【シーズン2完】おしゃれに変身！って聞いてたんですけど……これってコウモリ女ですよね？

シーズン1

第13話 どっちの料理でしょう？

　何なにが起おこったのかぜんぜんおぼえていない。
　とにかく気きがついたら、保健ほけん室しつのベッドに一人ひとり、横よこになっていた。
　まだ少すこし頭あたまがクラクラする。
　保険医ほけんいの先生せんせいにお礼れいを言いって、私わたしは教室きょうしつに向むかった。
　どれくらい気を失うしなっていたのだろう？
　入学にゅうがく式しきの後あとはホームクラスに分わかれてオリエンテーションがあったはずだ。
　でも、もう終おわっちゃったよね……。
　廊下ろうかは、しーん、としていてだれもいない。みんな帰かえってしまったんだろう。
　だけどこれは、わたしにはちょっとうれしい事ことだった。
　みんながそろっている教室に、後から一人で入はいるなんて勇気ゆうきはないもの。
　１―Ｂ　ここがわたしのクラスだ。教室のドアをおそるおそるノックする。　
「はい」
　中なかで声こえがして、ドアが開ひらいた。
　わたしはちょっとびっくりした。
　顔かおを出だしたのが、さっき大だい講堂こうどうへ案内あんないしてくれた先生だったからだ。
　もしかしてこの人ひとが担任たんにん？
　先生は、茶色ちゃいろの瞳ひとみを少しだけ丸まるくしたかと思おもうと、軽かるく微笑ほほえんでくれた。
「月澄つきすみ……さん？」
「はい」わたしは小ちいさく返事へんじをした。
「よかった！　具合ぐあいは――良よさそうですね？」
　先生はドアを大きく開いて、わたしを中へ案内してくれた。

　教室は予想よそう通どおり、みんな帰ってしまってがらん、としていた。
「どうぞ。そこです。あなたの席せきは」
　窓際まどぎわ。一番いちばん前まえの席に、教科書きょうかしょが積つまれている。先生がニコニコしているので、わたしは着席ちゃくせきした。
「目めは、大丈夫だいじょうぶですか？　黒板こくばんの字じとか」
「ぇ？　ぁ、あの……こ、これは」
　――前髪まえがみの事だ。わたしは答こたえに困こまってしまった。
「平気へいきですよ」
　突然とつぜん、後ろの方ほうから声がした。
「そいつ、小学校しょうがっこうでも、似にたような席に座すわってたし」
　驚おどろいてふり向くと、教室の反対はんたい側がわに誰だれかが座っていた。
　ぃ、犬上いぬうえくん！？　同おなじクラスだったんだ！
「わたしが、聞きいたのは、月澄さんに、ですよ。犬上くん」
　先生はていねいに言葉ことばをくぎりながら言った。
「答えに困っていそうだし、先さきに言っただけです」
「そうですか。ありがとう。さて、もうお昼ひるです。お帰りになられたらどうですか？　犬上くん」
　先生はニコニコしながらドアを指ゆびさした。
「もう少し、ここに座っていたいだけです。何か問題もんだいでもありますか？」
「いいえ」
　先生は相変あいかわらず笑わらっている。
　なんだろう……ものすごくヘンな雰囲気ふんいきだ。わたしの方が帰りたくなる。
「だ、大丈夫です！　黒板の字なら見みえます」
　これ以上いじょう、続つづけられたらたまったものじゃない。わたしはあわてて返事をした。
「そうですか」先生はやっとうなずいた。
「コホン。では、あらためまして。１年ねんＢ組ぐみ、担任のウーヴェ・シュナイダーです」
　担任を名乗なのったシュナイダー先生は、オリエンテーションを始はじめてくれた。
　犬上くんは後ろで、それをだまって聞いている。
　気になってしょうがない。

「さて、月澄さん」
　一通ひととおりの説明せつめいが終わると、先生は声の調子ちょうしをあらためた。
「聞けば昨日きのうは、大変たいへんな目にあわれたとか？」
　え！？　わたしはドキリとした。
「一時的いちじてきですが、家いえに帰れなくなった。大変な事だと思いますし、同情どうじょうします」
　大丈夫――家を追おい出された事だった。わたしは胸むねをなでおろした。
「もしよかったら、寄宿舎きしゅくしゃの申請しんせいをしませんか？　当校とうこうには遠方えんぽうから入学した生徒せいとのための寄宿舎があります。事情じじょうが事情ですし、申もうし出ればすぐにでも通るでしょう」
　思いもよらない提案ていあんだ。
　家に帰れないわたしにとって、とてもありがたい話はなしに思える。だけど――
「ちょっと待まった！　そいつ、これからウチに連つれて帰るから」
　わたしは思わず振ふり向いた。
　席では犬上くんがちょっとこわい顔をしている。
「は？　犬上くん、言ってる意味いみがわかりません」
「だから、そいつはウチから学校がっこうに通うって、言っているんです！」
「Hh《なんだって》？　どういう事ですか？」
「姉あねが知しり合あいなんです。そいつのお母かあさんと」
「ほう。月澄さん、本当ほんとうですか？」
「え、あの……その。本当……らしいです」
　今朝けさ、聞いたばかりの話だ。信しんじていいかも、まだわからない。
「では、もう決きめたのですか？」
「そ、それは……」
　わたしは返事に困ってしまった。
　そうだ。わたしはまだ、ちゃんと返事ができていない。
「ふむ。月澄さん、事情はわかりました。しかし、寄宿舎は学校の正当せいとうな制度せいどです。利用りようできる人なら、利用するべきですし、その価値かちもあります。ちゃんとした生活せいかつの場ばこそ、ちゃんとした勉学べんがくのためには必要ひつようです」
「それは聞き捨すてならないな、先生！　ウチだってちゃんとしているし、食事しょくじに限かぎって言えば、どんなレストランにも引ひけを取とらない、一流いちりゅうです。な、月澄？」
　犬上くんが割わって入った。
　たしかにあの美味おいしいごはんはすばらしいと思う。わたしは思わずうなずいてしまった。
「ほら！」
　勝かちほこったように犬上くんが声を上あげる。
「いや、待ってください。寄宿舎でもそろえているのは一流の料理人りょうりにんです。何より、世界せかい中から集あつめられていますから、メニューの多おおさではどうやっても勝てないでしょう。私が保証ほしょうします」
　先生も負まけてはいない、胸を張はってアピールする。
　なんなんだろう？　この綱引つなひきみたいなのは……。
　先生の言うように、寄宿舎なら何の心配しんぱいもいらないのかもしれない。
　だけど、やっぱりお母さんの事が気になってしまう。
　犬上くんのお姉さんに直接ちょくせつ会あって話が聞きたい。犬上くんの家ならその機会きかいがあるかもしれない。
　選えらべないよ！　一体いったいどうしたらいいの？　
　その時とき、校内こうない放送ほうそうのチャイムが鳴なった。
『シュナイダー先生！　電話でんわが入っております。至急しきゅう、職員しょくいん室までお戻もどりください』
「……報告ほうこくの時間じかんですか」先生がため息いきをついた。
　一瞬いっしゅん、視線しせんがこちらに飛とんだような気がしたのだけど、気のせいかな？
「月澄さん、今日きょうはこれで終わりです。〝できれば〟寄宿舎をおすすめします。また後ほど、返事を聞かせてください」
　先生は念ねんを押おすような口調くちょうで言ってから、教室を出て行いった。
　
「迷まよってるんだろ？　姉貴あねきは――来きて欲ほしがっているけど、選ぶんなら、自分じぶんの気持きもちで選んでいいんだぞ。月澄」
　帰りの支度したくをしているわたしに、犬上くんが声をかけてくれた。
「ぁ、ありがとう」返事をするのが精一杯せいいっぱい。
「とりあえず、今いまは帰ろうぜ！　月澄も帰るよな？　昼飯ひるめし、中華ちゅうかだって」
　犬上くんが、歯はを見せて笑う。
　その笑顔えがおにわたしはホッとして、うなずいた。
　窓まどからは鳳雛ほうすう学園がくえんの広ひろいキャンパスが見える。遠とおく海うみまで見渡みわたせる丘おかの上の学校。
　ここが毎日まいにち、わたしの場所ばしょになる。
　わたしは立たち上がった。　
　その時、校庭こうていの向こうの道路どうろに、見知みしった車くるまが停とまっているのが目に入った。
　赤あかいオープンカーだ。　
「ぁ、あの。犬上くん……」
「ん？」
「やっぱりわたし、一度いちど、家を見に行きたいんです」