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第百四十四話『セイちゃんの答え』
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「……ん、と?」
千尋さんの言葉を聞いて、セイちゃんの表情が少し怪訝なものに変わる。まるでいきなり冗談を放り込まれたかのような、部屋を開けた先でクラッカーを鳴らされたかのような。……言ってしまえば、サプライズを受けた時のような。
「……物語が、読めない……。それは、どういう事なのかな?」
「話してる通りだよ。あたしは物語が読めない。読もうとすると文字がバラバラになって頭の中に入って来なくなっちゃう。……ちょっと昔、色々あったんだよね」
珍しく戸惑いを隠さないセイちゃんに対して、千尋さんは少しの苦笑いとともにそう返す。……『色々あって』と言えるようになるまでに途方もない時間がかかったことを、僕は確かに知っていた。
千尋さんが自分の過去をどう受け止めたのか、僕は千尋さんに聞かせてもらった。過去も含めて自分なんだと、今それを知ったところで大事なところは何も変わらないと。……そう言ってくれた千尋さんの表情は誇らしげで、どこかさっぱりとしているように思えた。
セイちゃんから見れば、その話はあまりにも突拍子もないものに映るだろう。『なんで今なんだ』とか『そんな話があるのか』とか、考えなきゃいけないことはたくさんあると思う。返す言葉もたくさんあると思う。……だけど、セイちゃんの口から出てくるのは千尋さんに寄り添うような言葉なんだろうなと、僕はどこかでそう信じてもいる。
セイちゃんと千尋さんは、最初こそどこか微妙な距離感を詰め切れずにいるようだった。だけど、それを乗り越えた――と言うか、どちらからともなくそれが消滅しての今って感じだ。だからこそ今なら千尋さんも明かせると、一歩を踏み出せると信じたんだ。
それを横で見てきたからこそ、この言葉がちゃんと受け止められることを祈らずにはいられない。この先に控える文化祭が、最高のものとなっていくためにも――
「……嘘を言ってる風には……見えないんだよなあ。千尋さん、それは本当の事なんだよね?」
「うん、ずっと言えなくてごめん。あたしが紡君と知り合ったのも、紡君ならあたしの問題に何か新しい変化をくれるんじゃないかなって、そう思ったからなんだ」
千尋さんがそう打ち明けると同時、千尋さんとセイちゃんから同時に確認の視線が飛んでくる。……それに、僕はただ首を縦に振った。
「手の込んだドッキリ……ってわけでも、ないだろうし……千尋さんはまだどうだろうって感じだけど、つむ君は嘘を吐くのがとてつもなく下手だからね。私を何かドッキリにかけたいんなら絶対につむ君は他の所に誘導しておくべきだし、そういう雰囲気じゃないのも間違いないし」
僕に対する評価を差し挟みつつ、セイちゃんは少しずつ現状を呑み込んでいく。現実主義と言うか、目の前で起きていることを尊重するセイちゃんらしい堅実なやり方だ。それを積み重ねていけば、最後にはこの言葉が真実でしかないという結論にたどり着いてくれるだろう。
「あたしね、ずっとこれを打ち明けるのが怖かったんだ。どうしてこうなってるのかもはっきりしてなかったし、それが良くないことに繋がったこともあったし。……だけどね、最近ちゃんとわかったの。読めない理由が何なのか、私は今ちゃんと知ってる。それに、あたしの事情を受け止めてくれてる人もいる。……だから、今なら大丈夫なんだ」
「……千尋さん」
胸に軽く手を当てながら、千尋さんはまっすぐにセイちゃんへそう宣言する。それを聞いたセイちゃんは軽く目を瞑り、何かを整理するかのように口を小さく開閉させる。……そして、次に目を開けたセイちゃんの眼には優しい光が宿っていて――
「……ここまで気持ちがこもってて、嘘だなんてことがあり得るわけがないね。……ありがとう千尋さん、ここで隠さず伝えてくれて。多分、とても度胸のいる告白だったでしょ?」
「……っ、うん。だけど、犀奈になら大丈夫だって思ってたよ?」
普段より柔らかく響くセイちゃんの声に、千尋さんは緊張した表情を笑みへと変えて笑う。一気に緩和した雰囲気の中で、千尋さんは心から安堵したような笑みを浮かべていた。
「千尋さんにそう思ってもらえるなら光栄だね。……あの時君が踏み込んできてくれて、本当によかった」
それに応えるようにセイちゃんも笑い、千尋さんと視線を交換する。それが合図となったかのように、二人はどちらからともなく握手を交わした。
千尋さんの言葉を聞いて、セイちゃんの表情が少し怪訝なものに変わる。まるでいきなり冗談を放り込まれたかのような、部屋を開けた先でクラッカーを鳴らされたかのような。……言ってしまえば、サプライズを受けた時のような。
「……物語が、読めない……。それは、どういう事なのかな?」
「話してる通りだよ。あたしは物語が読めない。読もうとすると文字がバラバラになって頭の中に入って来なくなっちゃう。……ちょっと昔、色々あったんだよね」
珍しく戸惑いを隠さないセイちゃんに対して、千尋さんは少しの苦笑いとともにそう返す。……『色々あって』と言えるようになるまでに途方もない時間がかかったことを、僕は確かに知っていた。
千尋さんが自分の過去をどう受け止めたのか、僕は千尋さんに聞かせてもらった。過去も含めて自分なんだと、今それを知ったところで大事なところは何も変わらないと。……そう言ってくれた千尋さんの表情は誇らしげで、どこかさっぱりとしているように思えた。
セイちゃんから見れば、その話はあまりにも突拍子もないものに映るだろう。『なんで今なんだ』とか『そんな話があるのか』とか、考えなきゃいけないことはたくさんあると思う。返す言葉もたくさんあると思う。……だけど、セイちゃんの口から出てくるのは千尋さんに寄り添うような言葉なんだろうなと、僕はどこかでそう信じてもいる。
セイちゃんと千尋さんは、最初こそどこか微妙な距離感を詰め切れずにいるようだった。だけど、それを乗り越えた――と言うか、どちらからともなくそれが消滅しての今って感じだ。だからこそ今なら千尋さんも明かせると、一歩を踏み出せると信じたんだ。
それを横で見てきたからこそ、この言葉がちゃんと受け止められることを祈らずにはいられない。この先に控える文化祭が、最高のものとなっていくためにも――
「……嘘を言ってる風には……見えないんだよなあ。千尋さん、それは本当の事なんだよね?」
「うん、ずっと言えなくてごめん。あたしが紡君と知り合ったのも、紡君ならあたしの問題に何か新しい変化をくれるんじゃないかなって、そう思ったからなんだ」
千尋さんがそう打ち明けると同時、千尋さんとセイちゃんから同時に確認の視線が飛んでくる。……それに、僕はただ首を縦に振った。
「手の込んだドッキリ……ってわけでも、ないだろうし……千尋さんはまだどうだろうって感じだけど、つむ君は嘘を吐くのがとてつもなく下手だからね。私を何かドッキリにかけたいんなら絶対につむ君は他の所に誘導しておくべきだし、そういう雰囲気じゃないのも間違いないし」
僕に対する評価を差し挟みつつ、セイちゃんは少しずつ現状を呑み込んでいく。現実主義と言うか、目の前で起きていることを尊重するセイちゃんらしい堅実なやり方だ。それを積み重ねていけば、最後にはこの言葉が真実でしかないという結論にたどり着いてくれるだろう。
「あたしね、ずっとこれを打ち明けるのが怖かったんだ。どうしてこうなってるのかもはっきりしてなかったし、それが良くないことに繋がったこともあったし。……だけどね、最近ちゃんとわかったの。読めない理由が何なのか、私は今ちゃんと知ってる。それに、あたしの事情を受け止めてくれてる人もいる。……だから、今なら大丈夫なんだ」
「……千尋さん」
胸に軽く手を当てながら、千尋さんはまっすぐにセイちゃんへそう宣言する。それを聞いたセイちゃんは軽く目を瞑り、何かを整理するかのように口を小さく開閉させる。……そして、次に目を開けたセイちゃんの眼には優しい光が宿っていて――
「……ここまで気持ちがこもってて、嘘だなんてことがあり得るわけがないね。……ありがとう千尋さん、ここで隠さず伝えてくれて。多分、とても度胸のいる告白だったでしょ?」
「……っ、うん。だけど、犀奈になら大丈夫だって思ってたよ?」
普段より柔らかく響くセイちゃんの声に、千尋さんは緊張した表情を笑みへと変えて笑う。一気に緩和した雰囲気の中で、千尋さんは心から安堵したような笑みを浮かべていた。
「千尋さんにそう思ってもらえるなら光栄だね。……あの時君が踏み込んできてくれて、本当によかった」
それに応えるようにセイちゃんも笑い、千尋さんと視線を交換する。それが合図となったかのように、二人はどちらからともなく握手を交わした。
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