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第二幕 あやかし兎の京都裏町、舞妓編 ~祇園に咲く真紅の紫陽花

41.四条決戦(6)

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 ――これより起死回生の作戦を決行します。河原町通を北上してくる敵主力部隊に全員で突撃します。題して『アマモリの逆襲』。集合場所は御池通と河原町通の交差点です。

 グループチャットで全員に連絡します。私が作戦の指揮官ではありませんが人数の不利を全員が察しているはず。アマモリのメンバーは直線的な行動を好みますし、それなりの賛同を得られるのではないかと思って。

 とはいえ、返信を待っている間は少し不安になりましたが。

アヤメ「そういうの待ってた。すぐ行くよ」
音兎「ウチも集まったほうが心強いどす」
高千穂「そろそろ暇してたとこやし」
ハル「誘導は俺が請け負う」

「やはり薫さんが決め手になりそうですね」

 交差点の物見やぐらの上から真神さんの声。涼しい夜風を全身に受けて微笑んでいました。

「これは楽しい夜になりますね」

 連絡してから数十分ほどで、現存しているメンバーと思わしき面々が無事に集まりました。すぐ近くの御池大橋は激戦中だったのですが、意外なことに、バクケン側が全く手出しをしてこなかったので円滑に事が進んだのです。

「そちらが集まっている意図は察している。思惑に乗ってやる代わりに、一つ、条件がある」

 こちらの不穏な動きを察知して、私達の集合場所にバクケンの総大将である法眼ほうげんさんが単独でいらっしゃいました。真神さんが前に出て、二人で交渉を始めます。

「勾玉での完全決着を明確にしたい。だからキツネ娘が持っている勾玉をこちらに渡せ。そうでなければ決戦をする意味がない」
「おっしゃる通りです、そちらの勾玉はお返ししましょう。互いに持ち合って、先にゴールした方の勝ちです。数による時間切れの決着はなしになりますが、それでいいですか?」
「無論。正面からの決戦こそ、我々の得意であり理念だ」
「では、開始の時刻はそちらで決めてください」
うしの刻にて。以後、回りくどい奸計かんけいは無用。善戦を期待する」

 交渉は成立。決戦開始まではおよそ三十分ほどになります。それまでは休息にしようと思ったのですが。

「さあ、決戦の前の気付けをどうぞ」

 三十分も立っていたら暇で仕方がないと、阿国さんが酒をふるまって、皆が道路の真ん中に座って晩酌ばんしゃくを始めています。これで酔って足がもつれて負けたりして。

「ほら、薫さんも」

 結局、注がれたので私も失敬しておきますけども。

「さあさあ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。うしの刻よりアマモリとバクケンの最終決戦が始まりますよ!」

 既に脱落している気楽な蛙男さんが仕切りだします。どういう意志の団結か、アマモリとバクケンの脱落者が率先して河原町通にロープを引いて交通整理をして、観衆は勝利パレードを閲覧するかのように道を開けて、結果、アマモリとバクケンで西洋のガンマンみたいに向き合う格好となりました。



 アマモリ側、御池通から南下して八坂神社を目指す。こちらの主力は真神さん、ハル、アヤメさん、切目さん、唐変木さんに、ゲストの孫悟空と羅刹女らせつにょです。それから高千穂、阿国さん、音兎ちゃんや座敷童。総勢で三十名ほどになります。

 バクケン側、三条通から北上して京都御所を目指す。天狗の法眼さん、ぬえのヤドリさん、蜘蛛くも女の姉妹、煙々羅えんえんら、侍の朴念仁ぼくねんじんさん、服部半蔵に百地ももち丹波たんば、がしゃ髑髏どくろ、ぬりかべ、などなど。あちらは五十もいるでしょうか。

 数ではあちらが上ですが、気合はこちらが上、だといいな。

「やあやあ、我こそは明智が祖、摂津源氏せっつげんじ土岐とき氏の支流! 明智光秀の血を引く者である!」

 そろそろ約束の二時になろうとする頃に、お互いが視認できるくらいの距離まで近づいたあたりでバクケン側から一人のアヤカシがずいっと前に出てきました。能を舞いそうな装束に、能面の代わりに般若の面を被っています。公家のような高貴な印象を受けましたが、腰に刀を差していますのでバクケンらしく武闘派のようです。

「我らはバクケンとして幕府の復興、ならびに、アヤカシの主権を目指す武士もののふである! かつての栄光を取り戻さんがため、夜に光をもたらす正義の戦いを執り行う! 遠くの者よ、我らの主張を音に聞くが良い!」

 ――うおおおお!

 バクケンのメンバーの雄叫おたけびが響きとなって河原町通に浸透します。これはいくさ名乗りというものでしょうか? あまりの迫力に観衆の熱量まで上がっています。

 このままでは雰囲気に飲まれそう。こちらも何か名乗った方がいい?

「じゃあ、アマモリ側も大将が叫ばないと」

 なぜか私が前に出されそうになりました。

「ちょっと、名乗るほどの血筋がないって!」
玉藻前たまものまえさんの末裔まつえいやん」
「そんなの、ここにいるほとんどが何らかの有名なアヤカシの子孫なんだってば!」

 こういうのは武闘派がやってこそ効果があると思うのです。私のような華麗で、おしとやかな狐では迫力が出ない。真神さんに助けるように視線を求めたら、ふっと笑ってらっしゃって、指でくいっと私の横を示しました。

「明智を名乗られると、黙ってられないからね」

 私の肩を叩いたのはアヤメさんです。代わりに出てくれるようです。これは助かった。

「こっちも名乗りをさせてもらうよ! やあやあ、我こそは織田が祖、第六天魔王、織田信長の血を引く者だ! 天下布武てんかふぶならアタシの十八番おはこさ、武で語りたいのならアタシを倒してから言いなよ!」

 さすがはアヤメさん、迫力なら負けていません。むしろ勝っているかも。こちらの名乗りにも観衆が呼応してくれて、奪われかけた士気が戻ったのはいいのですが。

「えっと、織田信長の末裔まつえいって?」
「アタシ、苗字が織田だから。親父が血筋なんだよ」
「うええええ!?」

 これに驚いたのは私だけではないようで、高千穂も、阿国さんも、アマモリの古株っぽい唐変木さんも仰け反っています。ちらっと真神さんを見れば満足そうに笑ってらして、でも私の視線に首を振っていますから、どうやら真神さんすらも知らなかったみたい。

「なんとなくそうかな、という気はしていましたけど。答え合わせができて良かったです」

 どういうところから感じたのか聞いてみたい。

「お主、本当に信長の子孫か!」

 疑問に思ったのか、明智の末裔まつえいとやらの般若さんが遠くから問いかけてきます。

「嘘か本当か、試してみなよ!」
「面白い……なればここで因縁にケリをつける!」
御託ごたくはいいさ、かかってきな!」

 ごーんごーんと、鐘が鳴ります。うしの刻を迎えた知らせです。私が持っている勾玉が光って、相手側の勾玉からも光が放たれて、二匹の龍が勢いよく夜空に飛翔しました。

「いくぞ、我らはバクケン! 今こそ不動明王と化し、獅子しし奮迅ふんじんの一撃の元に軟弱な連中に鉄槌てっついをくらわしてやろうぞ!」

 向こうからアヤカシの群れが突進してきます。

「さあ、薫。突撃の合図は任せたよ」

 勾玉を持っているのは私ですから、こちらも意志を一つにするために勾玉を空に掲げました。

「私達も行きます! アマモリの、アマモリたる所以ゆえんを見せましょう! 一つは一つのために、みんなはみんなのために!」
「一つは一つのため、みんな……あれ、そうだっけ?」

 せっかくの勢いが薄れて、ざわざわと。あ、なんか違った? ワン、フォー、オールだから、一つはみんなのためだっけ?

「だいたい合ってますよ」

 結局は真神さんがフォローしてくれて。

「行きましょう、みんなは、みんなのためです!」
 
 ちょっと恥ずかしいながらも、私達らしい突撃となりました。
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