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第百七十三話『あたしは見つめる』

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 自分が何者で何になっていくのか、きっとエリーは分かっていた。自分自身が行きつく結末は何があっても変わらないことを覚悟していた。……変えようとして抗っても変わる規模のものじゃないことを、理解してしまっていた。

 きっと、エリーはあたしよりずっと頭がいい。自分に何が起きてるのか、自分がどんな役割を背負っているのか。自分がわがままを言う事で何が起きてしまうのか、エリーは役目を果たすずっと前から分かっていた。

 それがいいことなのか悪いことなのか、あたしには分からない。頭が良ければ全部が丸く収まるってわけじゃないだろうし、かと言って何も分からないままでいるのが正しいわけでもないだろう。……ただ、エリーは少し悲しくなってしまうぐらいに頭が良かったというだけの話で。

 あたしに比べて、エリーが背負ってるものは大きすぎたってのもきっとある。ただ一人の問題で収められるあたしの問題と違って、エリーが背負っているのは舞台となっている国全体に関係することだ。一人のワガママが、結果的にたくさんの犠牲を生むことにだってなりかねない。

 もしあたしがそんな役割を背負ってしまったら、どうするのだろうか。……『助けて』と、手を伸ばすことが出来るのだろうか。

『……最後の最後まで、ふざけたことを言いやがって』

 一度舞台袖に引っ込んだあたしは、独り舞台に立つマローネを、犀奈を見つめる。犀奈が纏っているのは、あまりに素直な怒りだ。建前も何もない、心からの不快感だ。……それがエリーに対する思いやりから来ているものであることに、彼女は果たして気づいているんだろうか。

『世界の為とかこの国の為とか、分かったことばかり言って。自分の事なんて全く考えてねえ、自分の願いを一度も口にしたことがねえ。……『生まれた意味を知りたい』なんて大嘘だ、諦める理由を探して逃げ回ってるだけじゃないか』

 自分には生きた意味があった、だからここで終わっても仕方がないんだ。そう自分に言い聞かせて、エリーは自らを犠牲にする道を歩こうとしている。……少なくとも、マローネの眼にはそう映っているんだろう。

 誰かのためばかりで、自分の心を殺す。それが正しい時だってきっとあるだろうけど、マローネにとってそれは絶対に正しくないことだ。……彼女の目標は、エリーを何としてでも連れ戻すことにある。

『分かったような口を聞きやがって、アイツは頭のいい馬鹿だ、大馬鹿だ。……お前と生きていきたいって願う人間がいるってことを、何も理解しちゃいねえ』

 部隊の中心に立ち、マローネは強気に吠える。やりきれない思いを体全体に乗せて、強く強く宣言する。……たとえ自分自身が割り切って諦めていようとも、自分だけは諦めてやらないのだと。

 その姿を見て、ズクリとあたしの中で何かが疼く様な気がする。……マローネの姿に、なぜか紡君の姿がダブった。

 クリスマスの日に小説を見に行ってほしいと、そう願った紡君の表情。今までで見てきたどんな表情よりも勇ましく男らしかったその顔を、あたしは今でも覚えている。あたしが思っているよりもずっとずっと、紡君はあたしの問題を解決するために全力だった。

 その姿を、決意をまだエリーは知らない。知ってしまった時に、エリーはいったい何を思うのだろうか。喜ぶのか悲しむのか、それもまだ分からないままだ。……初めて他の人から『生きる』ことを望まれたエリーは、一体何を思うのか。

 それがこの舞台の山場であり、もっとも感情をぶつけ合わなくてはならないところだ。……犀奈が『台本通りでなくてもいい』と言ってくれたのは、きっとこの部分でもある。犀奈の想いに、あたしもまっすぐに返さなければいけないんだ。

『考えろ。……多分、制限時間はそう長くない』

 切羽詰まった様子で呟いて、犀奈は舞台袖へとはけていく。……それと入れ替わるように、あたしはゆっくりと舞台の中心へ歩いて行った。
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