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第百七十四話『私の諦め』

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 エリーは、自らに降りかかった運命を諦めている節がある。そこがあたしとは違う所で、だけど理解はできるところだ。あたしとエリーでは、肩に乗っかっている境遇の重さが違うんだ。

 エリーは自らの運命を振り払わない。ただ従う。与えられた役割を果たしに行く。だけど、そこに個人的な意味を見出そうとした。自分ではない誰かのために消費されて消えていく運命にある自らの戦いを、自分にとっても意味のあるものへと引き寄せられるように。

『……怒らせてしまったでしょうか』

 自分の部屋へと戻ったエリーは、マローネと会う時に着ているものよりもフリル多めの寝巻を身にまといながらふと呟く。エリーのやっていることが身勝手だなんて、そんなことは自分が一番よく分かっていた。

 エリーは、いずれ命を落とす身だ。他の人たちと比べて、短い寿命が決定づけられている身だ。だから誰かの思い出になんて残りたくなくて、誰かの心に傷なんて残したくなくて。……だけど命を投げ出せる理由にできるような大切な人を探したかった。……うん、あまりに自分勝手が過ぎる。

 マローネの記憶の中に、エリーはどんな形で残るのだろうか。美しい記憶――と言うわけでは、ないのだろう。きっと最後の最後でその思いでの意味は変わってしまったし、本当の意味で気に入らない存在になったのかもしれない。……けれど、それでもいいような気がしていた。一生傷としてマローネの記憶に残ってしまうよりは、ずっとずっとマシだと思えた。

 この考え方はあまりあたしにはないものだけど、だけど理解するまでにそう時間はかからなかった。……あたしが一番大好きな人の考え方と、どこか似ているような気がしたからだ。

 紡君の場合は、忘れられることを恐れていた。紡君の中にある思い出がその人の中からなくなって、その人の中で紡君と言う存在そのものが消えてしまう事を怖がっていた。……エリーは、きっとその逆だ。

 エリーは、マローネに覚えていられることを恐れている。自分が居なくなってからもずっと、更新されることのない記憶を覚えていられることが怖くて仕方がない。……それは、紡君が恐れるのとは真逆の不釣り合いだ。終わってしまう覚悟を持っていたはずなのに、その記憶がマローネの中で生き続けることが怖い、いや申し訳ないんだろう。

『私は、この上なく自分勝手です。……そんな私だからこそ、贄になるのにふさわしい』
 
 ずっとずっと生きてきた意味を探して、自分勝手にふらふらとしていたから。だからこそエリーが選ばれて、自分勝手を許されない境遇を与えられて。その中でもなお自分なりに勝手にやろうとして、そしてマローネと出会った。国のために死んでやるんじゃないのだと、自分にとって譲れない理由をこの手の中に掴み取るために。

『……ごめんなさい、マローネ』

 生きてきた中で唯一の友人と言っていいマローネに、エリーはぽつりと謝罪の言葉をこぼす。唯一の友人は、エリーの身勝手に一番傷つけられる人だから。……謝りたくても、もうその言葉を届けることは出来ないのだけれど――

『……そういう言葉は本人の前で言うべきものだって、ボクは思うんだけどな?』

『――え?』

 突然外から聞こえた言葉に、エリーの声は震える。この展開は何度も練習でやってきたけれど、あたしの心も震えている。……忘れることを諦めてくれない友人を前に、心臓が高く高く跳ねる。

 ここからが、きっと紡君の一番書きたかったところだ。一度紡いだ縁は簡単に切れないのだと、諦めなければ繋ぎ直せるのだと。……それが、どんな理不尽に割かれたものであろうとも。

『君だけの勝手に振り回されてたまるか。……ここからは、ボクが勝手をする番だ』

 そう断言するマローネは、その意志を全力で体現しているかのようだった。
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