上 下
144 / 185

第百四十三話『僕は頷く』

しおりを挟む
「……第一稿、思った以上に早かったね。そんなに筆が乗ったの?」

「まあね。文化祭がいいものになるかどうかは僕の脚本にかかってるみたいなところもあると思うとめっちゃ気合が入っちゃって」

 話が着いてから三日後に上がってきた第一稿を見て、セイちゃんは驚いたような表情を浮かべる。それに僕は胸を張りながら、誇らしげにそう返した。

 もちろん筆が乗ったもあるけれど、一番は千尋さんの決意を早めに遂げさせてあげたいという思いがあったからだ。千尋さんは大きな決断をして、僕はそれに協力するって決めた。それなら、出来る限りの全力で仕上げに行くのが僕のやるべきことだろう。

 本当だったら一日である程度仕上げたかったけれど、三日でもまあ上出来って所だ。個人的には結構ストーリーにも自信があるし、キャラの造形や着ることになる衣装にも僕なりのこだわりがちりばめてある。

 まあ、それにしたってこの一本だけで決まることはないだろうけどね。まだ二人からの意見が上がってきて、それで台本が少し変わって、そうして物語は完成へと近づいていく。前のクロスオーバーはセイちゃんと僕の二人で作り上げていたけれど、今回はそこに千尋さんも加わる形だ。

 だけど、僕は千尋さんにこの台本の詳細を伝えていない。――と言うか、『伝えないでいて』ってお願いをされていた。……先に伝えていたら、咄嗟に話を合わせてしまうかもしれないからだそうだ。

 千尋さんは、どうなったとしてもここで秘密を打ち明けるつもりだ。一度バラバラになって何も読めない台本を目の当たりにすることになるのだとしても、それでもちゃんと真実を伝えなければと自分に命じている。……カスミさんとの対話は、それだけ強い何かを千尋さんの中に残してくれたのだろう。

「なるほど、そういうストーリーか……。この大筋は変えないってことでいいんだよね?」

「うん、二人がいいって言ってくれるならね。多分これが二人の一番いい活かし方だと思うから」

 脚本の半ばぐらいのところで飛んできた質問に、僕ははっきりと首を縦に振る。二人が主役で演じることを考えて、ストーリーもキャラクターもかなり二人のことを思って作り上げてきたんだ。……それが役者を得て活き活きと動いているところを見たいと一番思っているのは、もしかしたら僕なのかもしれなかった。

 台本を手にしてパラパラとめくる事二十分、セイちゃんと千尋さんはほとんど同じぐらいに台本を読み終わる。そしてぱたりと閉じると、セイちゃんは僕の方を改めて見やった。

「うん、とってもいい台本だと思うよ。調整とか舞台的な見せ方に関してはいろいろと手を入れる必要があるかもだけれど、私はこの方針で行っていいと思う。だから、後は千尋さんがこれをどう思うかってところにかかってるわけだね」

 僕の脚本をそんな風に称賛しながら、セイちゃんは視線を千尋さんの方へと向ける。その瞬間少しだけ千尋さんの身が硬くなったのに気づいたのは、おそらく僕一人だけだった。

 当然だ、多分千尋さんには何にも情報が入ってきてないのだから。いくら過去を知ったとしてもそれはそれ、だからと言ってその状況を克服できるなら多分他の誰かがとっくに教えている。……千尋さんが小説を読めるようになるには、多分もう一つか二つは壁を超える必要があるんだ。

「あたし――あたしは、ね――」

 視線を宙にさまよわせながら、千尋さんは言葉を詰まらせる。そうやってあちこちを見やっているうちに、僕たちの視線が交錯した。

 その眼は最後の最後で躊躇っているようにも見えて、僕は思わず息を呑む。……だから、僕は出来る限りの思いを込めて首を大きく縦に振った。

 大丈夫だ、千尋さんならできる。一度決めたことをやりたいと思ったなら、千尋さんはそれを貫き通せる力を持ってる。どんな決断で在れ、千尋さんがそうしたいと思ったのならそれが間違いなく正解だ。

 そうやって何度も首を縦に振っていると、千尋さんもそれを真似るようにして一度首を縦に振る。――そして、改めてセイちゃんの方へと向き直った。

「……隠しててごめん、犀奈。……あたしね、小説とか脚本とか、そういう物語が読めないの。……小学生のころから、そういう体質なんだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~

メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」 俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。 学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。 その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。 少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。 ……どうやら彼は鈍感なようです。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 【作者より】 九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。 また、R15は保険です。 毎朝20時投稿! 【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ネットで出会った最強ゲーマーは人見知りなコミュ障で俺だけに懐いてくる美少女でした

黒足袋
青春
インターネット上で†吸血鬼†を自称する最強ゲーマー・ヴァンピィ。 日向太陽はそんなヴァンピィとネット越しに交流する日々を楽しみながら、いつかリアルで会ってみたいと思っていた。 ある日彼はヴァンピィの正体が引きこもり不登校のクラスメイトの少女・月詠夜宵だと知ることになる。 人気コンシューマーゲームである魔法人形(マドール)の実力者として君臨し、ネットの世界で称賛されていた夜宵だが、リアルでは友達もおらず初対面の相手とまともに喋れない人見知りのコミュ障だった。 そんな夜宵はネット上で仲の良かった太陽にだけは心を開き、外の世界へ一緒に出かけようという彼の誘いを受け、不器用ながら交流を始めていく。 太陽も世間知らずで危なっかしい夜宵を守りながら二人の距離は徐々に近づいていく。 青春インターネットラブコメ! ここに開幕! ※表紙イラストは佐倉ツバメ様(@sakura_tsubame)に描いていただきました。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

処理中です...