1 / 7
1話 転生したけど幸せには程遠いようです。
しおりを挟むどうやらエメ・ウィリアムと仕事との縁は何の因果か前世から切っても切れないようだ。
いつも立って店番をしている自宅の店内とは違う白い壁の大広間に通され彼女は今、困惑していた。
「お願い!ティアラを・・、このティアラを直してちょうだい!」
城の妃がエメに切に頼みこむ。
そんな事「分かりました」と安請け合いをする度胸はいくら街一番の人気宝石店の看板娘に言われてもあるはずがない。
何せ商品は宝石だもの。
上客にお安くしておきましたからご贔屓にという客とは相手がまた違う。
もし今エメが前世の宝石店勤務のOLだったら頼み事をする時はワンクッションを置いてほしいものだと思っていりかもしれないが。
城の妃のお願いは命令に値するものだ。
(一体なんで私がこんな目に合わなければいけないのだろう?)
今の昼の時間なら目の前の食堂や店先でランチを取る紳士やマダム達を窓越しに見ながら午後の客入りを想定しガラスケースを拭いている時間帯だ。
どうしたらいいのか分からないでソファで固まっていると妃の側近であろう初老な紳士が「まずは事情をお話しなさった方が」と妃に耳打ちすると妃は「そうね」と気づいて謝った。
事の起こりは王と妃の一人娘、アニエフスカ姫の結婚式についてだった。
隣国の栄えた国の王子と姫との縁談ははじめはどうなることやらと思えたが円満にまとまった。
国を上げての姫を見送るための祝い事にドレスの仕立てや婚礼の準備が進行するなか事件は起こった。
宝物庫に眠るティアラの破損・・・いや、誰かに明らかに取られた様にシルバーの台座の真ん中にはめられた大きな青い宝石が見事に無くなっていたのだ。
「姫も私達もドレスばかり楽しみにしていたから」
円満な縁談とはいえ隣国に嫁ぐ姫に不安がない訳ではない。
現代でいえばマリッジブルーになったのか妃にお母様の結婚式はどうだったの?と相談を持ちかけられたそうだ。
式の時に描いてもらった肖像画を姫に見せ自分の頃はと若き日の当時の思い出を語った時、姫は描かれている花嫁姿の妃の姿を「お母様、素敵・・・。
ドレスもだけど、ティアラも素敵だわ」と目を細めた。
そんな彼女を見て妃はそれを姫のお祝いと慰めにと引き継がせプレゼントをしようと考えた。
「いいの?ありがとうお母様!」
自分の結婚式に一度使われたティアラがこうして再び日の目を見る事になんて思わなかった妃は
「年代物よ」
と忠告した。
年頃の姫にお古は嫌がられると思ったが
「お母様のティアラでしょう。私が似合わないわけないわ」
と自分の若い頃に瓜二つの姫に言われ
「それもそうね」と娘に微笑んだ。
「それで今、ティアラはどこにあるの?」
早く試着したい姫の頼みに応えるため、妃は宝物庫から執事に頼み宝物庫の門番に扉を開けさせてみると、見つかったダイヤを纏う銀細工のティアラの真ん中に大粒の青い宝石が組み込まれる様に作らせたその石が台座から綺麗に無くなっていた。
急な事態にこれには妃も落ち込んだが、すぐ宝石の捜査を城の中や街におふれを出し必死に探した。
しかし、捜査の成果は進展がなく虚しく式の日は縮まってゆく。
試着を今かと待つ姫には「ティアラに傷みがあるから一旦修理に出すわね」と言い聞かせた。
マリッジブルーになりかけた姫の不安を増やしたくないが為の時間稼ぎだ。
ドレスは仕立て中の兼ね合いもあり姫は試着が待ちきれない様子だったが仕方ない。
見つからなければ城で新しい石を手に入れるまでだ。
そうして今、妃の前に連れて来られたのが街一番の宝石店の娘エメになる。
そう、宝石の知識が豊富で鑑定の知識がある彼女の助けが必要なのだ。
さらにこの無くなった青い宝石にはこだわりがあったらしい。
そもそもこの件のティアラは妃が近国からこの国に嫁いだ際に妃の母と王の母が一緒になってデザインを考え職人に作らせた物らしい。
真ん中の宝石はひときわ目立たせたいわと案を出したのは王の母で妃の母もそれに賛成した。
しかし、それを知るのは職人と王と妃の母親だけだ。
それから今まで数十年時が経ち、職人も母親達はご逝去されこのティアラは妃に渡ったまま結婚式依頼宝物庫で眠っていた。
無論、妃には「ダイヤで作ったティアラよ」「真ん中の宝石は特別にこだわったわ」としか伝わされておらず確かに周りには小粒のダイヤがふんだんに使われているが真ん中の宝石の種類までは彼女は知らない。
(成る程。それで私が呼ばれたのね)
急な事態にエメは困惑したが鑑定の知識なら私にはある。
「だからお願い。肖像画を元にあなたには同じ宝石を探してティアラの修理をお願いしたいの」
娘を想い、プレゼントをしたい母親の気持ちは時代は違えど万国共通だ。
宝石店を一緒に商う母が付けた名前はエメラルドの宝石から取られてエメになった。
異世界に転生し一番最初にもらったのはこの名前だ。
しかし、今エメは緊張が解けず上手く話ができないでいた。
なかなか反応を示さない彼女に妃は
もちろん、店にない宝石ならば取り寄せる為の資金はこちらで用意してるわ。
褒美はこれくらいでいいかしらと妃の隣にいる執事がもう一店舗店が作れる分の依頼証に書かれた見積もりを見せられその金額に驚く。
これにはエメも「はい」とすぐ返事をした。
転生して店以外の、しかも城からの仕事にエメの胸は不覚にも楽しそうと高鳴ったがすぐに思い直す。
(いや、これは違うわ。これはあくまで報酬に釣られての意味よ)
きっと店の工房で宝石を作っている父も、原石の買い付けや帳簿を付ける母親もこの仕事を成功させ家に戻ったら褒めてくれるであろう。
エメが依頼を受けたので妃はやっと安堵した様子でソファの背もたれに身体を預けた。
「よかった。安心したわ」
と一息吐き、若くしてモルクルが似合う執事にお茶を注がせる。
「あなた以外の評判を私が知らなかったから断られたらどうしようかと思ったのよ」
「いえ、そんな・・・」
エメは一生懸命笑顔を作ったが妃の手前、それが精一杯だった。
「急に城に呼んで悪かったわ」
と妃はエメを労う。
いつもの開店準備中に、城から使いが来た時は家族で驚いたが住み込みでエメに城から仕事をお願いしたいと伝えられ、命令ならばと急いで着替えや仕事道具をまとめ家を出発したのは今朝の出来事だ。
親達だけで上手く店はまわせてるだろうかと妃に勧められるがまま緊張で味が分からぬままお茶を一口飲む。
交渉が済んだからか、エメに緊張を見て取れたのか。妃は彼女にいろんな事を聞き話をした。
庶民の商人の娘だが、姫と近い事もあるのでこの年頃の娘と話したい気持ちがあるらしい。
質問されるがまま言葉に配慮しながら受け答えする途中、妃に側近から次の予定があるので移動が必要と促される。
そのまま商談はお開きになりそうだった。
しかし、去り際の扉の前で妃は思い出したかのように
「ここで泊まり込みで仕事するならあなたに使いを付けなければいけないわ」
と言われ、遠慮しようとする間もなく妃は
「そうね、グレイ。あなたが付く事になさい」と先程のモルクルの若い執事を任命され彼は分かりましたとばかり妃に一礼し、エメにお辞儀をした。
(う・・嘘でしょ?)
突然の妃の配慮にエメは嬉しくも困惑した。
付き人になった執事の、どこか冷たそうな視線にたじろぐが、妃と側近が出ていくと彼は
「ウィリアム様、荷物をお運びいたします」と言うとソファの側にあるトランクを彼女の返事を待たずに手に持ち、エメの客間に行くためついて来るようにと前を歩いて行ってしまったのだった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます
七夜かなた
恋愛
仕事中に突然異世界に転移された、向先唯奈 29歳
どうやら聖女召喚に巻き込まれたらしい。
一緒に召喚されたのはお金持ち女子校の美少女、財前麗。当然誰もが彼女を聖女と認定する。
聖女じゃない方だと認定されたが、国として責任は取ると言われ、取り敢えず王族の家に居候して面倒見てもらうことになった。
居候先はアドルファス・レインズフォードの邸宅。
左顔面に大きな傷跡を持ち、片脚を少し引きずっている。
かつて優秀な騎士だった彼は魔獣討伐の折にその傷を負ったということだった。
今は現役を退き王立学園の教授を勤めているという。
彼の元で帰れる日が来ることを願い日々を過ごすことになった。
怪我のせいで今は女性から嫌厭されているが、元は女性との付き合いも派手な伊達男だったらしいアドルファスから恋人にならないかと迫られて
ムーライトノベルでも先行掲載しています。
前半はあまりイチャイチャはありません。
イラストは青ちょびれさんに依頼しました
118話完結です。
ムーライトノベル、ベリーズカフェでも掲載しています。

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎
sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。
遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら
自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に
スカウトされて異世界召喚に応じる。
その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に
第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に
かまい倒されながら癒し子任務をする話。
時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。
初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。
2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる