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事務所の謎
しおりを挟むゴミ捨てなんて、久しぶりだ。
しかも、こんな夜遅くにこっそりやるなんて更に久しぶりだ。
いつ倒壊しても不思議でない非常階段しか出口のない事務所はゴミ袋を片付ける他に俺の居場所すら作れない。煩く騒ぐおっさんは捨て置いて夜中だろうがゴミ捨てをしているのやっぱり現れた。
「やっぱりあの婆さんとグルだったんだな。やっと突き止めたぜ。アニキ、コイツですよ、やっちゃって下さ…あっっ。」
コンビニのチンピラの後ろにいるのは本職に違いないだろう。蹴り飛ばされたチンピラがあの金をネコババした。そんなところだろう。
「ふーん。にいちゃん只者じゃないね。俺達見ても顔色一つ変えないなんてマトモじゃないよ。」
夜中だと言うのに、何故か真っ黒なサングラスをした背広の男の顔をみて古い記憶を探る。
確か…この辺りを仕切るヤクザの下っ端で遠藤とかいったな。オンナにたかるしか脳のない馬鹿だ。
ヒュン。
本気のパンチは取り敢えず躱した。
気絶させられては、内臓ごと売り飛ばされるしな。
「オマエ…やる気なのか?」
殺気を漲らせる男と間合いを取りながらどう処理するか悩んでいたら後方からとんでもない助っ人が登場した。
ガツンガツンと階段から松葉杖をついて降りてくるおっさんがやたらと大声で「お巡りさん~こっちです!!」と叫んでいる。
マジか。
今どきそんな手法で本職を躱せるはずもないし、更に言えば煽りでしかない。
こうなりゃ覚悟を決めてマジでやるしかないか、と構えたその時二つの大きな音が同時に起きた。
「警察だ!!そこを動くな!!」
と言う声と。
ガタガタガタと、階段を滑り落ちながら呻くおっさんの声と。
「ちっ、運のいい奴だ。また是非ともお話し合いをお願いしたいですね。」
こちらをひと睨みした後、警官へのアピールをして踵を返すヤクザ達が足早にその場を去るのを警官も追いかけて行く。
あっという間にまたもや、怪我したっぽいおっさんとゴミ袋をもう一度捨て直す俺のみが残った。
「あのね、まずは怪我人を助けるのが人情だろう?右腕もやっちったっぽいんだ。手を貸してくれよ…」
力強く言い出したが最後は半泣きの情け無いおっさんを無視して全てのゴミを片付ける。相変わらず呻き声をあげてアピールが半端ないな。
チラッと見れば半泣きのおっさんの顔が見えたのでため息をついておっさんの前にしゃがみ込んだ。
「え?まさか背負ってくれるのか?おぉ
ありがとう、ありがとう。」
そう言っておっさんは相当臭うはずの俺の背中に躊躇わず負ぶさった。鼻がイカれてるのか?
おっさんは、上機嫌に「いやぁ、君はいい人だね。」とか「偶然って有難いね。」とか話しかけるのをやめようとはしない。
臭くないのか?
石を投げられるほどのホームレスとしては完璧な俺の臭いだぞ?!
壊れかけの階段をおっさんを背負って登るのは正直キツかった。数ヶ月前なら何なくやれたのに。筋肉が落ちるのは早いもんだと半笑いになる。
ゴミ袋のなくなった通路の確保されたソファまでの道のりを歩きながらある事に気づいた。
背中に感じるおっさんの身体が意外にも筋肉質である事を。
『神保探偵事務所』
ボロい扉にあるあの看板は本当だったのか。俺の記憶にある探偵事務所の中には全く覚えがなかったから何かの単なるカモフラージュかと思ったが。
「なぁ、聞いてるか?腹が減ったんだよ、机からカップラーメン出して作ってくれよ…」
考え事をしている間中、何か話していたらしいおっさんの半泣きの声と久しぶりの『カップラーメン』の響きに初めておっさんをまともに見た。
変な顔をしているが、昔はイケメンだったかもしれない。やさぐれだ雰囲気に騙されない目を持ってなければ見抜けないほど酷い風体だがな。
「おい!お前さんほどじゃねぇよ。それより味噌味頼むよ。お前さんも好きなカップラーメン食っていいぞ。」
その声に忘れていたはずの腹の虫が答えた。数日餌をやってないから酷い音を立てたのだ。爆笑するおっさんを他所に俺は久しぶりの熱いラーメンを作る事に集中した。
諦めたはずの未来がラーメンのカップを前にゆらゆらと目の前を掠めてゆく。
(一時だ)
心の中でそんな言い訳も、久しぶりに匂う醤油ラーメンの前には腹の虫の言いなりになる他なかった。
旨い。
左手でぶつぶつ言いながらラーメンを食べるおっさんに思わず感謝するほど,久しぶりのラーメンは腹の底に沁みた。
だから気づかなかったのだ。
おっさんが,時折こちらを鋭い目つきで見ていた事に…。
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