【シーズン2完】おしゃれに変身！って聞いてたんですけど……これってコウモリ女ですよね？

シーズン2

第2話 ようこそ！ 生徒会室へ

「あー清々せいせいしたわ！　部下ぶかをコテンパンにされたんだもの。あれくらい、やらせてもらわなきゃ」
　姥山うばやまさんは歩あるきながら伸のびをした。　
　そうだ。昨日きのうの晩ばん、犬上いぬうえくんは姥山さんの部下の人ひとたちを足止あしどめしてくれてたんだ。
「部下の人たち――大丈夫だいじょうぶ？」
「ありがとう。ひどい目めに合あわせたのだけど、心配しんぱいしてくれるのね。平気へいき平気。あいつら体からだだけは丈夫じょうぶだもの」
　姥山さんが笑わらいながら言いったので、わたしはなんだかホッとした。

　校舎こうしゃの裏側うらがわに行いく途中とちゅう、姥山さんは、職員しょくいん室しつのドアの前まえで立たち止どまった。
「悪わるいけど、ちょっとここで待まっていてくれる？　出ださなきゃいけない書類しょるいがあるの」　
　ノックをして中なかへ入はいっていく。
　わたしは、ドアの前で待ちながらぼんやり考かんがえた。
　職員室なのだから、シュナイダー先生せんせいもいるのかもしれない。
　もっとこの学校がっこうのことを知しらなくちゃいけない。
　聞きけるのは――やはり先生しかないのかもしれない。
　そうやって、ぼんやり考えていた時ときだった。　

「やあ。こんにちは。お嬢じょうさん。キミ、編入生へんにゅうせいだね？」
　突然とつぜん、声こえがした。

　ゆっくりと丁寧ていねいな発音はつおん。甘あまく、それでいて心こころの底そこにさわるような声。
　ざらざらとした砂飴ざらめのような声だ。
　びっくりして振ふり返かえると、目の前に男子だんし生徒せいとが立っていた。
　ほとんど白しろと言ってもいい銀髪ぎんぱつ。赤あかい瞳ひとみ。肩かたには腕章わんしょう。
　制服せいふくのネクタイの色いろが違ちがう。上級生じょうきゅうせいだ。　
　その後うしろには同おなじ腕章をした生徒を何人なんにんも引ひき連つれている。

「ようこそ、お嬢さん。ようこそ！　鳳雛ほうすう学園がくえんへ！」
「ぇ、あ…………あの……」
　言葉ことばにつまる。
「僕ぼくたち風紀ふうき委員いいんなんだけど。ちょっと来きてもらってもいいかな？」
　口くちの片方かたほうのはしっこを吊つり上あげながら、その上級生は肩の腕章の『風紀』の文字もじをこっちに向むけた。
「ここじゃなんだからさ。そこの部屋へやでお話はなしさせてもらってもいいかな？」

　あっという間まもなく、わたしは取とり囲かこまれて、職員室の近ちかくの部屋に押おし込こめられてしまった。
　入る前にチラッと見みえたのは『生徒会せいとかい室』の文字。
　抵抗ていこうは、できなかった。
　騒さわぎを大おおきくして注目ちゅうもくを浴あびるのは、性格的せいかくてきにも立場たちば的てきにもムリだ。

「そこ、座すわりなよ」
　わたしは指定していされたソファに腰掛こしかけた。
「……ゎ、わたしになにか用ようですか？」
　編入生の新入しんにゅう生。そのわたしにいったい何なにの用があるっていうんだろう？
　――もし、祭礼さいれいやコウモリに関かんすることだったら。
　心臓しんぞうがドキドキする。

　姥山さんの話では、コウモリの正体しょうたいがわたしであることを知っているのは、姥山さん自身じしんとシュナイダー先生だけのはずだ
　バレているわけじゃない。そう思おもいたい。
「なあに。大したことじゃないよ。ちょっと気きになるんだよネ。キミの――前髪まえがみ」
　銀髪の風紀委員の右手みぎてがわたしに向かって伸びてきた。
「や、やめてくださいっ！」
　わたしは身みをそらせてその手てをかわした。
「 dammitちっ!　さわらせてくれたっていいじゃないか！」
　空くうを切きった手を引っ込めながら、風紀委員が歯はぎしりをした。

　――この人、怖こわい。
　わたしは無言むごんで返事へんじをした。

「ふうん。そういうつもりかい？」
　風紀委員は、見下みくだすような目でつぶやいた。

「何している！？」

　突然、入り口のドアが開ひらいた。
　その声は、変身へんしんしてたら〝風ふうに燃もえる緑みどりの草原そうげん〟に見えたはずだ。

（ぃ、犬上くん！？）

　明あかるい午後ごごの光ひかりを背景はいけいにした、見知みしった姿すがた。
　緊張きんちょうした気持きもちがゆるんでいく。

「カホ！　大丈夫！？」
　その後ろから姥山さんが駆かけ寄よってきた。

「ほう、これは珍めずらしい！　ケンケンじゃないか！　はじめてだね！　ようこそ生徒会へ」
　銀髪の風紀委員は、わざとらしい大きな身振みぶりで犬上くんに向かって声をかけた。
「ケンケン！？」
　犬上くんが眉間みけんにシワをよせる。
「そうさ、ケンケン！　犬いぬって字じはケンとも読よむんだろ？　だから、ケンケン。何もおかしくはないだろ？」
　風紀委員は顔かおと口元くちもとをかたむけて笑いかける。

「……あんた誰だれだ？」
　犬上くんが強つよい口調くちょうで言った。怒おこっている。本気ほんきで。

「これは失礼しつれいした。僕の名なはリチャード・ダスタードリー。リックって呼よんでもらってもいいよ。この学校の風紀委員長ちょうだ。僕は君きみを歓迎かんげいするよ。ケンケン！」

「ケンケンって呼ぶのをやめろ！　だいたいなんだって、コイツをこんなところに連れ込んでるんだよ！？」

「フン！　そうかい。目的もくてきはその娘コなのか？　いやね、そのお嬢さんの前髪。問題もんだいあるんじゃないのかなと思って。風紀的に」
「はあ？　何が問題あるってんだ！」
「だって、顔が見られないなんて、おかしいじゃないか！　表情ひょうじょうもわからない、それじゃ風紀が乱みだれるって言われても、しかたないんじゃないかな？」
「なんだよ、その理由りゆうは！　言いがかりじゃないか？」
「だって、ねえ……」
　風紀委員長は、とぼけたような顔で周まわりの風紀委員たちに視線しせんを送おくった。
　だけど、誰一人だれひとり返事はしない。
　
「こ、校則こうそくなら問題ないはずです！　ちゃんと調しらべてあります！」
　わたしは校則のページを開いた生徒手帳てちょうを風紀委員長にかかげてみせた。
　そう、わたしがこの学園を選えらんだのには、わけがあった。
　校則に前髪の決きまりがないのだ。

　生徒会室が静しずまり返る。
　ど、どうしよう……。
　無ない勇気ゆうきを振り絞しぼって抵抗したのだけど、次つぎの一手いっては考えていない。

「フ……ン。確たしかにそうだね。よく調べてある。感心かんしんしたよ、お嬢さん。わかった。正ただしい知識ちしきに免めんじて、今いまは引き下さがるよ」
　風紀委員長は一歩引き下がり、出口でぐちへの道みちをあけた。
「どうぞ、お通とおりください」
　ご丁寧な態度たいどで会釈えしゃくまでしている。
　もっとイジワルなことをしてくるかと思った。わたしはちょっとおどろいた。
「行こう、月澄つきすみ」
　犬上くんが歩き出し、わたしと姥山さんもそれに続つづいた。

「ごめんね、カホ。まさかあんなヤツに目をつけられるなんて」
　廊下ろうかを歩きながら、姥山さんが謝あやまってくれた。
「ううん。しっかりしなきゃいけなかったのは、わたしだもの」

「…………」
　犬上くんは無言で前を歩いている。
「犬上――くん、あなた、カホと一緒いっしょにお昼ひるを食たべてくれない？　あたしより適任てきにんでしょ？」
　ええええええ！？　ぃ、いきなりそんなことって！　姥山さん。
「お、オレはいいよ。教室きょうしつ帰かえる」
「あら、そう。残念ざんねん」
　姥山さんは心底しんそこ、残念そうに言った。

　――犬上くんを連れてきてくれたのは、姥山さんだ。

　犬上くんは鼻はながきく。見失みうしなったわたしを探さがすには、ぴったりだと思ったんだろう。
　それにしても。ケンケンって、ひどいあだ名だ。

　だけど、おかげで一ひとつわかった事ことがある。
　どうやら、この学校では犬上くんはすでに有名人ゆうめいじんであるらしいって。