146 / 185
第百四十五話『僕たちの演劇対策』
しおりを挟む
「……さて、と。千尋さんの秘密が共有されたところで、問題なのはどうやってそれを克服するかだよね。この問題を誤魔化しながら文化祭を乗り切ることは不可能ってのは、千尋さんも何となく分かってるでしょ?」
「うん、それは間違いないかも。……そこまで追い込まれなきゃ、打ち明けようって気持ちにもなれなかったかもしれないんだけどね」
千尋さんのカミングアウトから少しして、いつも通りの様子に戻ったセイちゃんが場を仕切る。議題はと言えば、当然千尋さんの弱点をどう克服して文化祭に臨むかと言う所にあった。
いくら自分から打ち明けることに抵抗感がなくなってきたとはいえ、この秘密はそうむやみやたらに打ち明けられるものでもない。出来ることならこの三人だけにとどめておきたいし、そうなる以上は演劇からの変更も困難だ。……どうにかして、脚本が読めないままでも物語の概要を掴み、どう演じるかを千尋さんの中で固めてもらう必要がある。
言語化するとやるべきことは単純な作業だけれど、実行するのは果てしなく大変だ。他の人たちは文字から得られる情報を、千尋さんは全く別の情報から掴んでいかないといけないのだから。。
「打ち明けてくれたのは嬉しいけれど、それで脚本が読めるようになるってわけじゃないもんね……あくまで問題は問題として残ったままで、それを私たち全員で会議できるようになったってのはとても大きい進歩だとは思うんだけど」
「うん、あたしもそう思う。……ここで満足してたら、演劇を完成させることは出来ないかな」
セイちゃんが前提として出した状況に、千尋さんは大きく首を縦に振る。自分にとって重大な秘密を打ち明けるだけで相当頑張ったのに、まだまだ頑張るための気力は尽きていないようだ。
本当だったら止めたい気持ちもなくはないけれど、それが千尋さんの気持ちを削いでしまっては本末転倒もいいところだ。……今は、千尋さんが自分の頑張りを発揮するための環境を考えるのが最優先だろう。
「文章がダメってなると、また別の媒体に頼って何とかしていくしかないよね……映像とか音楽とか、千尋さんが大丈夫そうなもので」
「あ、そのあたりなら大丈夫かも。あたしが読めないのって小説とか脚本とかの文章の比率が大きいもので、他の動きとかが混じれば物語もちゃんと見えてくるからさ」
セイちゃんがぼそりとこぼした言葉に反応して、千尋さんは少し明るい声色でそう告げる。それにセイちゃんは軽く目を見開いた後、顎に軽く手を添えた。
「なるほど。……そうなると、劇そのものを直接見て覚えてもらうってのが一番手っ取り早くはある、んだけど」
「この脚本はオリジナルだからね……当然誰かが先に演じてるなんてこともないし、そもそも僕たち以外に知ってる人もいないよ」
セイちゃんからの視線に応え、僕は首を横に振る。今ここにある脚本は、僕が本当にゼロから作り上げた一度限りの公演のためのものだ。お手本なんてないし、この先誰かがお手本となってこの演劇を講演していくこともない。僕が脚本を書くという事の裏の側面が、ここに来て僕たちの問題を大きく難化させつつあった。
「……だけど、結局のところ映像で覚えてもらうのが一番なんだよなあ……とりあえずセリフとか状況さえ分かれば、演技の仕方とかは後々折り合いがついて行くところもあるだろうし――」
セイちゃんは視線を宙にさまよわせ、あれこれと口に出しながら現状に対する打開策を探して思考を回転させる。その視線はこの空間全体をふらふらと漂って、答えを求めて、なぜか僕の方へと行きついて。
「――うん?」
何かに気づいたようにハッとした口調で、セイちゃんは僕の方をまっすぐに見つめる。……それが僕に何かを期待しているときと言うのは、何となくすぐに理解することが出来て。
「……ねえつむ君、役者側の立場に興味はあるかい?」
――そんな言葉が聞こえてくるのを、僕は半ば覚悟しながら受け止めていた。
「うん、それは間違いないかも。……そこまで追い込まれなきゃ、打ち明けようって気持ちにもなれなかったかもしれないんだけどね」
千尋さんのカミングアウトから少しして、いつも通りの様子に戻ったセイちゃんが場を仕切る。議題はと言えば、当然千尋さんの弱点をどう克服して文化祭に臨むかと言う所にあった。
いくら自分から打ち明けることに抵抗感がなくなってきたとはいえ、この秘密はそうむやみやたらに打ち明けられるものでもない。出来ることならこの三人だけにとどめておきたいし、そうなる以上は演劇からの変更も困難だ。……どうにかして、脚本が読めないままでも物語の概要を掴み、どう演じるかを千尋さんの中で固めてもらう必要がある。
言語化するとやるべきことは単純な作業だけれど、実行するのは果てしなく大変だ。他の人たちは文字から得られる情報を、千尋さんは全く別の情報から掴んでいかないといけないのだから。。
「打ち明けてくれたのは嬉しいけれど、それで脚本が読めるようになるってわけじゃないもんね……あくまで問題は問題として残ったままで、それを私たち全員で会議できるようになったってのはとても大きい進歩だとは思うんだけど」
「うん、あたしもそう思う。……ここで満足してたら、演劇を完成させることは出来ないかな」
セイちゃんが前提として出した状況に、千尋さんは大きく首を縦に振る。自分にとって重大な秘密を打ち明けるだけで相当頑張ったのに、まだまだ頑張るための気力は尽きていないようだ。
本当だったら止めたい気持ちもなくはないけれど、それが千尋さんの気持ちを削いでしまっては本末転倒もいいところだ。……今は、千尋さんが自分の頑張りを発揮するための環境を考えるのが最優先だろう。
「文章がダメってなると、また別の媒体に頼って何とかしていくしかないよね……映像とか音楽とか、千尋さんが大丈夫そうなもので」
「あ、そのあたりなら大丈夫かも。あたしが読めないのって小説とか脚本とかの文章の比率が大きいもので、他の動きとかが混じれば物語もちゃんと見えてくるからさ」
セイちゃんがぼそりとこぼした言葉に反応して、千尋さんは少し明るい声色でそう告げる。それにセイちゃんは軽く目を見開いた後、顎に軽く手を添えた。
「なるほど。……そうなると、劇そのものを直接見て覚えてもらうってのが一番手っ取り早くはある、んだけど」
「この脚本はオリジナルだからね……当然誰かが先に演じてるなんてこともないし、そもそも僕たち以外に知ってる人もいないよ」
セイちゃんからの視線に応え、僕は首を横に振る。今ここにある脚本は、僕が本当にゼロから作り上げた一度限りの公演のためのものだ。お手本なんてないし、この先誰かがお手本となってこの演劇を講演していくこともない。僕が脚本を書くという事の裏の側面が、ここに来て僕たちの問題を大きく難化させつつあった。
「……だけど、結局のところ映像で覚えてもらうのが一番なんだよなあ……とりあえずセリフとか状況さえ分かれば、演技の仕方とかは後々折り合いがついて行くところもあるだろうし――」
セイちゃんは視線を宙にさまよわせ、あれこれと口に出しながら現状に対する打開策を探して思考を回転させる。その視線はこの空間全体をふらふらと漂って、答えを求めて、なぜか僕の方へと行きついて。
「――うん?」
何かに気づいたようにハッとした口調で、セイちゃんは僕の方をまっすぐに見つめる。……それが僕に何かを期待しているときと言うのは、何となくすぐに理解することが出来て。
「……ねえつむ君、役者側の立場に興味はあるかい?」
――そんな言葉が聞こえてくるのを、僕は半ば覚悟しながら受け止めていた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~
メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」
俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。
学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。
その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。
少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。
……どうやら彼は鈍感なようです。
――――――――――――――――――――――――――――――
【作者より】
九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。
また、R15は保険です。
毎朝20時投稿!
【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ネットで出会った最強ゲーマーは人見知りなコミュ障で俺だけに懐いてくる美少女でした
黒足袋
青春
インターネット上で†吸血鬼†を自称する最強ゲーマー・ヴァンピィ。
日向太陽はそんなヴァンピィとネット越しに交流する日々を楽しみながら、いつかリアルで会ってみたいと思っていた。
ある日彼はヴァンピィの正体が引きこもり不登校のクラスメイトの少女・月詠夜宵だと知ることになる。
人気コンシューマーゲームである魔法人形(マドール)の実力者として君臨し、ネットの世界で称賛されていた夜宵だが、リアルでは友達もおらず初対面の相手とまともに喋れない人見知りのコミュ障だった。
そんな夜宵はネット上で仲の良かった太陽にだけは心を開き、外の世界へ一緒に出かけようという彼の誘いを受け、不器用ながら交流を始めていく。
太陽も世間知らずで危なっかしい夜宵を守りながら二人の距離は徐々に近づいていく。
青春インターネットラブコメ! ここに開幕!
※表紙イラストは佐倉ツバメ様(@sakura_tsubame)に描いていただきました。
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる