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第二幕 あやかし兎の京都裏町、舞妓編 ~祇園に咲く真紅の紫陽花
16.市会論争(3)
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そこからしばらく、政策論争へと発展しました。私の近い方に座っている香月さん達と、五臓さん側に座っている方々は政党が違うらしく、京都の町、さらには日本の政治をどう進めていくのか、最初は政治家らしい理論整然とした答弁が繰り広げられています。
「京都は京都のままで、急進的に立場を変える必要はないでしょ」
「経済の一極集中に限界がきとるんや」
「せめて関東と関西で二極化するとか」
「ちゃうねん、集中するなら、とことんやるねん。日本だけやなくて世界の一極集中や。世界地図を見てみ、日本が真ん中で、日本の真ん中は位置的に京都になっとるがな」
「どこの国でも、世界地図の中心は自分のところですよ。イギリスには、こっちがゼロ度だって言われそう」
「ほったら、日本は百三十五度やって言い返せや」
「どういう反論?」
そんな中、私といえば――
胸元から柏餅を取り出しては、モグモグと食べ続けていました。段々と態勢の維持も辛くなってきて、人目を忍んで背中を伸ばして腕の位置を変えているのですが、私の精神と肉体の両方が飽きていると言っています。政治について議論するなとは言いませんが、早く本題に戻って欲しい。
うんざりしているのは私だけではないようで、
「もう、私は帰っていいのかな?」
玄桃斎さんが促したのを皮切りに、また、人間とアヤカシの話題へと戻ってきました。
「五臓さんは、そんなに妖怪を区別したいのですか?」
「それは誤解や。市民全員が肯定しとるわけやないから、段階を踏まえろって言うとるねん。やり方っちゅうもんが――って、端っこのあんた、どこを見とるねんな。ワシの話を聞いとるんか?」
五臓さんは、ノートパソコンの男性が余所見しているのが気に入らなかったようです。ちなみに男性はさっきから、私を凝視しています。
「いえ……あの木、なんか変わった形をしているなと。あの右端の木ですが、最初から『非常口の人』みたいな形をしていましたっけ?」
これはヤバい。
会議のあまりの冗長さが、私に油断と限界を齎していました。静止し続けるのが辛過ぎて、腕と体をウネウネと捻っているうちに、今にも外へと走り出しそうなポーズになっているみたい。
「屋内やからな、光合成が足りんのやろ。太陽を目指しとるんや、生命力の表れや、頼もしいやないか。ていうか木なんかどうでもええねん、ワシの話を聞け。確かにワシらは京都政治においては急進派やけども、人間と妖怪の共存に関しては保守寄りの層からも支持を得てる。それでも、彼らを説得して変えていかなあかんとは思うとる。でもな、やり方がよろしくない。思慮が足りませんのや。なあ香月さん、あんたの配慮やけども結果は逆になっとるんやで。こういうのは行動の積み重ねなんや。今までのあんたの施策が表面化したのが今回って話や。それに、この件に関してホンマに他意はなかったと言い切れるんか? さっきも言うたけど、同じ兎やからて、同族やからて、特別対応しなかったと言い切れるんか?」
ああ、これもマズイ。
同族優遇のツッコミもそうですが、私は私で、また別の問題が発生しています。
餅を食べるにつれて、ブラに隙間ができてしまい、残りの餅が落ちそうになっているのです。餅をたくさん詰めるために(さらに見栄もあって)カップサイズを上げていたのと、楽だからとキャミワンピにしたのが裏目にでました。ブラがパカパカして、それでも落ちないようにと両手で胸を必死に抑えていますが、既に何個かの餅がこぼれてしまい、ワンピースをすり抜けて――
足元に、ボタボタと。
「何よりも時期が悪いねん。知っての通り選挙が――」
「あれ? おかしいな?」
例の男性が、また、私を訝し気に見つめます。
「あの木……あんな女神像みたいなポーズをしていましたっけ? 鉢植えの下にも何か落ちているような」
「あのな、こっちは大事な話をしとるねん、いちいち木を気にするな言うてるやろ!」
「す、すみません……」
前かがみになっている木なんてオカシイのですが、とりあえず助かった。敵に助けられたみたいで、ちょっと癪ですけど。
「香月さん、選挙が近いんは当然意識してますやろ。せやのに今回の失敗はワシんとこの管理が甘いとか言われてるんやで。ホンマは香月さんとこが軽率やったからやのに、文化の保護も、仮に舞妓の文化が一時的にでも閉鎖されるようになったら、これじゃあ投票せえへんって言われてるんや。こんなもん、香月さんの政治工作なんやないかって疑いたくもなりますわな」
「いや、そんなつもりは……私達は、選挙に臨むにあたって公平さを欠くような真似はしていないと断言できます」
「結果や、香月さん。一番の被害を受けとるんはこっちや。このままではワシらも自己弁護のために、香月さんとこの判断やったって公に言わないきませんな」
「勿論、私の判断だと言ってもらうのは構いませんが……今回の騒動について広く言及されては、双方が困るかと」
「分かっとる。やけど、あんたの判断ミスっちゅうのは認めるんやな?」
「全てを、こちら側の責任にしたいのですか?」
援護射撃したのは、香月さんの隣に座っている女性でした。
「その言い方では、負の側面だけを一方的に私達に押し付けているようにしか聞こえません」
「政党同士の話やない、あくまで個人の話や。香月さん、みんな困っとるんや。ワシらだけでなく、後援会も、置屋も肩身が狭い。そっちに座っとる人らも、現職は多少なりともイメージが下がるんとちゃうか。だから穏便に済ませるためには全員で協力せんとあかん。今回の件がこれ以上、大袈裟に扱われんようにワシからも根回しする。その代わり、香月さんには責任を取ってもらわな示しが付かへんやろ」
「私に、辞職しろと」
「そこまで言わん。情報統制するんに辞職したら、何の責任やってなるわな。やから任期まで全うしたらええ。やけど次の選挙で市議から衆議院に立候補するのは諦めなはれ」
ここにきて、ついに狙いが判明しました。選挙に確実に勝つために、香月さんを辞退させたいのです。もしかすると個人的な恨みもあるのかもしれません。
これは大変な遺憾と、ムカッ腹です。
音兎ちゃんを驚かせて耳を出させたのは五臓さんなのに、なんたる暴論、なのですが、無茶苦茶な主張だと分かっているのは画策を知っている人だけ。つまりここにいる人達は、五臓さんの主張に反論する術がありません。
「それで済むのなら……私が責任を取りましょう。その代わり、この件は不問にしていただきたい」
ついに香月さんが折れてしまいました。
香月さんとしては音兎ちゃんを庇ってのことでしょうが、この判断では解決に至るわけがない。なぜなら、責任を一層に強く感じた彼女は、やはり迷惑を掛けたと、それで舞妓を続けれないと、諦めるに決まっている。
「では、香月さんが立候補を辞めるとして……この件はどうやって誤魔化すのですか? 写真を撮られていたと思いますが」
「そら、あの子が兎の耳を付けて見世出しをしたって言うしかないやろ。それでも文化的行事で遊ぶなって批判はされるかもしれんが、それは自己責任や」
はあ? 何なのその言い草は! 結局は音兎ちゃんのせいにする気?
確かに言い訳としてはコスプレが妥当かもしれないけれど、仮にそれで責められたら全力でフォローしてあげるべきで、それが組織の義務というもので、何よりも、さっきからずっと頭の中で反論しているけれど――
だから、あんたでしょ、音兎ちゃんを驚かせたのは! それなのに場合によっては音兎ちゃんに舞妓を辞めろですって? 音兎ちゃんがどれだけ苦しんで、鈴夜ちゃんがどれだけ思い詰めて、それが政治的な権力闘争だなんて、本当にくだらない!
あ~、分かりました、自覚しました、私、完全に、ブッチリと、ただいま堪忍袋の緒が切れております。悪事を宣うにも図々しさが甚だしい。これはもう天雷を喰らわせるべき所業で、捲土重来、遼来遼来、私の頭上から不動明王が降臨し、八百万の神々がエールを送っています。
急ぎ、開いたブラウスのボタンを留めて、頭の葛の葉っぱをスカートのポケットにしまい、口内の柏餅をゴックンします。ポンっと変身が解けて、本来の姿に戻りました。
そうです、私はアヤカシ代表、キツネ娘。
耳だって尻尾だって、もう隠してたまるもんですか!
「ふざけないで! あんた、いい加減にしなさい!」
「京都は京都のままで、急進的に立場を変える必要はないでしょ」
「経済の一極集中に限界がきとるんや」
「せめて関東と関西で二極化するとか」
「ちゃうねん、集中するなら、とことんやるねん。日本だけやなくて世界の一極集中や。世界地図を見てみ、日本が真ん中で、日本の真ん中は位置的に京都になっとるがな」
「どこの国でも、世界地図の中心は自分のところですよ。イギリスには、こっちがゼロ度だって言われそう」
「ほったら、日本は百三十五度やって言い返せや」
「どういう反論?」
そんな中、私といえば――
胸元から柏餅を取り出しては、モグモグと食べ続けていました。段々と態勢の維持も辛くなってきて、人目を忍んで背中を伸ばして腕の位置を変えているのですが、私の精神と肉体の両方が飽きていると言っています。政治について議論するなとは言いませんが、早く本題に戻って欲しい。
うんざりしているのは私だけではないようで、
「もう、私は帰っていいのかな?」
玄桃斎さんが促したのを皮切りに、また、人間とアヤカシの話題へと戻ってきました。
「五臓さんは、そんなに妖怪を区別したいのですか?」
「それは誤解や。市民全員が肯定しとるわけやないから、段階を踏まえろって言うとるねん。やり方っちゅうもんが――って、端っこのあんた、どこを見とるねんな。ワシの話を聞いとるんか?」
五臓さんは、ノートパソコンの男性が余所見しているのが気に入らなかったようです。ちなみに男性はさっきから、私を凝視しています。
「いえ……あの木、なんか変わった形をしているなと。あの右端の木ですが、最初から『非常口の人』みたいな形をしていましたっけ?」
これはヤバい。
会議のあまりの冗長さが、私に油断と限界を齎していました。静止し続けるのが辛過ぎて、腕と体をウネウネと捻っているうちに、今にも外へと走り出しそうなポーズになっているみたい。
「屋内やからな、光合成が足りんのやろ。太陽を目指しとるんや、生命力の表れや、頼もしいやないか。ていうか木なんかどうでもええねん、ワシの話を聞け。確かにワシらは京都政治においては急進派やけども、人間と妖怪の共存に関しては保守寄りの層からも支持を得てる。それでも、彼らを説得して変えていかなあかんとは思うとる。でもな、やり方がよろしくない。思慮が足りませんのや。なあ香月さん、あんたの配慮やけども結果は逆になっとるんやで。こういうのは行動の積み重ねなんや。今までのあんたの施策が表面化したのが今回って話や。それに、この件に関してホンマに他意はなかったと言い切れるんか? さっきも言うたけど、同じ兎やからて、同族やからて、特別対応しなかったと言い切れるんか?」
ああ、これもマズイ。
同族優遇のツッコミもそうですが、私は私で、また別の問題が発生しています。
餅を食べるにつれて、ブラに隙間ができてしまい、残りの餅が落ちそうになっているのです。餅をたくさん詰めるために(さらに見栄もあって)カップサイズを上げていたのと、楽だからとキャミワンピにしたのが裏目にでました。ブラがパカパカして、それでも落ちないようにと両手で胸を必死に抑えていますが、既に何個かの餅がこぼれてしまい、ワンピースをすり抜けて――
足元に、ボタボタと。
「何よりも時期が悪いねん。知っての通り選挙が――」
「あれ? おかしいな?」
例の男性が、また、私を訝し気に見つめます。
「あの木……あんな女神像みたいなポーズをしていましたっけ? 鉢植えの下にも何か落ちているような」
「あのな、こっちは大事な話をしとるねん、いちいち木を気にするな言うてるやろ!」
「す、すみません……」
前かがみになっている木なんてオカシイのですが、とりあえず助かった。敵に助けられたみたいで、ちょっと癪ですけど。
「香月さん、選挙が近いんは当然意識してますやろ。せやのに今回の失敗はワシんとこの管理が甘いとか言われてるんやで。ホンマは香月さんとこが軽率やったからやのに、文化の保護も、仮に舞妓の文化が一時的にでも閉鎖されるようになったら、これじゃあ投票せえへんって言われてるんや。こんなもん、香月さんの政治工作なんやないかって疑いたくもなりますわな」
「いや、そんなつもりは……私達は、選挙に臨むにあたって公平さを欠くような真似はしていないと断言できます」
「結果や、香月さん。一番の被害を受けとるんはこっちや。このままではワシらも自己弁護のために、香月さんとこの判断やったって公に言わないきませんな」
「勿論、私の判断だと言ってもらうのは構いませんが……今回の騒動について広く言及されては、双方が困るかと」
「分かっとる。やけど、あんたの判断ミスっちゅうのは認めるんやな?」
「全てを、こちら側の責任にしたいのですか?」
援護射撃したのは、香月さんの隣に座っている女性でした。
「その言い方では、負の側面だけを一方的に私達に押し付けているようにしか聞こえません」
「政党同士の話やない、あくまで個人の話や。香月さん、みんな困っとるんや。ワシらだけでなく、後援会も、置屋も肩身が狭い。そっちに座っとる人らも、現職は多少なりともイメージが下がるんとちゃうか。だから穏便に済ませるためには全員で協力せんとあかん。今回の件がこれ以上、大袈裟に扱われんようにワシからも根回しする。その代わり、香月さんには責任を取ってもらわな示しが付かへんやろ」
「私に、辞職しろと」
「そこまで言わん。情報統制するんに辞職したら、何の責任やってなるわな。やから任期まで全うしたらええ。やけど次の選挙で市議から衆議院に立候補するのは諦めなはれ」
ここにきて、ついに狙いが判明しました。選挙に確実に勝つために、香月さんを辞退させたいのです。もしかすると個人的な恨みもあるのかもしれません。
これは大変な遺憾と、ムカッ腹です。
音兎ちゃんを驚かせて耳を出させたのは五臓さんなのに、なんたる暴論、なのですが、無茶苦茶な主張だと分かっているのは画策を知っている人だけ。つまりここにいる人達は、五臓さんの主張に反論する術がありません。
「それで済むのなら……私が責任を取りましょう。その代わり、この件は不問にしていただきたい」
ついに香月さんが折れてしまいました。
香月さんとしては音兎ちゃんを庇ってのことでしょうが、この判断では解決に至るわけがない。なぜなら、責任を一層に強く感じた彼女は、やはり迷惑を掛けたと、それで舞妓を続けれないと、諦めるに決まっている。
「では、香月さんが立候補を辞めるとして……この件はどうやって誤魔化すのですか? 写真を撮られていたと思いますが」
「そら、あの子が兎の耳を付けて見世出しをしたって言うしかないやろ。それでも文化的行事で遊ぶなって批判はされるかもしれんが、それは自己責任や」
はあ? 何なのその言い草は! 結局は音兎ちゃんのせいにする気?
確かに言い訳としてはコスプレが妥当かもしれないけれど、仮にそれで責められたら全力でフォローしてあげるべきで、それが組織の義務というもので、何よりも、さっきからずっと頭の中で反論しているけれど――
だから、あんたでしょ、音兎ちゃんを驚かせたのは! それなのに場合によっては音兎ちゃんに舞妓を辞めろですって? 音兎ちゃんがどれだけ苦しんで、鈴夜ちゃんがどれだけ思い詰めて、それが政治的な権力闘争だなんて、本当にくだらない!
あ~、分かりました、自覚しました、私、完全に、ブッチリと、ただいま堪忍袋の緒が切れております。悪事を宣うにも図々しさが甚だしい。これはもう天雷を喰らわせるべき所業で、捲土重来、遼来遼来、私の頭上から不動明王が降臨し、八百万の神々がエールを送っています。
急ぎ、開いたブラウスのボタンを留めて、頭の葛の葉っぱをスカートのポケットにしまい、口内の柏餅をゴックンします。ポンっと変身が解けて、本来の姿に戻りました。
そうです、私はアヤカシ代表、キツネ娘。
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