【シーズン2完】おしゃれに変身！って聞いてたんですけど……これってコウモリ女ですよね？

シーズン1

第10話 ヵ、カレイでお願いしますっ！

　黒塗くろぬりの車くるまは橋はしを渡わたって商店街しょうてんがいを走はしっていた。
　わたしは今いま、犬上いぬかみくん家いえの車に乗のっている。
　前まえの列れつには、助手席じょしゅせきの犬上くんと、運転うんてんをしている黒くろいスーツの男おとこの人ひと。
　つまり、これは〝運転手うんてんしゅ付つきの車〟ということだ。
　ついてきてしまった……。
　元もと・クラスメイトがした突然とつぜんの話はなし。最初さいしょは断ことわろうとした。だけど――
『腹はらが減へったら、決きめるものも決められない。だから、ウチで朝あさメシめしを食くってけよ！』
　わたしはうなずくしかなかった。

　犬上くん――元・同おなじクラスの人。明あかるい人グループの中心ちゅうしん人物じんぶつ。

　そう。
　わたしにとっては、たまたまクラスが一緒いっしょだった、というだけの人だ。
　それが今日きょうになって突然、『お姉ねえさんが、わたしのお母かあさんの友達ともだちだった人』に変かわった。
　――わたしのお母さんは、五年ねん前から行方不明ゆくえふめい。　もしかしたら、お母さんの事ことがわかるかもしれない。
　だから、わたしはこの車に乗った。それだけだ。
　だから、犬上くんは、あい変わらずたまたまクラスが一緒だった、というだけの人。

　ちがう。ウソだ、これは。
　車にゆられながら、わたしは手てをにぎりしめた。
　班はんわけの時ときも、学芸会がくしゅうはっぴょうかいの時も、すみっこで一人ひとり取とり残のこされたわたしの手を引ひっ張ぱってくれたのは、犬上くんだった。
　そう、最初から気きがついていた。
　クラスの中なかでただ一人、わたしをあだ名なで呼よんだことがない人。
『コウモリ女おんな』とは呼ばなかった人。それが犬上くんだ。

「もう着つくぞ」犬上くんが言いった。
　窓まどの外そとには長ながい白壁しらかべのお屋敷やしきが見みえている。
（こ、こんな大おおきな家が犬上くん家！？）　
　おどろいていると、車はその白壁の角かどを曲まがってすぐに停とまった。
「ここだ！」
　そこにはお屋敷の塀へいのすぐそばに建たっている小ちいさな家があった。
　どうやら、お屋敷は目的もくてき地ちではなかったみたいだ。わたしは、ホッとした。
　
「座すわれよ。遠慮えんりょしなくていいぞ」
　通とおされたのは小さな家のリビング。わたしは言われるままにソファーに腰こしかけた。
「朝食ちょうしょくは８時に、ここに運はこばせるから」
　犬上くんは壁かべの時計とけいを指差ゆびさした。あと１時間じかんほどだ。
「ゎ、わたし、何なにか手伝てつだいます！」
「いいよ、休やすんどけって。それまで、シャワーでも浴あびてろよ」
「え……？」
「今日、入学にゅうがく式しきだろ？　そんなドロドロの格好かっこうで行いくのか？　目立めだつぞ」
　え！？　わたしは目めを丸まるくした。
　なんで今日が、入学式だって知しっているの！？
「そこのクローゼット開あけてみろよ。姉貴あねきの鳳雛ほうすうの制服せいふくが入はいっている」
「お姉さんの！？」
　そういうことか……。わたしは納得なっとくした。
　今、わたしが着ているのは、鳳雛学園がくえんの制服だ。お姉さんの通っていた学校がっこうというのなら、入学式がいつなのか知っていてもおかしくない。
「貸かしてもらってもいいの？」
「困こまっていたら何でもしてやれ、って話だ。使つかえよ。せっかくの入学式だ、その格好で行くこと考かんがえたら、ずっとマシだろ？」
　　　　＊　　　　　　＊
　わたしがお礼れいを言うと、犬上くんは、玄関げんかんとは反対はんたい側がわのドアを開けて、どこかへ行ってしまった。
　どうしてこんなに面倒めんどうをみてくれるんだろう？
　犬上くんにとってわたしは、ただの元・クラスメイトでしかないのに……。
　
　はー。
　一人、残のこされたわたしは、シャワーを浴びさせてもらった。
　温あたたかいお湯ゆに、だんだん体からだがほぐれていく。気持きもちもやっと落おち着いてきた。
　昨日きのうの出来事できごと――いまだに信しんじられない。あれは本当ほんとうにあった事なのかな？
　バスルームの鏡かがみには、いつものメカクレのわたしが映うつっている。
　だけど、体の中には、あの黒い花はなのつぼみが今もあるのが感かんじられる。
「ヘンなの……え！？　あ、あ、あ！　きゃっ！？」
　――失敗しっぱいだった。
　それがあまりに不思議ふしぎなので、ついうっかり、つぼみに〝開け〟と考えてしまった。
「どどどど、どうしよう？　変身へんしんしちゃった！」
　鏡にはすっかり変身してしまったわたしが映っている。大きな黒いリボンのような耳みみ、光ひかりを吸すい込こむなめらかな翼つばさ。どちらもしっかり、わたしの体につながっている。
　これはダメだ。特とくに大きなリボンのような耳、まるでコスプレだ。恥はずかしくてしようがない！　一気いっきに顔かおが赤あかくなる。
　その時、突然、バスルームに光が差さした。
「月澄つきすみ――――！！」
　〝草原そうげんを渡る風かぜ〟を思おもわせる緑色みどりいろがキラキラと輝かがやいている。
（ぃ、い、い犬上くん？？！！）
　わたしは出でそうになった悲鳴ひめいを両手りょうてで押おさえ込んだ。
「悪わるりぃ！　朝メシの焼やき魚ざかな！　アジか！　カレイか！　聞きいてこいだって！！」
　声こえがする度たび、〝風の緑みどり〟がバスルームの中を照てらしていく。
　それだけじゃない。その光がドアの向むこうの犬上くんをぼんやりと見せてくれるのだ。
「月澄？」
　向こうからは見えないはずだけど、まるで見られているように思えてしまう。
「っかしいな。いないのか？」
　へ、返事へんじしなきゃ。バレたら大変たいへんな事になってしまう。
「ヵ、カレイで！　お願ねがいしますっ！」
「わかった。カレイな！！」
　了解りょうかいしたと、犬上くんが部屋へやを出ていく音おとが〝見えた〟。
　た、助たすかった――！　まだ心臓しんぞうがドキドキしている。
　早はやく、変身を解とかなきゃ！
　ウリアルと名乗なのった青年せいねんに教おそわった通りにやってみる。
「──元に戻もどれ！」