上 下
8 / 12

*7*

しおりを挟む
「あーあ、やっぱり夢なんかじゃなかった」
「はい、じゃあ次は手を見せて、ふんふん」
「わたし、いったいどうしたらいいの?」
「すごいねー、ちゃんと吸盤も機能しているみたい」」
 理香はすっかり黄色くなったわたしの手を触っている。
 わたしの指先の丸い部分に自分の指先をぴとぴとくっつけては離している。
 ああ、これって吸盤だったのね。
「ちょっと、理香。いっしょに心配くらいしてよ」
「えっ、なに?」
 聞いてないよこの人。目が波打ってニヤついているし。
 そんなにわたしを観察したいのか!?。
「脱げ!」ともいわれたんだけど、それは断固拒否。
「人類の発展のためならわたし脱ぎます」なんて言う訳ないでしょ。普通。
「はい、じゃあ次は舌出して」
「あい」
(一瞬の間)
「うわっ!」
 なに?理香が椅子から転げ落ち、しりもちをついた。
「あははは、本当にすごいね。アマガエルだー」
 何かとんでもないものを見た顔だけど、なんだったんだろう。
「今、気分はどうですかー?」
 理香はルーペを覗き込みつつ、問診は続く。
「だ、大丈夫。あ、そうだ、多分、多分なんだけれど…」
 わたしは昨日からずっと頭の中にあるものと対峙した。
「昨日ね、プールでアマガエルを飲み込んだみたい」
「ええっ、カエル飲み込んじゃったの?」
「そう、それだけじゃなくて、わたし、その、のみこんじゃったカエルのことが判る? 違う。カエルの記憶がある? うーなんかうまく言えないや。いいや、カエルそのもので『も』あるらしいの」
「自分が、美津季であり、カエルでもあるってこと?」
「うん…そうみたい」
 そう、みたい。
 認めたくはない、理解も全然出来ないんだけど、疑いなく、それはわたしの中にいる。
「ふふーん、どうもその、飲み込んだっていうカエルのせいだとしか思えないねぇ。変身」
 理香は腕を組んで考え込む。
「でも何で変身しちゃうの?」
「それは今すぐにはわからないなー。カエルを口にしたときにカエルの遺伝子を取り込んだから? いやカエルだったっていう記憶があるんならカエルの霊? そんなの非科学的で許せない! どっちにしても今、現在の人知は超えてる。お手上げ」
 理香は難しい顔をしながら、唸っている。
 ほ、放棄するなー。アンタ見たがってた割に、いいかげんだなぁ。

「まあ、飲み込んだのがアマガエルで良かったじゃない。ヤドクガエルだったら、変身する前にどうにかなっちゃっていたよ、きっと」
 ──いや、そんなカエル日本にいないと思うし、第一、毒にあたってどうにかなっちゃう事と、カエルに変身する事をごっちゃにしないでほしい。
「って、何メモ取ってるの!? そこ!」
「いや、あのちょっと。カエル娘の観察記録を……」
 メメタア!(擬音)わたしは理香に正拳突きを喰らわせた。
「ま、まさか、わたしをカイボーしたり、学会でストリップさせたり、血清作って売り出すとかしたいんじゃないでしょうね!?」
「カエル娘ならカイボーしてもいいってわけじゃないと思う。なんか、ご丁寧に解体が終わってから人間に戻っちゃいそうだし……」
「って、やる気満々だったんじゃないの!? ──って、記録映像も撮らない!」
 いい加減突っ込むのにも疲れてくる。

「でも、なんで今、急に変身したんだろう……?」
 アホなコントを終え、ちょっ落ち着いたわたしは、ずっと疑問だった事を口にした。
 変身の原因はともかく、変身するためのきっかけが判れば、それを避けることだってできるはずだ。
「ふむ」
 理香は考え込む。
「シャワー被っても変身はしなかった――。なのに、湯船を見たら変身した」
「そう。それから、今」
「プールを見たら変身した……」
「体に水がかかったわけでもないのに、なんで?」
「あー、もしかしたら……」
 理香は言う。
「きっと、あなたが飲み込んだのがアマガエルだったからじゃないかな?」
「え?」
「アマガエルが体の色を変えるのは知っているよね?」
 わたしはうなずいた。
 確かに、それなら見たことがある。
「良く見る緑色じゃなくて茶色や水色に色が変わったりするってこと?」
「水色のは突然変異。色が変わるのは、緑色から、茶色や白っぽくなったりする事。色が変わるカエルは何種類もいるけれど、日本で一番はっきりと色が変わるのはアマガエルかな?」
 お、ちょっとは科学的な感じ。
「で、アマガエルが色を変えるのは、目で見た自分の周りの景色に自分の色を合わようとする保護色。緑に囲まれていれば緑色に。河原やコンクリートなんかの所では白っぽくなる。で、ビッキーの場合も、それと同じように、回りの環境に合わせて、体が変わるんじゃないかな?」
「どういうこと?」
「目で見た環境に合わせて、それにふさわしい状態にスイッチするってこと。陸上だと人間、水中だとカエルってことかな、この場合」
「え、でも、それだったら、シャワーの時や、コップの水を見た時だって変身してしまいそうなものだけど……」
「うん、だから多分、自分の体が浸かれる量の水を見たときってことじゃない? 自分が水に浸れないのに変身するのは意味がないし」
「あ――、なるほど!」
 これは、なんとなく理解が出来る。だって……
「昨日の話だとお風呂の湯船に飛び込みたくなったんでしょう? じゃあ、もしかして、今もそうなんじゃないの?」
「ううう、そうなの」
 そのとおり。さっきから、プールに飛び込みたい衝動がわたしの体をそわそわさせている。
 湯船と違って、広々としたプールはわたしの中のカエルちゃんの本能を誘惑して止まらない。
「目が虚ろだよ。ビッキー。ダイブしてみる? そこから」
「もう、背中を押さないでよ!」
 下半身は今にも動き出しそう。わたしは、机に手を貼り付けて、カエルの欲望に抵抗する。
「おもしろ……」
「今、なんか言った!?」
「ううん。まあ、もし変身のスイッチが水を見ることなんだったら、もうすぐ元に戻るんじゃない? 昨日もお風呂から上がって二十分くらいで元に戻ったんでしょ?」
「うん」
 あたしはうなずいて時計を見た。
 やば。もうすぐ一時だ。昼休みが終わってしまう!
 理香の言うとおりならちょうどいい頃合のはず。
 もどれもどれもどれーっ。
 わたしは必死になって心の中で念じた。
 どくん
「来た」
 願いが通じたのか、やっと変身が始まった。
「ほーこうやって人間にもどるのか。こりゃおもしろいねえ」
「関心するなよぅ」
 例のぞわぞわした余韻にふるふるしながら、わたしは理香に文句を言った。

 変身が終わって、一息付く暇も無い。
 わたしたちは、教室に早足で向かいながら話をした。
「結局、めぼしい収穫無し?」
「いや、そんなことないよ、きっとこれは学会にセンセーションを」
「ばかたれー」
「まあ、わたしという立派な証人が出来たわけだし、今度はしかるべきところにつれていってあげるって」
「しかるべきところって?」
「そりゃあ、医者だか、製薬会社だかのところに、だよ」
「なんか全然頼りになってないよ――! 理香」
「とにかくさー、変身のキーだけはわかったわけだから、お風呂はシャワーで済ますとか。当分はなんとかなるでしょ」
「って、ならないよー。わたし水泳部だ……」
 そこまで言ってわたしは、急停止した。

「今日、記録会!?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【総集編】日本昔話 パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
⭐︎登録お願いします。  今まで発表した 日本昔ばなしの短編集を、再放送致します。 朝ドラの総集編のような物です笑 読みやすくなっているので、 ⭐︎登録して、何度もお読み下さい。 読んだ方も、読んでない方も、 新しい発見があるはず! 是非お楽しみ下さい😄 ⭐︎登録、コメント待ってます。

意味が分かると○○話

ゆーゆ
児童書・童話
すぐに読めちゃうショートショートストーリーズ! 意味が分かると、怖い話や、奇妙な話、時には感動ものまで?! 気軽に読んでみてね!

GREATEST BOONS+

丹斗大巴
児童書・童話
 幼なじみの2人がグレイテストブーンズ(偉大なる恩恵)を生み出しつつ、異世界の7つの秘密を解き明かしながらほのぼの旅をする物語。  異世界に飛ばされて、小学生の年齢まで退行してしまった幼なじみの銀河と美怜。とつじょ不思議な力に目覚め、Greatest Boons(グレイテストブーンズ:偉大なる恩恵)をもたらす新しい生き物たちBoons(ブーンズ)を生みだし、規格外のインベントリ&ものづくりスキルを使いこなす! ユニークスキルのおかげでサバイバルもトラブルもなんのその! クリエイト系の2人が旅する、ほのぼの異世界珍道中。  便利な「しおり」機能、「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届いて便利です!

月からの招待状

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
児童書・童話
小学生の宙(そら)とルナのほっこりとしたお話。 🔴YouTubeや音声アプリなどに投稿する際には、次の点を守ってください。 ●ルナの正体が分かるような画像や説明はNG ●オチが分かってしまうような画像や説明はNG ●リスナーにも上記2点がNGだということを載せてください。 声劇用台本も別にございます。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

火星だよ修学旅行!

伊佐坂 風呂糸
児童書・童話
 火星まで修学旅行にきたスイちゃん。どうも皆とはぐれて、独りぼっちになったらしい。困っていると、三回だけ助けてもらえる謎のボタンを宇宙服の腕に発見する。  次々と迫り来るピンチ!  四人の心強い味方と仲良くなったスイちゃんは力を合わせ、数々の困難を乗り越えて、修学旅行のメインイベントであったオリンポス山の登頂を成功させる事はできるのでしょうか。  

【総集編】童話パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
⭐︎登録お願いします。童話パロディ短編集

おっとりドンの童歌

花田 一劫
児童書・童話
いつもおっとりしているドン(道明寺僚) が、通学途中で暴走車に引かれてしまった。 意識を失い気が付くと、この世では見たことのない奇妙な部屋の中。 「どこ。どこ。ここはどこ?」と自問していたら、こっちに雀が近づいて来た。 なんと、その雀は歌をうたい狂ったように踊って(跳ねて)いた。 「チュン。チュン。はあ~。らっせーら。らっせいら。らせらせ、らせーら。」と。 その雀が言うことには、ドンが死んだことを(津軽弁や古いギャグを交えて)伝えに来た者だという。 道明寺が下の世界を覗くと、テレビのドラマで観た昔話の風景のようだった。 その中には、自分と瓜二つのドン助や同級生の瓜二つのハナちゃん、ヤーミ、イート、ヨウカイ、カトッぺがいた。 みんながいる村では、ヌエという妖怪がいた。 ヌエとは、顔は鬼、身体は熊、虎の手や足をもち、何とシッポの先に大蛇の頭がついてあり、人を食べる恐ろしい妖怪のことだった。 ある時、ハナちゃんがヌエに攫われて、ドン助とヤーミでヌエを退治に行くことになるが、天界からドラマを観るように楽しんで鑑賞していた道明寺だったが、道明寺の体は消え、意識はドン助の体と同化していった。 ドン助とヤーミは、ハナちゃんを救出できたのか?恐ろしいヌエは退治できたのか?

菊池兄弟のいそがしい一年 ―妖怪退治、はじめました!―

阿々井 青和
児童書・童話
明日誕生日を迎える菊池和真(きくちかずま)は学校の帰り道に口さけ女に襲われた。 絶体絶命と思われたその時、颯兄こと兄の颯真(そうま)が助けに入り、どうにかピンチを乗り切った。 が、そこで知らされる菊池家の稼業の話。 しゃべるキツネのぬいぐるみに、妖怪を呼べる巻物、さらに都市伝説とバトルって何!? 本が好き以外は至って平凡な小学二年生の和真は、どんどん非現実な世界へと足を踏みこんで行くことになり……? これは小さな町を舞台に兄弟が繰り広げる、現代の妖怪退治の記録である。

処理中です...