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シーズン1

第3話 これって……ですよね?

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 リズムをきざ振動しんどうほおをなでるまだつめたいはる空気くうき
「──ん」
 心地ここちよい刺激しげきにわたしはました。ぼんやりした目にあかいランプがにじんでいる。
 みなとならんだキリン。おおきなクレーンのかりだ。
(ここは――どこ?)
 ひくいエンジンのおとがする。わたしはくるまシートにすわっていた。
 景色けしきがよくえるはずだ。車には屋根やねがない。オープンカーだ。かたむいた日差ひざしがまぶしいな……って、だれの車!?
きたか……。できればそのままといてくれたほうかったんだがな」
「え? え?」
 突然とつぜんこえに、わたしはびっくりした。目のまえ運転席うんてんせきには見覚みおぼえのあるつばきの帽子ぼうし
「さっきの配達はいたつの?」
便利べんりだ」
 わたしの言葉ことばをそのひとがさえぎった。
「便利屋……さん?」
「そうだ。たのまれりゃ配達もするがな。本来ほんらいなんでもやる便利屋だ」
 じゃあ、わたしはなんだってその便利屋さんの車にってるのだ?
 ありったけの想像力そうぞうりょくはたらかせてから、わたしはがまえた。
っとくが、誘拐ゆうかいしたわけじゃねえぞ!」
 便利屋さんが文句もんくをいいながらハンドルをる。
「コルボのやつらに頼まれたんだ」
 そうだ。便利屋さんの言葉でおもした。
 契約書けいやくしょにサインをした途端とたんひかりがあふれ出て……。
(わたし、どうなっちゃったんだろう?)
 自分じぶん姿すがた確認かくにんする。明日あしたからかよ中学校ちゅうがっこう制服せいふくのままだ。
 身を起こして、オープンカーのミラーをのぞきむ。
「……なんだよ?」
「な、なんでもありません」
 あわててシートに身をしずめる。かがみうつっていたのは、いつも通りのメカクレのわたし。
 わってなかった。何も、まったく……って、ダメじゃん、これじゃ!
「お前さ、コルボでなんかやらかしたのか?」
 ぱたぱたしているわたしに、便利屋さんが声をけた。
 そうだった。自分の格好かっこう問題もんだいだけど、それよりいまは、どうしてここにいるのか、だ。
「ゎ、わたし、なんでこの車に乗ってるんですか!?」
「言ったよな。おれは便利屋だ。コルボの連中れんちゅうに頼まれたんだ」便利屋さんがつづける。
日没にちぼつから三十分間ふんかん横浜よこはまから出ないように、車でまわせ。何があっても、絶対ぜったいに車からろすな。いろんなことが起こるはずだが、無視むしして運転うんてんしろ。そのあとは、どこでもきなところで降ろしてやれ、だとさ。意味いみがわからん」
 便利屋さんが、チラリとわたしを見たけど、わたしにも意味はわからない。
「ま、どうなろうとったこっちゃない。寝てりゃ、そのまま高速道路こうそくどうろをグルグルするつもりだったが、起きちまったものはしょうがない。面倒めんどうことはおことわりだ。お前、ウチどこだ?」
「ぃ、いえですか?」
おくってやる。それで、わりだ」
 
    *      *

 赤いオープンカーは、坂道さかみち途中とちゅう停車ていしゃした。
「なんでだよ!? どこからも近寄ちかよれねえじゃねえか」
 便利屋さんが文句を言っている。みちなかには通行止つうこうどめの仮設かせつ標識ひょうしきっていた。もう三ヶ所かしょ目だ。
 わたしの家は、山手やまておかうえにある。
 だけど、そこにかう道はみんな通行止めになっていた。
ガスがすれです。安全あんぜん確保かくほできるまで立ちりができません』
 ふたつ目の標識のところにいたおまわりさんはそう言っていた。
仕方しかたねーな」便利屋さんは舌打したうちをすると車をバックさせた。
「ぁ、あの……わたし、ここでいいです」
「いいのか?」
「ここからだったら、ちかし道を通れば五ふんほどでかえれます」
「──そうかい」
 便利屋さんはたすかったと言わんばかりのかおをして、助手席じょしゅせきのシートを前にたおした。
「おらよ……」
「ありがとうございます」
 わたしは車を降りて、ぺこりとあたまげた。
 夕日ゆうひが便利屋さんの車をらしている。
「じゃあな。夕立ゆうだちぃつけなよ、コウモリみたいなねえちゃん」
 便利屋さんがぷらぷらとる。
 コウモリ――やっぱり、わたしにはそれがお似合にあいなのかもしれない。
 明日、入学にゅうがくしきが終わったら、もう一度いちどあのおみせこう。契約けいやくしたんだから、コーディネートはしてもらえるはず。それで写真しゃしんって送ればいい。
「さよなら、便利屋さん」
 わたしはすこしだけわらった顔でペコリと頭を下げた。
「お、おう……」
 便利屋さんが面食めんくらった顔で返事へんじをした。
「なんだかわかんねえけど、その……わるかったな。コウモリだ、なんて言って」
 気まずいのか帽子で顔をかくしている。
「いいんです。わたしはコウモリだから」
 そうだ、いくら外見がいけんをどうにかしたって、き方までは変えたくない。
 これまで通り、コウモリみたいに生きていこう。わたしは顔を上げた。
 夕日の最後さいごのかけらがビルの谷間たにまちていく。
「…………えっ!?」
 それを見届みとどけたわたしの目の前で、突然、何かがかがやきはじめた。
 ──春のかぜ
 ──車のエンジン
 ──わたしと便利屋さんの鼓動こどう
 音だ。音が光っている!?
「な、なに……これ?」
 すべての音がこだまし、万華鏡まんげきょうのようにキラキラと輝いている。
「おい? どうかしたのか!? って、うわっ!? なんだこれ!?」
 車からび出した便利屋さんがしりもちをついた。
 わたしのまわりの音と光が、誰もせ付けないかのようにうずをている。
 まぶしすぎて何も見えない。まるで金色きんいろやみだ。

 そして――その金色の闇の中心ちゅうしんに一りんはないた。
 それはくろい花。光の中にあってなお、全ての光をい込む黒い花。
 ……これって、もしかしてわたし? わたし自身じしん

 光のうずがれていく。のこった音がくるくるわたしの周りを回っている。
「なんなんだよ、これは!?」
 しりもちをついていた便利屋さんが声を上げた。
 そのとたん、便利屋さんの声が水色みずいろに輝いた。
 〝くもりぞらから降る雨粒あまつぶ〟を思わせる光が、わたしの目の前いっぱいにひろがっている。
「きゃ……っ!?」
 そのまぶしさにわたしは、びっくりして声を上げた。すると、今度こんどは自分の声が、〝金管きんかん楽器がっき真鍮しんちゅう《しんちゅう》〟のようないろに輝いた。
(なに……これ?)
 こんな不思議ふしぎ感覚かんかく、はじめてだ。頭がクラクラする。
 足元あしもともふらついて、思わず手をばしたそのときだった。
 バサっ! と、音を立てて何かが大きくひらめいた。
「な、な、なな、なに、これ?!」
 わたしのうでに、見慣みなれない『何か』がくっついていた。
 大きな黒い花びらのような『何か』。
「コウモリの……」
「「つばさ!?」」わたしと便利屋さんが同時どうじに声をあげた。
 ひらいたくちからすると、それは便利屋さんにも見えているんだろう。
「べ、便利屋……さん」
「な、なんだよ……」便利屋さんはしんじられない、という顔で返事をした。
「こ、これ……なんでしょう? ちょっと、さわってみてくれませんか?」
 わたしは、自分の腕にはえたコウモリの翼をさし出した。
「ええっ!? 俺がたしかめるのかよ!」
こわいんですか?」
「怖かねえよ! いや、そもそも、一番いちばん怖がってるのはお前だろ!?」
 バレてた。これがなんなのか確かめたい。でも、こんなの怖くてさわれないよ!
「いいから、触ってみてください!」
「ったく、なんで俺が……」
 便利屋さんが嫌々いやいや立ちあがる。
「いいか? 触るぞ」
「ど、どうぞ」
 わたしは覚悟かくごめた。だけど──
「う、ひゃあああっ………???????」
 突然、思いもよらないところがくすぐったくなって、変な声が出た。
 触られたのは、翼ではなく、みみだった。
「ど、ど、どこ触ってるんですかっ!?」
 わたしは触られた耳をさえながら、便利屋さんをにらみつけた。
「触ってみろって言ったのは、お前だろ!」
「触ってみてくださいって言ったのは、こっちです! 耳じゃありません!!」
 わたしは腕をぷらぷらと振りながら文句を言った。
「そんな気味悪きみわるいの触れるか!! 耳で勘弁かんべんしろ!」
 耳!? 言われた意味がわからない。
 だけど、確かにヘンだ。だって、わたしは自分の頭のてっぺんを押さえていたから。
「え……?」 思わず両手りょうてで確かめる。
「えええっ?」
 さわったものの意味がわかって、わたしはびっくりした。
 何か大きなリボンのようなものが頭の上にある!?
 しかも、それが自分の耳だと思えるのだ。
 あわてて、わたしは本来の耳の場所ばしょをさわってみた。
 だけど、そこはつるんとしていて、耳らしいものは何もなかった。
「耳が──変!?」
「なんだ、気が付いてなかったのかよ?」
 便利屋さんがあきれた顔をしている。
 おかしななことが起こっているのは腕だけじゃなかったんだ。
 わたしはもう一度、自分の腕を見た。そこには間違まちがいなく真っ黒な翼があった。
「べ、便利屋さん……」
「なんだよ? 今度は」
「わたし、いったいどう見えます?」
「どう、って……。コウモリ……姉ちゃん?」
 ――思ってた通りの回答かいとうだった。


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