千尋さんはラノベが読みたい――ラノベ作家という僕の秘密を知ったのは、『小説が読めない』クラスのアイドルでした――

紅葉 紅羽

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第百六十二話『僕とクラスメイト』

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 お祭り騒ぎの中心に立つというのは、ともすれば初めての経験だったかもしれない。

 いつも僕はクラスの隅にいて、ただ普通の一日として過ごせばいいって考えていた。それはきっと、思い出を作りたくなかったんだろう。忘れられない思い出は、一人で抱いても淋しくなるだけだと思っていたから。忘れられるのが怖いなら、最初から自分の記憶に残さなければいいと思っていたから。

――だから、最近の日々はなんだかすごく新鮮だ。

「照屋、ここいらの大道具はどう思う? もう少し色合い薄くするか?」

 絵筆を手に色塗りに励むクラスメイトが、こっちを向いて僕の名前を呼んでくる。いつも嫉妬と言うかそんなのを軽く飛び越えた感情を込めてこちらを射抜いてくる瞳が、今は意外なぐらいに柔らかく僕の方を見つめていた。

「うん、証明と合わせるともう少し淡くていいかも。もう少し水多めにしても良かったりするかな……?」

「んや、そのイメージなら絵の具を混ぜ合わせて色を変えた方がいいな。あんまり水を含めすぎても色ムラが出来て良くねえ」

 僕の答えを待ってから、色塗り班のうちの一人がパレットを片手にいくつかの絵の具を混ぜ合わせ始める。パレットや絵筆の使いこまれている感じを見るに、美術部所属だったりするんだろうか。

 こういう場面でもなければ、クラスメイトのそういう一面を知ることもなかっただろう。普段は見えないところなんてたくさんあるし、きっとこの人も僕に見せようと思ってやってるわけじゃない。……こういうお祭り騒ぎは、やっぱり人の知らない一面を浮き上がらせてくれるみたいだ。

「……うん、これぐらいならよさそうだ。照屋、想像してたのってこれぐらいの色だろ?」

「そうだね、ちょうどイメージしてたぐらいの色の濃さだ。……水の増減以外でも色の合わさって作り出せるんだ」

「そりゃそうだ、絵の世界だって奥が深いんだからな。使える画材全部を使って一番イメージに近いものを見つけ出すのが醍醐味なんだ」

 感嘆する僕に対して、クラスメイトは少し胸を張りながら答える。そのやり取りはまるで普通のクラスメイトのようで、それができているのがなんだか少し嬉しかった。

 きっとそれはお祭り騒ぎが生んでくれている一時の奇跡みたいなもので、それが終わればまたいつも通りの関係に戻るんだろう。だけど、それでも十分だ。……みんなと一緒に輪に入っていくことの楽しさを、今僕は十分に味わっている。

「……なあ、照屋。なんでお前は、あんなにすげえ脚本を書けることを黙ってたんだ?」

 そんなことをしみじみ思っていると、さっき色を作ってくれた子からそんな質問が飛んでくる。他の色塗り班も気になっていたのか、色を塗る手を止めて僕の方へと視線を送っていた。

「お前が一番知ってるかもしれねえけど、俺たちは皆千尋さんのことが好きだ。その度合いは人それぞれだけど、中には今でも横取りできるかもしれねえって思ってる奴もいる。……あいや、今はもう『いた』って言う方が正しいけどよ」

「いた? ……今もいるもんだと思ってたけど」

 千尋さんは人気だし、その隣に立つ僕はそれに比べたら全然目立つタイプじゃない。だからそれぐらいの評価を受けてても仕方ないと思っていたし、納得がいかない人だってそりゃいるだろう。それはまあ、覚悟している話だったのだけど。

「そりゃいなくなったよ、あんな脚本見せられたらな。……横取りしようとしてる奴らは、お前のことを『何のとりえもねえ奴だ』って思ってたからそんなことを言えたんだ」

「今はもうそうじゃねえからな。……お前は今、立派に千尋さんたちと並んで文化祭の中心だ」

 やり取りを聞いていた他の生徒もここで入ってきて、僕のことをそう評してくる。それはまるで……と言うか、僕に対する接し方がお祭りのせいじゃないことを完全に証明しているかのようで。

「……そうかな。何か皆に言ってる気がするけど、僕は二人の凄さに引っ張られてるだけで――」

「んなことねえよ、胸を張ってくれ。……お前が千尋さんの隣にいることを責める奴はもうどこにもいねえんだからな」

 僕の言葉を遮って、今までとげとげしかったクラスメイトがそんな言葉を贈ってくれる。それになんて言葉を返せばいいのかは分からないけど、とにかくそれが嬉しいことであるのは変わらなくて。

――お祭り騒ぎの後にも残るものは確かにあるんだななんて、そんなことを思った。
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