上 下
133 / 185

第百三十二話『あたしは続いていく』

しおりを挟む
 その言葉を聞いてお姉ちゃんが何を想ったのか、それはあたしには分からない。嬉しく思ってくれているのか、それとも都合のいい言葉だと受け取られたのか。……今までずっと目を背けてきた問題に今更直面しようとしているんだから、お姉ちゃんがそれをよく思わなくたって何も不思議じゃない。

 だけど、今こうやって前を向けるのは間違いなくお姉ちゃんたちがいてくれたからだ。受け止めようと思えるその時まで、過去を知らなくてもいいように守り続けてくれたからだ。……それだけは、絶対に間違いない。

「お姉ちゃん、お願い。……あたしが本当の意味であたしらしくいるためには、過去を知らないままでいるわけにはいかないの」

 人は変わる生き物だ。紡君と出会う前からそう思っていたし、変わってしまう事が怖いとさえ思っていた。……何が起きたのかは覚えていなかったとしても、お父さんとお母さんが仲違いしてしまったことだけははっきりと分かっていたから。……お互いに好き合っていたはずの関係でさえも壊れてしまうと思うと、怖くて仕方がなかった。

 どれだけ今のあたしが誰かを好きになっても、この先のどこかでそう思えなくなるように変わってしまうかもしれない。そうなった時、あたしはその人にどう接するのだろうか。……今までたくさん出会ってきた人たちと同じような接し方に戻るのか、それとももっとそっけない形になってしまうのか。

 ずっと分からなかったけれど、今のあたしにその心配はない。紡君への思いが悪い方向に変わる創造なんてできないし、万が一離れるようなことがあったとしてもそれでそれ以前に抱いた『好き』って気持ちが否定されるわけでもない。……たとえどう変わったとしても、変わる前のあたしと変わった後のあたしは繋がっているんだ。別人になるわけじゃ、ない。

 どれだけ変わっていったのだとしても、その変わる道筋の集まりこそがあたしだ。今までも今もこれからも、あたしはずっとあたしのままだ。……この先どうなろうと、あたしが急にふっといなくなっちゃうことなんてない。

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。たとえその過去が知りたくなかったものでも、それで今のあたしが変わるわけじゃない。……あたしは、あたしのまんまだから」

 隠し事を知ったって急に大人になれるわけじゃないし、お姉ちゃんの妹じゃなくなるわけでもない。あたしは前山千尋、今までずっと前山千尋として生きてきたんだ。……その中の欠けたピースが増えたところで、いいことはあれ悪いことなんて一つもあるもんか。

 押し黙るお姉ちゃんに対して、あたしはさらにそう付け加える。……それが決め手になったのかどうかは分からないけれど、しばらくしてからお姉ちゃんはゆっくりと口を開いた。

「……そっか。本当の本当に本気なんだな、千尋」

「本気だよ。本気じゃなかったらわざわざこんな風に聞きに来たりしないもん」

 紡君は今でもあたしのことを優等生だと思っている節があるけれど、本当のあたしは結構面倒くさがりだ。やりたくないことは出来るならやりたくないし、何もやることなくのんびりできるならそれが一番いい。夏休みの課題だって、紡君と一緒にやれなかったらモチベーションが湧いてくることはなかったと思う。

 だから、あたしが動くのはいつだって本気の時だ。あたしはこれがやりたいと思った、だからやる。それ以上の理由なんてないし、ご立派なことを語ることはあたしにはできない。

「そっか、そうなんだな……。大きくなったな、千尋も」

「そりゃもう高校生だもん。まだお姉ちゃんからしたら子供かもしれないけど、着々と大人には近づいてるんだよ?」

 今こうしてお姉ちゃんと向き合ってるときでだって、あたしは大人に向かって進んでいるんだと思う。ゆっくりとしているかもしれないけれど、確かに前に。……その隣には、きっと紡君がいてくれている。

 あたしが小説を読めるようになったら、紡君はどんな表情をしてくれるだろうか。『おめでとう』って、『よく頑張ったね』って褒めてくれるだろうか。……その未来を想像すると、少しだけ表情が緩んでしまう。

「あたしにとってそれがつらい過去だったんだとしても、あたしはそれを独りで受け止めなくちゃいけないわけじゃない。お姉ちゃんもいるし、紡君もいてくれる。……そうでしょ?」

「そうだな。……ああ、千尋の言うとおりだ」

 少しだけ泣きそうな声でお姉ちゃんは答え、こくこくと首を縦に振る。その眼の中にうつるあたしがお姉ちゃんからしてどう見えているのか、それはあたしには分からない。だけど、お姉ちゃんはやがて晴れやかな笑みをあたしに向けてくれた。

「お前が本気なのは分かった。……それじゃあ、今からあたしの知ってること全部を話すぞ。……大丈夫だとは思うけれど、覚悟して聞いてくれ」

「うん。……大丈夫だよ、どんな過去でもそれはあたしの物だから」

 お姉ちゃんの最後の注意に頷きを返して、あたしは一度目を瞑る。……五年以上も前、厳重に鍵をかけた記憶に触れる時間が、始まろうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

隣の家の幼馴染は学園一の美少女だが、ぼっちの僕が好きらしい

四乃森ゆいな
ライト文芸
『この感情は、幼馴染としての感情か。それとも……親友以上の感情だろうか──。』  孤独な読書家《凪宮晴斗》には、いわゆる『幼馴染』という者が存在する。それが、クラスは愚か学校中からも注目を集める才色兼備の美少女《一之瀬渚》である。  しかし、学校での直接的な接触は無く、あってもメッセージのやり取りのみ。せいぜい、誰もいなくなった教室で一緒に勉強するか読書をするぐらいだった。  ところが今年の春休み──晴斗は渚から……、 「──私、ハル君のことが好きなの!」と、告白をされてしまう。  この告白を機に、二人の関係性に変化が起き始めることとなる。  他愛のないメッセージのやり取り、部室でのお昼、放課後の教室。そして、お泊まり。今までにも送ってきた『いつもの日常』が、少しずつ〝特別〟なものへと変わっていく。  だが幼馴染からの僅かな関係の変化に、晴斗達は戸惑うばかり……。  更には過去のトラウマが引っかかり、相手には迷惑をかけまいと中々本音を言い出せず、悩みが生まれてしまい──。  親友以上恋人未満。  これはそんな曖昧な関係性の幼馴染たちが、本当の恋人となるまでの“一年間”を描く青春ラブコメである。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)

@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」 このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。 「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。 男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。 「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。 青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。 ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。 「カクヨム」さんが先行投稿になります。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...