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第二幕 あやかし兎の京都裏町、舞妓編 ~祇園に咲く真紅の紫陽花

17.市会論争(4)

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 会議机の真反対側に尊大に座っている、でっぷり五臓に叫んでやりました。唐突に本性を現した私ですから、当然、周囲の方々は驚きと困惑の色を浮かべていますが、一言で説明のしようがありませんので、

「ちなみに私はキツネです! けれども!」

 事実だけを添えておきました。

「……キツネ? いや……どういうこと?」
「君は……いったい?」
「なんや、何処から現れよった?」

 質問の交通渋滞です。

「あ~もう、説明がいっぺんに大変! 私も関係者なんです。一連の出来事は知っているんだから」
「何やて? 関係者やのに何で隠れとったんや? まさか机の下におったんか?」
「木に決まってるでしょ」

 もう隠す必要もないので、公式に暴露します。何処にいたのか議論を前に進めないと、私の抗議も前進しませんので。

「化けとったちゅうんか? やったら不法侵入――」
「凄く納得した!」

 私とちらちら目が合っていたノートパソコンの男性が、目を見開いて、とても嬉しそうに頷いています。

「化けていたのなら、とても合点がいく。いやぁ、良かった。今夜はよく眠れそうだ」
「何を呑気に言うとんねん。おい、そこの狐女。これは極秘の会議やのにスパイみたいな真似しくさって」
「まあまあ、五臓さん」

 香月さんがなだめました。

「関係者だと言っていますし、手違いで認知されていなかったのかもしれない」
「ほったら化けとらんと、さっさと出てこんかい。香月さん、これもあんたが糸を引いとるんやないやろな?」
「この人は関係ありません! すぐそっちに話を持っていくんだから。私は裏町の案内人です。音兎ちゃんの案内を頼まれていて、今回の騒動を知ったんです。彼女に舞妓を辞めて欲しくなかったから、いろいろと調べているうちに、この会合に行き着きました」

「そうでしたか……あの子のことで、ご迷惑をお掛けしているようで」

 香月さんが頭を下げました。

「だからって勝手に入っていい道理にはならんやろがい。おい、女、どういう悪巧みなんや?」
「何が悪巧みよ、白々しい。私、知ってるんですからね。あんたが真犯人だってこと」
「真犯人? 何の?」

 皆さんの疑問符が部屋をグルグルと回ります。

「五臓さん、まさか誰かを……やっちゃったんですか?」
「アホ言え。むしろ犯罪者はアッチやろがい。おい、妖怪女! 不法侵入かましといてテキトーなことを言いさらすな!」
「妖怪お……あのねぇ! さっきから表現に悪意があるでしょ。人間男って言われてカチンとこないわけ? この二枚舌の茶色スーツ!」
「茶色の何がアカンねん!」

 二枚舌は、別に気にならないようです。

「全国の茶色愛好家に謝れや、このヘンテコ緑ワンピース!」
「緑が変ですって? 何言ってくれちゃってんの、緑こそ大人女性のコーデなのに、それが分からないなんて自然環境に対する敬愛が足りないわ。そっちこそ地球に謝りなさいよ!」
「ワシはこう見えても、二酸化炭素の排出量を削減しようとしとるんや。呼吸にも気を遣っとるねんで」
「じゃあ、もっと歯を磨きなさいよ」
「磨いとるわ、アホ! この真っ白なインプラントが見えてへんのか、節穴ボンクラ狐!」
「この自発的悪代官!」
「けったい妖怪チンドン女!」
「パワハラ偏差値高学歴男!」
「双方、落ち着かれよ。罵り合いコンテストの査定が本懐ではあるまい。短気は損気、まずは冷静に話し合われよ」

 机の中央から渋い声がしました。仲介したのは玄桃斎さんです。罵倒合戦を止めてくれたのは有難いのですが、玄桃斎さんも相当の短気でしょうに。

「それで、裏町の案内人よ。ここにいる五臓議員が真犯人と言ったが、どういう主張なのか聞かせてもらおうか」

 私と知り合いであることは伏せながら誘導してくれています。もしかすると、玄桃斎さんも五臓さんの性根を知っているのかな。

「はい。私は案内人として音兎ちゃんの騒動について調べているうちに、音兎ちゃんが驚いたのは――見世出しの現場に蛇がいたからだと分かったんです。誰だって蛇が道の真ん中に現れたら、ビックリするに決まっています。だから耳を出したからって、彼女に責任を押し付けるのはお門違いです。しかも、その蛇が偶然、現れたのではないことも分かったんです」

 キッとにらみつけてやります。あなたがやったと知っていますよと、先制攻撃です。身に覚えがあれば不意の一撃に多少は動揺の色を見せるはず。

「な、なんやて?」

 ほら、言葉を詰まらせた。

「偶然じゃない蛇って、何やねん」
「ベルトです。アヤカシの術を用いて、皮のベルトを化かして蛇に見せたんです。しかも真っ先に騒いで写真を撮った男性が化かしたんです。音兎ちゃんが蛇が苦手だと知っていて、驚かせば兎の本能で反応するはずだと。そして、それを裏で仕組んでいたのが――」

 指を水平方向に差してやりました。

「五臓さんが、裏で糸を引いていました。その真意を確かめるために、私はこの会議を密かに傍聴していました。ずっと目的が分からなかったのですが、五臓さん、選挙のためにこんな茶番を扇動したのですね」
「それは本当なんですか、五臓さん?」

 他の方々が一斉に尋ねると、五臓さんは少し慌てた反応を見せました。

「わ、ワシがやったって、そんなもんデタラメの憶測にも限度がある。三流の脚本家でも書かへんぞ、そんな陳腐ちんぷなストーリー」
陳腐ちんぷだろうが、お粗末だろうが、事実なんだから認めなさいよ!」
「アホんだら! 証拠もあらへん妄言をいちいち真に受けてられるかい! そもそもお前が不法に侵入しとるやないか。しょっ引かれる理由があるんは、お前の方やぞ。おい、誰か警察を呼べ。この女狐を追い出せ!」
「警察なら、もうここにおりますよ」

 部屋の奥から、針を突き刺すような声色。大声でなくとも、よく耳に通ります。眼鏡をかけた灰色のスーツの男性の正体は――

 切目さんでした。

 部屋の後ろに立っていますが、いつの間に入ってきたのか。会議室に目だけを潜入させて様子を窺っていたのかな。騒ぎになっているからと、駆けつけてくれたようです。

「なんや、お前は」
「刑事ですよ、アヤカシ課の。切目と申します。以後、お見知りおきを」

 切目さんが警察手帳を開いて見せました。金色の紋章の上に『妖』と書かれています。

「彼女には、捜査協力をお願いしていまして」
「そら違法捜査とちゃうんか」
「無法には無法で挑むのが、やり方なので。そもそもアヤカシは法外なんですわ、七課には特権も認められてます」
「無法て、誰のことを言うとるんや。まさか、ワシか」
「自答できるなら、それが答えです、五臓さん」
「……なんやと」

 五臓さんは怯むどころか、敵意をき出しにしました。政治家というより、裏稼業に関わる人のような凄みです。これまでの態度とは明らかに違います。今までは焦っていたようで、実のところは余裕があったのかもしれません。それが公の警察まで出てきては煙に巻くよりも、正面切って戦う気になったのかも。

「木っ端の刑事デカが随分と言いよるな。どこぞの狐と違ごうて、お前が言うたら洒落では済まんのやぞ」
「お互い様です。ちなみにタヌキは元気にしとりますか?」
「た……」

 五臓さんの目が少しだけ泳ぎました。思い当たる節はあるはず。それを眉間にしわを寄せることで誤魔化しています。

「分からんこと言うな、あんたは。そっちの狐とは違うんかい」
「舞妓さんの件で騒いだタヌキですよ。彼は任意同行に従ってくれました。いずれ、詳細が判明するでしょう」
「ははあ……何や知らんが、冤罪えんざいをワシに吹っ掛けようとしとるんか? 政治家やっとると、しょーもない脅迫がよう来よるが……さすがに刑事デカが敵になるんは初めてや。この五臓、逃げも隠れもせんから――」
「やれやれ、内も外も騒がしいな」

 まだ五臓さんとの対決の最中ですが、玄桃斎さんが意味深に呟いた、刹那せつなの出来事でした。

 後ろの扉に亀裂が走って、ハリボテのように瓦解したかと思えば、大きな影が部屋の中へと突き抜けてきたのです。腕を交差して、背を丸めたまま、反対側のガラスにまで飛んでいきました。そこからクルリと回転して、激しい打音と共に両足をガラス面につけて、壁を蹴る格好で静止してから――

 ストンと床に下ります。

「油断した。防弾ガラスで良かったよ、ビルの外に落ちるところだった」
「アヤメさん!」
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