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第百四十五話『僕たちの演劇対策』

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「……さて、と。千尋さんの秘密が共有されたところで、問題なのはどうやってそれを克服するかだよね。この問題を誤魔化しながら文化祭を乗り切ることは不可能ってのは、千尋さんも何となく分かってるでしょ?」

「うん、それは間違いないかも。……そこまで追い込まれなきゃ、打ち明けようって気持ちにもなれなかったかもしれないんだけどね」

 千尋さんのカミングアウトから少しして、いつも通りの様子に戻ったセイちゃんが場を仕切る。議題はと言えば、当然千尋さんの弱点をどう克服して文化祭に臨むかと言う所にあった。

 いくら自分から打ち明けることに抵抗感がなくなってきたとはいえ、この秘密はそうむやみやたらに打ち明けられるものでもない。出来ることならこの三人だけにとどめておきたいし、そうなる以上は演劇からの変更も困難だ。……どうにかして、脚本が読めないままでも物語の概要を掴み、どう演じるかを千尋さんの中で固めてもらう必要がある。

 言語化するとやるべきことは単純な作業だけれど、実行するのは果てしなく大変だ。他の人たちは文字から得られる情報を、千尋さんは全く別の情報から掴んでいかないといけないのだから。。

「打ち明けてくれたのは嬉しいけれど、それで脚本が読めるようになるってわけじゃないもんね……あくまで問題は問題として残ったままで、それを私たち全員で会議できるようになったってのはとても大きい進歩だとは思うんだけど」

「うん、あたしもそう思う。……ここで満足してたら、演劇を完成させることは出来ないかな」

 セイちゃんが前提として出した状況に、千尋さんは大きく首を縦に振る。自分にとって重大な秘密を打ち明けるだけで相当頑張ったのに、まだまだ頑張るための気力は尽きていないようだ。

 本当だったら止めたい気持ちもなくはないけれど、それが千尋さんの気持ちを削いでしまっては本末転倒もいいところだ。……今は、千尋さんが自分の頑張りを発揮するための環境を考えるのが最優先だろう。

「文章がダメってなると、また別の媒体に頼って何とかしていくしかないよね……映像とか音楽とか、千尋さんが大丈夫そうなもので」

「あ、そのあたりなら大丈夫かも。あたしが読めないのって小説とか脚本とかの文章の比率が大きいもので、他の動きとかが混じれば物語もちゃんと見えてくるからさ」

 セイちゃんがぼそりとこぼした言葉に反応して、千尋さんは少し明るい声色でそう告げる。それにセイちゃんは軽く目を見開いた後、顎に軽く手を添えた。

「なるほど。……そうなると、劇そのものを直接見て覚えてもらうってのが一番手っ取り早くはある、んだけど」

「この脚本はオリジナルだからね……当然誰かが先に演じてるなんてこともないし、そもそも僕たち以外に知ってる人もいないよ」

 セイちゃんからの視線に応え、僕は首を横に振る。今ここにある脚本は、僕が本当にゼロから作り上げた一度限りの公演のためのものだ。お手本なんてないし、この先誰かがお手本となってこの演劇を講演していくこともない。僕が脚本を書くという事の裏の側面が、ここに来て僕たちの問題を大きく難化させつつあった。

「……だけど、結局のところ映像で覚えてもらうのが一番なんだよなあ……とりあえずセリフとか状況さえ分かれば、演技の仕方とかは後々折り合いがついて行くところもあるだろうし――」

 セイちゃんは視線を宙にさまよわせ、あれこれと口に出しながら現状に対する打開策を探して思考を回転させる。その視線はこの空間全体をふらふらと漂って、答えを求めて、なぜか僕の方へと行きついて。

「――うん?」

 何かに気づいたようにハッとした口調で、セイちゃんは僕の方をまっすぐに見つめる。……それが僕に何かを期待しているときと言うのは、何となくすぐに理解することが出来て。

「……ねえつむ君、役者側の立場に興味はあるかい?」

――そんな言葉が聞こえてくるのを、僕は半ば覚悟しながら受け止めていた。
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