俺の拾い主

ちかず

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不幸な偶然

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「うーん…」
オヤジが身じろぎした。やっと目覚めたか…。
飲み過ぎなのか時刻は既に9時を迎えていた。
 オヤジがこっちを向いた。あれ?あの時と様子が違うぞ。
目が覚めたはずのオヤジの眼は薄目すぎるのか、はっきりおれの姿を捉えていないようでぼっっとしていた。

勘違いか?
俺を知っていたのではないのか?

『俺を知っている。』

その上で、驚愕したとなればどうしても問わねばならぬ事がある。
既にどうでも良くなった身体ではあるが、守らねばならぬモノもあるのだ。
だからこそ、待ち侘びた。

彼が俺を見るのを。

ところが…。

「ぎゃっ!!何?何だよ、君は…。あ、もしかして強盗ならば残念だね。この事務所に金目のモノは一つもないよ。あれ?違う??」

ビクつくオヤジの顔が変な風に歪むのを見届けてため息をついた。
あれは見間違いだったのかと。杞憂で終わってホッとしたが自分の腕の落ち方にも愕然とした。これでは奴らから逃げきれないかもしれないと。

俺はまだ、ゴタゴタと変な媚を売るオヤジに見切りをつけて玄関へと向かった。ゴミ袋を乗り越えてたどり着く頃、オヤジの慌てた声がした。

「あ、あっ待ってよ。君ってばまさかの依頼人だったりするのかな?ごめんよ、寝ぼけていて、さ。あ、待って…」

後ろから聞こえる声をガン無視して鍵の閉まってない扉を開けると非常階段を降りる。数日飯を食ってないせいか足取りはどうしてもゆっくりになる。ボロい手すりでも掴まらねば急階段を降りられない。

「ねぇ、待ってくれよ…あっ!!」


そこからは、スローモーションのようだった。
慌てたオヤジが階段の上から降って来たのを避けたつもりが気づけばオヤジの上に乗っかっていたのだ。しかも、オヤジの足の方向がオカシイ。

不味い…このまま逃げようか。
迷ったのは一瞬だったと思う。
オヤジの呻き声が咄嗟の判断を決めた。

頭からも血を流すオヤジの懐に手を入れ携帯電話を取り出すと救急車を呼んだ。
場所の説明が分からず戸惑っていたら倒れたオヤジが意識を取り戻して途切れ途切れに住所を告げた。

救急車に乗れる訳もない。 
見知らぬオヤジとホームレスの俺。間違いなく加害者だと他人は思うはず。朦朧としているオヤジには悪いが逃げの一手しかない。

階段を降りようとしたその時。

「あっ、所長!!遂にやりましたね。このボロい階段直さないから怪我するんですよ!!」

下から文句を言うながら登って来た婆さんに見つかった俺は結局そのまま事務所に残る事になった。

「アンタね。怪我した所長を放ったらかしで行くつもりだったね。そうはいかないよ。人間はね壊したら弁償しなきゃ。例えそれが酔っ払いの足だったとしてもだよ?!」


一言の余地を挟む隙すらなく、婆さんとオヤジは救急車に乗り込むとホームレスを留守番に残して去って行った。 
 

何で俺が?
このままバックれるぞ?!

しかし、何故か俺は逃げなかった。
その理由は一つ。
オヤジが担架で運ばれる前に渡して来た鍵のせいだった。

え?見知らぬ人間に家の鍵、渡すか?
しかもだ。その上鍵を渡す時に小声で「戸棚の鍵以外は好きにしてくれ…」と言うしな。


鍵を返すまで。
それまでだと、した筈だった。

それが俺の拾い主との最初の出会いだったのだ。


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