千尋さんはラノベが読みたい――ラノベ作家という僕の秘密を知ったのは、『小説が読めない』クラスのアイドルでした――

紅葉 紅羽

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第百二十六話『僕の可能性』

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『イデアレス・バレット』を書き上げてからしばらく時間は経つけれど、それでも今自分が書いてる文章と遜色ないと思ってしまうぐらいには完成度が高い。これは僕がしばらく足踏みばかりをしていたことの証なのか、それとも『イデアレス・バレット』に関してのみ奇跡的な何かが働いていたからなのか。――後者だったらいいなと、僕はページをめくりながら思う。

 物語の攻勢としては別に大きなひねりがあるわけじゃなくて、目的も意義も、そしてそれに見合うだけの意志も持たないままで戦場に放り出された少年が苦悩しながら進んでいく、それだけが話の背骨だ。最強なんてこともなく特別な才覚があったわけでもなく、巻き込まれる度にボロボロになりながら少年は前に進んでいく。自分の命を懸けるに相応しい理想が、彼の目の前に現れるまで。

「……クロスオーバー、か」

 その主人公の道筋には、たくさんの人が居た。かつて殺し合った相手も、かつて憎んでいた相手も、かつては共存できると思っていた人の事も。それと対話したり衝突したり、時には一切の躊躇なく本気で殺し合ったり。いろんな価値観と触れ合うことは、主人公が一人の少年として羽化するためには絶対に外せない条件だった。

 今読み返してみても、その認識が揺らぐことはない。いろんな勢力について戦い、傷ついたすべてが少年を作るための過程で、それがあったからこその最終巻だと最初を読んでいても思うのだ。……つまり、全ては少年が選び取った物語と言うのが僕の思う『イデアレス・バレット』なわけで。

「……もしこいつが、千尋さんみたいな人に出会ってたら」

 明るくて周りが見えていて、だけど周りには自分の弱さを隠していて。その弱さと一緒に向き合えるようなタイミングが主人公に訪れていたら、一体どうなっていただろうか。……結末は、僕の予想だにしない方向へと変わっていくのだろうか。

 主人公はたくさんの人々と交流した結果、最終的に戦う事を選んだ。それが一番のやり方なのだと結論を出して、それ以外にないと信じて。……それがもたらした結末がいいのか悪いのかは、僕じゃなくて多分読者さんが決めることなんだろう。

 けれど、その節目節目にはたくさんのイフがあったのは事実だ。主人公の人生は様々に分岐して、あり得る可能性なら優に十や二十を超える。……その中に一つの可能性を見出すことが、『クロスオーバー』の持つ意義の一つなのかもしれない。

「……ん、あたしの事呼んだ?」

 そんなことを読みながら考えていると、つい口に出してしまっていたのか千尋さんが首をかしげながら僕に問いかけてくる。それを聞いて僕は顔を上げると、キョトンとした表情をしている千尋さんに笑みを返した。

「いや、主人公が千尋さんと出会ってたらどうなってたのかな、って。もしかしたら完結の形も、話し全体の長さももしかしたら違うのかなーって思ったらさ、クロスオーバーの心得みたいなのも何となくだけど分かってきた気がして」

 それが正史とかイフとか、多分そういう所に強く固執する必要はないのだろう。クロスオーバーが生み出すのは一つの可能性、有り得たかもしれないいつかの話だ。……それはきっと、僕たちの人生においても全く関係ない話じゃないんだろう。

「僕が今千尋さんと出会ってなかったら、僕はセイちゃんが帰ってきたのを全然違う形で受け止めてたと思う。だけど、千尋さんがいたから今はちょっと違う展開になってる。……そんな可能性の話をすればいいのかもしれないなって、千尋さんの事を考えてたら思ったんだ」

「可能性……か。それを言うなら、あたしもあのとき紡君のことを見つけてなかったら全然違ってたと思うからなあ。……犀奈さんのキャラと紡君の作ったキャラたちが出会っても、全然違う事になる可能性はあるの?」

「うん、可能性は無限大だよ。……ああ、だからクロスオーバーは面白いのかも」

 千尋さんと話をしていくたびに、僕の中でぼんやりとしていたクロスオーバーのあるべき形が何となく定まってくる。それは小説を作り上げる時とも少し違う、奇妙な感慨を伴うもので。

――僕はまだ小説の魅力の少ししか知らないんだろうななんて、そんなことを思った。
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