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第百五十六話『僕たちは撤収する』
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「うん、この準備期間にしては十分すぎるぐらいの出来なんじゃないかな。つむ君がどんどんエリーにのめり込んでいくのを見て、私もついついマローネに肩入れしすぎてしまったよ」
「いわゆる憑依型って奴かもね。……実を言うと、途中どうやって演じてたかよく覚えてなくて」
満足げなセイちゃんの言葉に、僕ははにかみながら頷く。正直に言うと最後のナレーションが入ってくるまでずっとぼうっとしているような感じだったのだけれど、無事にエリーを演じ切れただけで十分だろう。千尋さんが見せてくれたお手本が、僕を納得のいく演技にまで連れて行ってくれた。
「私は自分とキャラを切り離して考えるタイプだと思ってたんだけど、いざ声に出して演じるとなると話は変わってくるものだね……。新鮮な感覚というか、普通じゃ中々体験できないものを味わえたよ」
「あたしも見てて楽しかったよ! あたししかこれを見られないのが残念だなって思うぐらいには!」
僕たちの演技を収めたビデオカメラを抱えながら、千尋さんも満面の笑みを浮かべる。流石に演じながら千尋さんの反応をみられるほどの余裕はなかったけれど、その表情を見れば満足度の高さは推して知るべしというものだろう。
はっきり言ってしまうと、演じる側も悪くないなと思っている自分が確かにいる。本番も僕の役をどこかにねじ込もうと思えば行けなくもないけれど――まあ、クラスの皆からの視線もあるだろうしやめておくか。
「さて、後はこれを千尋さんが憶えてくるところだね。私も実際に見て確かめたいところがいくつかあるからさ、こっちにもデータにして送ってもらっていいかい?」
「もちろん、あたしたちみんなで作ったビデオだからね! どう、紡君もこれほしい?」
「…………うん、欲しいかな。最終的に僕の演技がどう見えるのか、外から確認してみたいから」
自分たちにとってはいい演技でも、外から見ると意外とそうじゃなかったりするかもしれないからね。この先演技をする機会があるかどうかは分からない――と言うか多分ないけれど、もらっておいて悪いことはきっとないだろう。
「ドレス姿のつむ君がもう見られないのだけは少し惜しいけど……もしかしてだけどさ、お願いしたらまた着てくれたりしない?」
「どうだろ……機会があれば、ってことで」
撤収の準備をしながらセイちゃんとそんなやり取りを交わしつつ、僕たちは体育館を後にする。このドレスを着る機会はもうないと思うけれど、でも何か縁のようなものを感じてしまっているから不思議なものだ。……もしかしたら、また僕がこの衣装を着て何かをすることもあるのかもしれない。
「まあ、それはきっと文化祭が終わってからの事だけどね。僕の大役も終わったことだし、後は二人の演技を少しでも良くするためのサポートに集中するよ」
「そうだね、ここからが本番って言っても過言じゃないぐらいだ。……さて千尋さん、エリーの役を覚えきるのにどれぐらいの時間がかかりそうかな?」
僕から視線を外し、セイちゃんは千尋さんに期待に満ちた視線を向ける。趣旨が逸れに逸れて二人の趣味がかなり反映されたものにはなっているけれど、本来の目的は千尋さんにエリーの役を覚えてもらうためのバトンみたいなものだ。プレッシャーをかけるような形にはなってしまうけれど、ここから千尋さんがどれだけ役を落とし込めるかどうかがこの映像の価値を決めると言っても過言ではないぐらいだ。
だけど、それに対しては心配ない。あの一瞬の演技を見ただけで千尋さんの演技が凄いことは確信できたし、それがこれから磨かれればもっと凄いことになるだろう。あと二週間の練習期間、それに今から二人のためにゼロから作り上げられる衣装があれば、きっと文化祭は伝説に残るものになるはずだ。
「うん、やってみせるよ。……だって、二人がここまで凄いものを作ってくれたんだから。あたしも負けてられないし、負けたくない。あたしも、犀奈に見劣りしないぐらいの主人公にならなくっちゃね」
体育館の扉に手をかけながら、千尋さんは俺たちに向けてそう宣言する。扉の向こうから見えてくる薄暗い学校の光景は見慣れないもので、だけど不思議と不気味さはなくて。
「二人とも、ありがとうね。……こんなにも演劇が楽しみなの、生まれて初めてだよ」
笑顔でそういう千尋さんの姿は、思わず目を細めたくなるぐらいに眩しく見えた。
「いわゆる憑依型って奴かもね。……実を言うと、途中どうやって演じてたかよく覚えてなくて」
満足げなセイちゃんの言葉に、僕ははにかみながら頷く。正直に言うと最後のナレーションが入ってくるまでずっとぼうっとしているような感じだったのだけれど、無事にエリーを演じ切れただけで十分だろう。千尋さんが見せてくれたお手本が、僕を納得のいく演技にまで連れて行ってくれた。
「私は自分とキャラを切り離して考えるタイプだと思ってたんだけど、いざ声に出して演じるとなると話は変わってくるものだね……。新鮮な感覚というか、普通じゃ中々体験できないものを味わえたよ」
「あたしも見てて楽しかったよ! あたししかこれを見られないのが残念だなって思うぐらいには!」
僕たちの演技を収めたビデオカメラを抱えながら、千尋さんも満面の笑みを浮かべる。流石に演じながら千尋さんの反応をみられるほどの余裕はなかったけれど、その表情を見れば満足度の高さは推して知るべしというものだろう。
はっきり言ってしまうと、演じる側も悪くないなと思っている自分が確かにいる。本番も僕の役をどこかにねじ込もうと思えば行けなくもないけれど――まあ、クラスの皆からの視線もあるだろうしやめておくか。
「さて、後はこれを千尋さんが憶えてくるところだね。私も実際に見て確かめたいところがいくつかあるからさ、こっちにもデータにして送ってもらっていいかい?」
「もちろん、あたしたちみんなで作ったビデオだからね! どう、紡君もこれほしい?」
「…………うん、欲しいかな。最終的に僕の演技がどう見えるのか、外から確認してみたいから」
自分たちにとってはいい演技でも、外から見ると意外とそうじゃなかったりするかもしれないからね。この先演技をする機会があるかどうかは分からない――と言うか多分ないけれど、もらっておいて悪いことはきっとないだろう。
「ドレス姿のつむ君がもう見られないのだけは少し惜しいけど……もしかしてだけどさ、お願いしたらまた着てくれたりしない?」
「どうだろ……機会があれば、ってことで」
撤収の準備をしながらセイちゃんとそんなやり取りを交わしつつ、僕たちは体育館を後にする。このドレスを着る機会はもうないと思うけれど、でも何か縁のようなものを感じてしまっているから不思議なものだ。……もしかしたら、また僕がこの衣装を着て何かをすることもあるのかもしれない。
「まあ、それはきっと文化祭が終わってからの事だけどね。僕の大役も終わったことだし、後は二人の演技を少しでも良くするためのサポートに集中するよ」
「そうだね、ここからが本番って言っても過言じゃないぐらいだ。……さて千尋さん、エリーの役を覚えきるのにどれぐらいの時間がかかりそうかな?」
僕から視線を外し、セイちゃんは千尋さんに期待に満ちた視線を向ける。趣旨が逸れに逸れて二人の趣味がかなり反映されたものにはなっているけれど、本来の目的は千尋さんにエリーの役を覚えてもらうためのバトンみたいなものだ。プレッシャーをかけるような形にはなってしまうけれど、ここから千尋さんがどれだけ役を落とし込めるかどうかがこの映像の価値を決めると言っても過言ではないぐらいだ。
だけど、それに対しては心配ない。あの一瞬の演技を見ただけで千尋さんの演技が凄いことは確信できたし、それがこれから磨かれればもっと凄いことになるだろう。あと二週間の練習期間、それに今から二人のためにゼロから作り上げられる衣装があれば、きっと文化祭は伝説に残るものになるはずだ。
「うん、やってみせるよ。……だって、二人がここまで凄いものを作ってくれたんだから。あたしも負けてられないし、負けたくない。あたしも、犀奈に見劣りしないぐらいの主人公にならなくっちゃね」
体育館の扉に手をかけながら、千尋さんは俺たちに向けてそう宣言する。扉の向こうから見えてくる薄暗い学校の光景は見慣れないもので、だけど不思議と不気味さはなくて。
「二人とも、ありがとうね。……こんなにも演劇が楽しみなの、生まれて初めてだよ」
笑顔でそういう千尋さんの姿は、思わず目を細めたくなるぐらいに眩しく見えた。
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