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第二幕 あやかし兎の京都裏町、舞妓編 ~祇園に咲く真紅の紫陽花
12.作戦会議
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「それで、アタシに白羽の矢が立ったってわけか。いいよ、どうせ暇してんだ」
土御門屋で日本酒を飲みながら、自ら持ち込んだ焼き鳥と唐揚げを食べているアヤメさん。閻魔様の唐辛子を大量に振りかけたせいで、ぼんじりが噴火寸前の火山のように真っ赤に染まっていました。
土御門屋の夜は、基本的に静かです。大人チックな内装のバーですし、夜パフェもありますし、立地さえよければ繁盛しそうなものの、主目的が飲食ではないため暇な常連が飲みに来るくらい。それでもかつての私のように依頼人が唐突にふらっと立ち寄ったりもするから、案内人は常時、滞在していなければならず。
朝早くから私と一緒に活動していたハルは、このまま夜遅くまで勤めるのですって。
タフだなぁと感心しながらも、私は自腹で金柑のパフェを堪能中です。金柑の旬は冬ですから、残っている実は全て食べてあげるのが礼儀。オレンジムースとホイップクリーム、さらにクリームチーズが層になって、塔の一番上に丸い金柑が皮ごと並んでいます。リキュールで光沢を帯びた金柑をスプーンですくい、生クリームと一緒にパクリと食べたら、甘酸っぱくて、ちょっぴり皮の苦味があって、クリームの甘さとまろやかさが舌を包みました。
「それ、さっき食べてなかったか?」
「う~ん、二杯目!」
二杯目からが本番、と言いますからね。私は聞いたことがありませんけど。
私とアヤメさんはテーブルに向かい合って食事に勤しんでいます。奥のソファ席にはハルと切目さんが睨み合って、二人だけでやってて楽しいのか、トランプのババ抜きをしています。カウンター席にいる高千穂は、さっきからずっとお酒を飲んでいます。
例の音兎ちゃんの件で、こうして作戦会議のために集まりました。
「それで、その七転八倒とかいう奴って、どんな野郎なんだ? 表の京都事情には詳しくないからさ」
「七転八倒ちゃうわよ、五臓六腑」
高千穂が焼酎をボトルごと持ってきました。
「動画、あるわ。なんかの時のインタビューやけどね」
高千穂はメニュースタンドにスマホを斜めに立てて、再生ボタンを押しました。ニュースキャスターがマイクを向けており、続いて日の丸の扇子を広げた五臓さんがアップになります。
「ワシらの平安京は続いとるでぇ!」
「なんだ、コイツ」
「口癖なんよ。ていうか、政党のマニュフェスト」
「天下の台所や! それはまあ大阪やけど、京都っちゅうんは、天下の台所に水を流す淀川の源、琵琶湖があるんや。それは滋賀か。とにかく日本の中心は位置的に関西やろ? 関西いうたら、京都なんやで! 神戸の方が若者向けやないかって? 何言うてんねんな、あくまで神戸は兵庫の一部であって、京都は府やで、歴史なんやで。なんたって四千年やからな! それは中国ちゃうかって……あのなぁ、京都にも四千年前から陸はあったやろ。陸があったら歴史も続いてんねん。とにかく、聖徳太子がおったんや! それは奈良の平城京か。そんなら、この際、平安京と平城京のセットで東京から移転したるでぇ!」
「なんだ、コイツ」
「だから政治方針なんよ。京都に都を取り戻そうって。平安京ってあったやん? 奈良から京都に遷都したように、東京から京都に首都を戻そうってこと」
「戻して、どうするんだ?」
「戻したら……いいことあるんよ、きっと。具体的に何かは知らんけど、まあ確かに京都って格式と格調があるから、今一度、日本に文化的な威厳を取り戻そうってことらしいよ」
「そうなんだ。文化的な目的だとは、私も知らなかった」
「薫は表にずっとおったやないの。なんで知らんのよ?」
「キャラが濃過ぎて、本能が拒絶していました。本気で言っているとは思わなかったし」
でも、それなりに支持を得ているからこそ当選しているわけで、切目さんによると、戯言ばかりを振り撒いているのではなく、ちゃんと京都の発展には貢献しているのだとか。
「平安京とか言ってるけどさ、本当に京都人か? どっちかっつーと大阪のノリなんだよね。んで、とりあえずコイツを殴ればいいんだな」
「殴ったら大事になるやないの」
「じゃあ、蹴るのか」
「蹴ってもアカンのよ。背負い投げくらいにしとかな」
「二人とも、違うんだって。倒すんじゃなくて状況を探るの。バレないように、隠密に」
別に悪い人だと限ったわけではありませんから、今すぐ成敗するのは早計です。敵か味方か、きっちりと探った上で、改めて成敗すべき敵なのです。ええ、直感で敵だとは思っています。
実際に音兎ちゃんの騒動に関わっていますから。
どういう狙いがあるのか、事実関係をハッキリとさせるべく、動向を間近で探る必要があるのです。とはいえ私一人で行動しては危険ですし、男性を護衛に連れていると警戒されるかもしれませんから、護衛役に女性のアヤメさんが抜擢されました。
切目さんの情報によりますと、来週の木曜日に開かれる京都市会の定例会の後に、音兎ちゃんの件が話し合われるそうです。そこに五臓六腑さんが参加する予定らしく、現職の国会議員がわざわざ顔を出すのですから、何らかの牽制をするのではないかと。
「こっそり会議に参加して、悪巧みか、策謀か。それとも悪質な計画か、汚いやり口なのかを見極めようってこったな」
「そんな決めつけたらあかんわ、人は見かけによらんもんよ。傲慢さと面倒臭さを二倍にしたような感じやけども、万が一にも、雨の日に猫に傘を差してあげるような人で、でも、その傘には穴が空いてたりするんよ」
あまりに酷い言われよう。
「それで、市議会にはどうやって入り込むんだ? 正面から門を破壊すればいいのか?」
「イカサマだな」
奥の席からハルの声。私達の会話に割り込んだように聞こえましたが、
「ジョーカーが三枚あるのは、途中から分かってたやろ」
トランプの話でした。切目さんと二人で問答しています。
「そのことじゃない。最後にカードを引いた時、俺の背後に目を飛ばしていただろ」
「他人が覗いてサインを出せばイカサマやけど、自分の目で見るのはイカサマにならへん」
「なるほど、ルールには規定されていないと。それじゃあ、四枚目のジョーカーがあってもいいことになる」
ハルは残った一枚のジョーカーを横に滑らすと、カードが二枚に増えて、ジョーカーがペアになったのでパシリとテーブルに捨てました。
「ババ抜きは、偶数やと成り立たん」
「仕方ない、偶数枚あった。つまりノーコンテスト」
「お~い!」
アヤメさんが声を張り上げます。
「あんたらも会議に参加してくれよ」
「さっきから聞いてはいます。堂々と二人で入ればいいかと」
切目さんが答えました。
「なんだ、やっぱり強行突破か」
「もっと穏便に入る方法がありますよ。業者ってことで、こっちで手を回しときます。理由は、植木を変えに来たとか、そんなところで良いでしょう」
「でも、ずっと会議の場には残れなくない?」
私が聞きました。
「薫が残ればいい」
ハルがソファから立って、こっちに来ます。
「薫がテーブルとか鉢植えにでも、化ければいい」
そう言って、私の正面のテーブルにひらりと載せたのは、緑色の葉っぱ。
「裏比叡山の柏の葉だ。タヌキができるなら、キツネの薫にもできる」
「それって……先入観の押し付けじゃない? そりゃまあ、あの時はちょっと化かしたこともあったけどさ、変身なんてやったことないし」
「何言うてんの。キツネがタヌキに負けるわけにはいかへんでしょ」
「……誤解のないように言っておきますけど、別にキツネはタヌキと競ってませんからね。盗聴器とかはダメなの? もしくは、切目さんの目を使うとか」
「目では音声が聞き取れませんよ。盗聴器は用意しておきますが、金属検査でもされるかもしれません。相手も多少の警戒はしているでしょうし。デジタルとアナログの、二段構えの手法がええんと違いますか?」
「え~、むしろ失敗の可能性が上がる気がする」
とはいえ、善処を目指すべきではあるし。
仕方ない、やってみよう。
諦念と覚悟を一緒に飲み込んで、とりあえず葉っぱを手に取って、頭に載せてみます。よくある感じで、忍者のようにニンニンしてみました。
「……どうかな?」
「……別に。葉っぱが頭に載っているだけだぞ」
全員の視線が、私の顔面に集中しただけでした。
土御門屋で日本酒を飲みながら、自ら持ち込んだ焼き鳥と唐揚げを食べているアヤメさん。閻魔様の唐辛子を大量に振りかけたせいで、ぼんじりが噴火寸前の火山のように真っ赤に染まっていました。
土御門屋の夜は、基本的に静かです。大人チックな内装のバーですし、夜パフェもありますし、立地さえよければ繁盛しそうなものの、主目的が飲食ではないため暇な常連が飲みに来るくらい。それでもかつての私のように依頼人が唐突にふらっと立ち寄ったりもするから、案内人は常時、滞在していなければならず。
朝早くから私と一緒に活動していたハルは、このまま夜遅くまで勤めるのですって。
タフだなぁと感心しながらも、私は自腹で金柑のパフェを堪能中です。金柑の旬は冬ですから、残っている実は全て食べてあげるのが礼儀。オレンジムースとホイップクリーム、さらにクリームチーズが層になって、塔の一番上に丸い金柑が皮ごと並んでいます。リキュールで光沢を帯びた金柑をスプーンですくい、生クリームと一緒にパクリと食べたら、甘酸っぱくて、ちょっぴり皮の苦味があって、クリームの甘さとまろやかさが舌を包みました。
「それ、さっき食べてなかったか?」
「う~ん、二杯目!」
二杯目からが本番、と言いますからね。私は聞いたことがありませんけど。
私とアヤメさんはテーブルに向かい合って食事に勤しんでいます。奥のソファ席にはハルと切目さんが睨み合って、二人だけでやってて楽しいのか、トランプのババ抜きをしています。カウンター席にいる高千穂は、さっきからずっとお酒を飲んでいます。
例の音兎ちゃんの件で、こうして作戦会議のために集まりました。
「それで、その七転八倒とかいう奴って、どんな野郎なんだ? 表の京都事情には詳しくないからさ」
「七転八倒ちゃうわよ、五臓六腑」
高千穂が焼酎をボトルごと持ってきました。
「動画、あるわ。なんかの時のインタビューやけどね」
高千穂はメニュースタンドにスマホを斜めに立てて、再生ボタンを押しました。ニュースキャスターがマイクを向けており、続いて日の丸の扇子を広げた五臓さんがアップになります。
「ワシらの平安京は続いとるでぇ!」
「なんだ、コイツ」
「口癖なんよ。ていうか、政党のマニュフェスト」
「天下の台所や! それはまあ大阪やけど、京都っちゅうんは、天下の台所に水を流す淀川の源、琵琶湖があるんや。それは滋賀か。とにかく日本の中心は位置的に関西やろ? 関西いうたら、京都なんやで! 神戸の方が若者向けやないかって? 何言うてんねんな、あくまで神戸は兵庫の一部であって、京都は府やで、歴史なんやで。なんたって四千年やからな! それは中国ちゃうかって……あのなぁ、京都にも四千年前から陸はあったやろ。陸があったら歴史も続いてんねん。とにかく、聖徳太子がおったんや! それは奈良の平城京か。そんなら、この際、平安京と平城京のセットで東京から移転したるでぇ!」
「なんだ、コイツ」
「だから政治方針なんよ。京都に都を取り戻そうって。平安京ってあったやん? 奈良から京都に遷都したように、東京から京都に首都を戻そうってこと」
「戻して、どうするんだ?」
「戻したら……いいことあるんよ、きっと。具体的に何かは知らんけど、まあ確かに京都って格式と格調があるから、今一度、日本に文化的な威厳を取り戻そうってことらしいよ」
「そうなんだ。文化的な目的だとは、私も知らなかった」
「薫は表にずっとおったやないの。なんで知らんのよ?」
「キャラが濃過ぎて、本能が拒絶していました。本気で言っているとは思わなかったし」
でも、それなりに支持を得ているからこそ当選しているわけで、切目さんによると、戯言ばかりを振り撒いているのではなく、ちゃんと京都の発展には貢献しているのだとか。
「平安京とか言ってるけどさ、本当に京都人か? どっちかっつーと大阪のノリなんだよね。んで、とりあえずコイツを殴ればいいんだな」
「殴ったら大事になるやないの」
「じゃあ、蹴るのか」
「蹴ってもアカンのよ。背負い投げくらいにしとかな」
「二人とも、違うんだって。倒すんじゃなくて状況を探るの。バレないように、隠密に」
別に悪い人だと限ったわけではありませんから、今すぐ成敗するのは早計です。敵か味方か、きっちりと探った上で、改めて成敗すべき敵なのです。ええ、直感で敵だとは思っています。
実際に音兎ちゃんの騒動に関わっていますから。
どういう狙いがあるのか、事実関係をハッキリとさせるべく、動向を間近で探る必要があるのです。とはいえ私一人で行動しては危険ですし、男性を護衛に連れていると警戒されるかもしれませんから、護衛役に女性のアヤメさんが抜擢されました。
切目さんの情報によりますと、来週の木曜日に開かれる京都市会の定例会の後に、音兎ちゃんの件が話し合われるそうです。そこに五臓六腑さんが参加する予定らしく、現職の国会議員がわざわざ顔を出すのですから、何らかの牽制をするのではないかと。
「こっそり会議に参加して、悪巧みか、策謀か。それとも悪質な計画か、汚いやり口なのかを見極めようってこったな」
「そんな決めつけたらあかんわ、人は見かけによらんもんよ。傲慢さと面倒臭さを二倍にしたような感じやけども、万が一にも、雨の日に猫に傘を差してあげるような人で、でも、その傘には穴が空いてたりするんよ」
あまりに酷い言われよう。
「それで、市議会にはどうやって入り込むんだ? 正面から門を破壊すればいいのか?」
「イカサマだな」
奥の席からハルの声。私達の会話に割り込んだように聞こえましたが、
「ジョーカーが三枚あるのは、途中から分かってたやろ」
トランプの話でした。切目さんと二人で問答しています。
「そのことじゃない。最後にカードを引いた時、俺の背後に目を飛ばしていただろ」
「他人が覗いてサインを出せばイカサマやけど、自分の目で見るのはイカサマにならへん」
「なるほど、ルールには規定されていないと。それじゃあ、四枚目のジョーカーがあってもいいことになる」
ハルは残った一枚のジョーカーを横に滑らすと、カードが二枚に増えて、ジョーカーがペアになったのでパシリとテーブルに捨てました。
「ババ抜きは、偶数やと成り立たん」
「仕方ない、偶数枚あった。つまりノーコンテスト」
「お~い!」
アヤメさんが声を張り上げます。
「あんたらも会議に参加してくれよ」
「さっきから聞いてはいます。堂々と二人で入ればいいかと」
切目さんが答えました。
「なんだ、やっぱり強行突破か」
「もっと穏便に入る方法がありますよ。業者ってことで、こっちで手を回しときます。理由は、植木を変えに来たとか、そんなところで良いでしょう」
「でも、ずっと会議の場には残れなくない?」
私が聞きました。
「薫が残ればいい」
ハルがソファから立って、こっちに来ます。
「薫がテーブルとか鉢植えにでも、化ければいい」
そう言って、私の正面のテーブルにひらりと載せたのは、緑色の葉っぱ。
「裏比叡山の柏の葉だ。タヌキができるなら、キツネの薫にもできる」
「それって……先入観の押し付けじゃない? そりゃまあ、あの時はちょっと化かしたこともあったけどさ、変身なんてやったことないし」
「何言うてんの。キツネがタヌキに負けるわけにはいかへんでしょ」
「……誤解のないように言っておきますけど、別にキツネはタヌキと競ってませんからね。盗聴器とかはダメなの? もしくは、切目さんの目を使うとか」
「目では音声が聞き取れませんよ。盗聴器は用意しておきますが、金属検査でもされるかもしれません。相手も多少の警戒はしているでしょうし。デジタルとアナログの、二段構えの手法がええんと違いますか?」
「え~、むしろ失敗の可能性が上がる気がする」
とはいえ、善処を目指すべきではあるし。
仕方ない、やってみよう。
諦念と覚悟を一緒に飲み込んで、とりあえず葉っぱを手に取って、頭に載せてみます。よくある感じで、忍者のようにニンニンしてみました。
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