あやかし狐の京都裏町案内人

狭間夕

文字の大きさ
上 下
20 / 67
第二幕 あやかし兎の京都裏町、舞妓編 ~祇園に咲く真紅の紫陽花

第二幕プロローグ

しおりを挟む
 裏京都――裏町はアヤカシ達が住まう、もう一つの京都です。

 京都には一条から十条まで真横に伸びる主要な通りがありますが、それは裏町も同じ。裏四条や裏鴨川など、全ての名前に『裏』を冠する地名があります。構造は表の京都とそっくりなのに、風変りな文化が築かれた個性的な町との評判です。

 表と裏を繋ぐのが南祇園ぎおん町にある土御門つちみかど屋。私はそこで案内人をしていますが――

 私は人間ではありません。

 アヤカシです。

 私はキツネなのです。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 掃除は心の洗濯です。

 忙しさにかまけて部屋を散らかしていると精神のゆとりを失います。私の掃除習慣といえば、まあ、そこそこ。サボるでもなくマメでもなく、それなりの快適空間を維持しつつ節目にはガッツリと捨てる。この春に案内人になったばかりの私ですから、新年度の幕開けに裏町の実家で片付けをしようと考えたのは自然な感情でした。

 裏伏見・玉藻たまも神社には、本殿が前後に二つ並んでいます。

 六本の柱に片側が長い坂のように伸びた屋根は『五間社の流造ながれづくり』といいますが、朱色、緑、金の装飾など、みやびに彩られた特有の様式は『稲荷いなり造り』とも呼ばれています。裏町では本殿の屋根が二つの山のように連なっていまして、前が表京都、後ろが裏京都を意味し、表裏の調和を表現しているのだとか。外観は手入れされているため清潔に保たれていますが、本殿の中にまで歴史が降り積もり、今では物と埃で溢れ返っています。

 私の代で手入れしないと、倉庫と化した本殿がもう一つ増えるかもしれない。

 参拝客が増える前に片付けようと、早朝から、お婆ちゃんと二人で整理整頓することにしました。

「カラッポの木箱なんて、もういらないよね」
「それはねぇ、何かに使えるはずなのよ」
「……こっちの配膳用の食器、割れてるけど」
「くっ付けたらねぇ、まだ使えそうだから」

 お婆ちゃんは物を捨てられない性格。

 人生の健康は『忘却の決断』に左右されると思います。消去、焼却、滅却の先に輝かしい未来が待っているのです。だから元彼との想い出なんて真っ先に捨てるべき事案で、アルバムに挟んで涙を流している暇があるのなら、さっさとゴミ箱に放り込むのが吉。

 こういう持論を貫く私ですから、お婆ちゃんの裁定に従うのは止めておきました。

 次々と無慈悲な決断を下し、半透明のビニールが五つばかり並んだところで、紅いひもで括られた黒い箱に到達しました。シンプルな造りですが、古色こしょく蒼然そうぜんとした重厚さがあります。土嚢どのうのように積み上がったガラクタ、いえ、遺産の奥底に隠されていたのですから、おそらくは年代物に違いありません。ほこりをふんだんに被ってはいるものの、割れている形跡はなく、これでは捨てる判断には至らない。いったい何が入っているのかと興味津々にふたを開けば、綿くらいの小さな白い煙がポワッと弾けて、私の金色の毛先の数本が白く染まりました。

「それは玉手箱やねぇ」
「嘘でしょ!」

 思わず放り投げました。危うく年を取るところだった。心臓がバクバク、栄養ドリンクを五本続けて飲んだくらいの血糖値。

「どうしてそんな物がここに!?」
「玉藻で玉手やから、何となく預かったらしいんよ。もう効力はないから平気なんよ」

 効力がないとおっしゃる。

 いいえ、しっかりと白髪になっています。

 不幸中の幸いで犠牲は毛先程度で済んだものの、もしも顔面に当たっていたらしわになっていたかと思うと恐ろしい。物騒な代物ではありますが、玉手箱といえばお伽話の証拠品でもありますから、つまりは貴重品なわけで、さっきの衝撃で割れてはいないかと今更ながらに心配になりました。

 放り投げた先に視線を移したら。

 玉手箱から細い帯が伸びて。

 三頭のちょうがパタパタと、どうやら箱に閉じ込められていたらしく、まるで花の蜜に集まるように私の掌に降り立ちました。

「これは何?」

 蝶は光を失い、やがて三本の紅いひもに変わりました。

「そんな所にあったんやねぇ。髪に結ぶとね、ご利益があるんよ。縁結び……やったかいね、ちょっと違ったかもしれへんけど。使ってあげないと可哀そうやから、薫ちゃん、貰っとき」

 縁結びと聞いて、興味を抱かない独り者はいない。とはいえ今は恋を求めているようで求めてはいない。しばらく考えた末に、恋をしたくなった時に発動してもらえばいいと、今は髪には結ばずに鞄にでも忍ばせておくことにしました。

 それから一ヶ月ほどが経ちまして。

 ご利益のひものことをすっかり忘れていました。

 桃色の桜が散り、ピンク色の薔薇ばらの花が咲く頃になって、再び、あの蝶が空に羽ばたく機会が訪れたのです。

 それは、五月の初旬でした。

 私が裏町側から土御門つちみかど屋に出勤すると、表京都へ通じる扉の前で黒猫の『豆大福』が、にゃあにゃあと鳴いていました。表から誰かを連れて来たようで、取っ手を引くと、一人の、まだ若い高校生くらいの女の子がうつむいたまま立っていました。

 雪原に咲く花のように可憐なうさぎさん。

 私と目が合うなり、あっ、と小さな声を出して、耳がぴくっと揺れました。

 緊張しているみたい。

 私はできるだけ優しく、声を掛けました。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

敗戦して嫁ぎましたが、存在を忘れ去られてしまったので自給自足で頑張ります!

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 魔族 vs 人間。 冷戦を経ながらくすぶり続けた長い戦いは、人間側の敗戦に近い状況で、ついに終止符が打たれた。 名ばかりの王族リュシェラは、和平の証として、魔王イヴァシグスに第7王妃として嫁ぐ事になる。だけど、嫁いだ夫には魔人の妻との間に、すでに皇子も皇女も何人も居るのだ。 人間のリュシェラが、ここで王妃として求められる事は何もない。和平とは名ばかりの、敗戦国の隷妃として、リュシェラはただ静かに命が潰えていくのを待つばかり……なんて、殊勝な性格でもなく、与えられた宮でのんびり自給自足の生活を楽しんでいく。 そんなリュシェラには、実は誰にも言えない秘密があった。 ※※※※※※※※※※※※※ 短編は難しいな…と痛感したので、慣れた文字数、文体で書いてみました。 お付き合い頂けたら嬉しいです!

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。