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第百四十三話『僕は頷く』

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「……第一稿、思った以上に早かったね。そんなに筆が乗ったの?」

「まあね。文化祭がいいものになるかどうかは僕の脚本にかかってるみたいなところもあると思うとめっちゃ気合が入っちゃって」

 話が着いてから三日後に上がってきた第一稿を見て、セイちゃんは驚いたような表情を浮かべる。それに僕は胸を張りながら、誇らしげにそう返した。

 もちろん筆が乗ったもあるけれど、一番は千尋さんの決意を早めに遂げさせてあげたいという思いがあったからだ。千尋さんは大きな決断をして、僕はそれに協力するって決めた。それなら、出来る限りの全力で仕上げに行くのが僕のやるべきことだろう。

 本当だったら一日である程度仕上げたかったけれど、三日でもまあ上出来って所だ。個人的には結構ストーリーにも自信があるし、キャラの造形や着ることになる衣装にも僕なりのこだわりがちりばめてある。

 まあ、それにしたってこの一本だけで決まることはないだろうけどね。まだ二人からの意見が上がってきて、それで台本が少し変わって、そうして物語は完成へと近づいていく。前のクロスオーバーはセイちゃんと僕の二人で作り上げていたけれど、今回はそこに千尋さんも加わる形だ。

 だけど、僕は千尋さんにこの台本の詳細を伝えていない。――と言うか、『伝えないでいて』ってお願いをされていた。……先に伝えていたら、咄嗟に話を合わせてしまうかもしれないからだそうだ。

 千尋さんは、どうなったとしてもここで秘密を打ち明けるつもりだ。一度バラバラになって何も読めない台本を目の当たりにすることになるのだとしても、それでもちゃんと真実を伝えなければと自分に命じている。……カスミさんとの対話は、それだけ強い何かを千尋さんの中に残してくれたのだろう。

「なるほど、そういうストーリーか……。この大筋は変えないってことでいいんだよね?」

「うん、二人がいいって言ってくれるならね。多分これが二人の一番いい活かし方だと思うから」

 脚本の半ばぐらいのところで飛んできた質問に、僕ははっきりと首を縦に振る。二人が主役で演じることを考えて、ストーリーもキャラクターもかなり二人のことを思って作り上げてきたんだ。……それが役者を得て活き活きと動いているところを見たいと一番思っているのは、もしかしたら僕なのかもしれなかった。

 台本を手にしてパラパラとめくる事二十分、セイちゃんと千尋さんはほとんど同じぐらいに台本を読み終わる。そしてぱたりと閉じると、セイちゃんは僕の方を改めて見やった。

「うん、とってもいい台本だと思うよ。調整とか舞台的な見せ方に関してはいろいろと手を入れる必要があるかもだけれど、私はこの方針で行っていいと思う。だから、後は千尋さんがこれをどう思うかってところにかかってるわけだね」

 僕の脚本をそんな風に称賛しながら、セイちゃんは視線を千尋さんの方へと向ける。その瞬間少しだけ千尋さんの身が硬くなったのに気づいたのは、おそらく僕一人だけだった。

 当然だ、多分千尋さんには何にも情報が入ってきてないのだから。いくら過去を知ったとしてもそれはそれ、だからと言ってその状況を克服できるなら多分他の誰かがとっくに教えている。……千尋さんが小説を読めるようになるには、多分もう一つか二つは壁を超える必要があるんだ。

「あたし――あたしは、ね――」

 視線を宙にさまよわせながら、千尋さんは言葉を詰まらせる。そうやってあちこちを見やっているうちに、僕たちの視線が交錯した。

 その眼は最後の最後で躊躇っているようにも見えて、僕は思わず息を呑む。……だから、僕は出来る限りの思いを込めて首を大きく縦に振った。

 大丈夫だ、千尋さんならできる。一度決めたことをやりたいと思ったなら、千尋さんはそれを貫き通せる力を持ってる。どんな決断で在れ、千尋さんがそうしたいと思ったのならそれが間違いなく正解だ。

 そうやって何度も首を縦に振っていると、千尋さんもそれを真似るようにして一度首を縦に振る。――そして、改めてセイちゃんの方へと向き直った。

「……隠しててごめん、犀奈。……あたしね、小説とか脚本とか、そういう物語が読めないの。……小学生のころから、そういう体質なんだ」
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