が違うもの」
純の動揺も構わず、日菜乃さんは淡々と答える。
「日菜乃さんのお母さんはねえ、親父から見たら、たしか愛人5号くらい?」
「10番目くらいだったと思うけど……」
店長も日菜乃さんも、えげつない事情を平気で口にする。
ひょっとして、これは遺伝なのだろうか。
なんと声をかけたら良いのかわからなくて、純はとりあえず、形式通りの挨拶を告げた。
高貴さんの母親だというその男は、年配ながら整った顔つきをしていた。
こまめに染めているのであろう黒髪は、白髪はもちろんのこと、1本のほつれも傷みもなく艶めいている。
小柄でほっそりした体を萌葱色の着物で包んでいて、どことなく上品な物腰は高貴さんに似ていた。
「ねえ、高貴……」
高貴さんの母親は純たちには一瞥もくれず、何か言いたげな様子で、高貴さんにせまってきた。
「母さん、わかったから。ごめん、みんな、しばらく話し合うから、店番頼んだよ。すぐ戻るからね。ほら、こっちに来て」
高貴さんの母親は、言われるままに高貴さんの後について、奥へ入っていった。
「何の話し合いかな?」
「すげー泥沼展開してそう。こりゃ長くなるかもなー」
純と仁志はヒソヒソ話し合ったが、長田さんに「こら、2人とも!」と言われて、あわてて仕事に戻った。
すでに客が何人か来ているし、今は店長の母親どころではない。
仁志の言うとおりに話は長引くものと予想していたが、高貴さんのお暇は思いの外短かった。
「失礼するよ!こんなとこ2度と来ないから!!」
あからさまに憤慨した様子で、母親が出てきたのだ。
あまりの剣幕に、純も仁志も長田さんも客も驚き、ぽかんとした顔をした。
「うん、2度と来ないでねー」
足早に店を去っていく母親の背中に向かって、高貴さんはひらひらと手を振った。
「……どうしたんですか?」
長田さんが高貴さんに歩み寄ってくる。
そばの席に座っていた客は、カレーをすくったスプーンを空中で止めたまま、呆然とこちらを見つめている。
「日菜乃ちゃんが皿に山盛りのスクランブルエッグ出して、母親が怒ったの」
「ああ……」
その場にいた全員、「なるほど」と納得いくような顔をした。
高貴さんの父親が若い頃、戯れに「男体盛りがしたい」と言って、母親の腹に焼きたてのスクランブルエッグを置いたところ、あまりの熱さに母親は悲鳴をあげて暴れ、父親のアゴを蹴飛ばしてしまったのだという。
これは高貴さんがしょっちゅう話す笑い話で、大貴や母親が来ると「スクランブルエッグ食べる?」とひやかすこともある。
「譲さんが悪いんじゃない。来て早々「こんな店さっさと畳んでおじいさんの会社継いだほうがいい」だもの」
日菜乃さんが気だるげな様子でエプロンの位置を直しながら、奥から出てきた。
この人はいつも、どこかアンニュイな雰囲気を漂わせている。
「譲さん…?」
「母さんの名前だよ」
日菜乃さんに続くようにして、高貴さんがエプロンの紐をくくり直した。
「日菜乃さん、名前で呼んでるってことは、知り合いなんですか?店長のお母さんと……」
「え?これ、言ってなかったかな?」
高貴さんがカクッと首を傾げた。
40近い男がこれをすると、可愛らしいというよりシュールさが勝つ。
「あー…ジュンちゃん、あのね、日菜乃さんって、店長の妹さんなの」
「え⁈でも、苗字が違いません?」
仁志の言葉を聞いて、純はぐるんっと首を動かして、日菜乃さんの方を見た。
「母親が違うもの」
純の動揺も構わず、日菜乃さんは淡々と答える。
「日菜乃さんのお母さんはねえ、親父から見たら、たしか愛人5号くらい?」
「10番目くらいだったと思うけど……」
店長も日菜乃さんも、えげつない事情を平気で口にする。
ひょっとして、これは遺伝なのだろうか。
0
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました

いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる