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第百二十四話『僕たちのクロスオーバー』
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「クロスオーバー……コラボみたいなものと、そう考えていいんですか?」
『ええ、まあ有り体に言えばそうなりますね。松伏さんのデビュー作と『イデアレス・バレット』の世界観に近しいものがあるので、赤糸先生の新しい活動としてファンの方に期待していただきながら、松伏先生の注目度も上げられる策として最適ではないかと考えまして』
まだ少し戸惑っている僕の質問に、氷室さんは丁寧に改めて説明をしてくれる。そう言われると確かに説得力のある言葉ではあったけど、僕には一つの懸念が残っていた。
「『イデアレス・バレット』のキャラクターたちって、どの時系列の時をピックアップすればいいんですかね。正直、その時々でキャラクターの心情とかが大きく変わると思うんですけど……」
僕が初めて書き上げた長編なこともあって、『イデアレス・バレット』は今でも強く印象に凝っている作品だ。理想もなんのために戦うのかも分からないまま戦場に立たされた主人公が、様々な出会いや別離、そして犠牲を通じて己の望む世界の在り方を見つけ出していく過程は、誇張抜きに主人公が作品の世界を生き抜いた証だと言ってもよかった。
途中からセイちゃんという柱を喪失した僕と共鳴していたこともあって、その心情や関わるキャラクターなどは巻をまたぐごとに大きく変わっているのだ。だからこそ、いつ頃の主人公たちとクロスオーバーさせるかと言うのは方向性を決めるにあたって大きな問題だ。
「そう、ですね……とりあえず松伏さんの作品を読んでいただいて、それから考えていただければと思っていたのですが。松伏さん、照屋さんに渡せる形でデータって持ってますか?」
「うん、パソコンさえあればすぐに送れるとは思うけど……私の作品が出るまでそう時間はないし、締め切りも結構きついんじゃないかい?」
セイちゃんがそう氷室さんに問いかけると、僅かに息を詰まらせるような気配が電話越しにでも伝わってくる。ここまで氷室さんが言葉を詰まらせるのは、僕とのやり取りの中では中々起こらないことだった。
「そう、ですね……。何しろ突然出てきた計画ですから猶予があまりないというのはこのプロジェクトの一つの問題点でして。だからこそ決定と言う形ではなく、あくまで提案と言う形で持ち込ませていただいているのですが――」
「……いや、やります。やらせてください、氷室さん」
少し言葉尻を濁した氷室さんに対して、僕は気が付けばそう声を上げていた。……隣に立つセイちゃんが驚いたような視線を向けていて、その宣言が意外なものだったのが伝わってくる。
「うまく行くかは分からないし、『イデアレス・バレット』のキャラたちを書くのも久しぶりだから同じように描写できるかも正直言えば不安です。……だけど、それでもやらせていただけませんか。こんなチャンス、逃したらもう二度とないと思うので」
セイちゃんと一緒に何か作品を作れるチャンスなんて、逃してしまったらそうそう回ってくるものでもないだろう。セイちゃんのデビューと僕の第二作、その二つが奇跡的に重なったから今巡ってきているわけで、そんな偶然が二度もあるとは思えない。……セイちゃんと何かを作れるチャンスを逃すなんて選択肢が、僕の中にあるはずもなかった。
「もちろん僕の方の原稿には影響も出しませんし、できる限りクオリティが高いものになるように目一杯期間を使って調整していこうと思います。――いいよね、セイちゃん?」
「……うん、君がいいなら私は別に問題ないけれど……本当に、いいのかい?」
「もちろん。セイちゃんのデビューをこういう形で盛り上げられるなら、それ以上に優先することなんて中々ないよ」
昔からずっと、セイちゃんには引っ張られてばかりだった。セイちゃんの背中から色々と学んで、セイちゃんがいたから今の僕がいると言ってもいいぐらいなんだ。……そんなセイちゃんと肩を並べて何かを作り上げられるなんて、ドッキリだと言われても信じられるぐらいに幸運なことだった。
「……なら、私としても止める理由はありませんね。お二人のクロスオーバーが双方にいい影響をもたらすものになるべく、担当編集として精一杯力を尽くしましょう」
僕の言葉が決め手となったのか、氷室さんはそう結んで通話を切る。……とんでもない始まり方を下二学期は、まだまだ落ち着くという言葉を知らない様だった。
『ええ、まあ有り体に言えばそうなりますね。松伏さんのデビュー作と『イデアレス・バレット』の世界観に近しいものがあるので、赤糸先生の新しい活動としてファンの方に期待していただきながら、松伏先生の注目度も上げられる策として最適ではないかと考えまして』
まだ少し戸惑っている僕の質問に、氷室さんは丁寧に改めて説明をしてくれる。そう言われると確かに説得力のある言葉ではあったけど、僕には一つの懸念が残っていた。
「『イデアレス・バレット』のキャラクターたちって、どの時系列の時をピックアップすればいいんですかね。正直、その時々でキャラクターの心情とかが大きく変わると思うんですけど……」
僕が初めて書き上げた長編なこともあって、『イデアレス・バレット』は今でも強く印象に凝っている作品だ。理想もなんのために戦うのかも分からないまま戦場に立たされた主人公が、様々な出会いや別離、そして犠牲を通じて己の望む世界の在り方を見つけ出していく過程は、誇張抜きに主人公が作品の世界を生き抜いた証だと言ってもよかった。
途中からセイちゃんという柱を喪失した僕と共鳴していたこともあって、その心情や関わるキャラクターなどは巻をまたぐごとに大きく変わっているのだ。だからこそ、いつ頃の主人公たちとクロスオーバーさせるかと言うのは方向性を決めるにあたって大きな問題だ。
「そう、ですね……とりあえず松伏さんの作品を読んでいただいて、それから考えていただければと思っていたのですが。松伏さん、照屋さんに渡せる形でデータって持ってますか?」
「うん、パソコンさえあればすぐに送れるとは思うけど……私の作品が出るまでそう時間はないし、締め切りも結構きついんじゃないかい?」
セイちゃんがそう氷室さんに問いかけると、僅かに息を詰まらせるような気配が電話越しにでも伝わってくる。ここまで氷室さんが言葉を詰まらせるのは、僕とのやり取りの中では中々起こらないことだった。
「そう、ですね……。何しろ突然出てきた計画ですから猶予があまりないというのはこのプロジェクトの一つの問題点でして。だからこそ決定と言う形ではなく、あくまで提案と言う形で持ち込ませていただいているのですが――」
「……いや、やります。やらせてください、氷室さん」
少し言葉尻を濁した氷室さんに対して、僕は気が付けばそう声を上げていた。……隣に立つセイちゃんが驚いたような視線を向けていて、その宣言が意外なものだったのが伝わってくる。
「うまく行くかは分からないし、『イデアレス・バレット』のキャラたちを書くのも久しぶりだから同じように描写できるかも正直言えば不安です。……だけど、それでもやらせていただけませんか。こんなチャンス、逃したらもう二度とないと思うので」
セイちゃんと一緒に何か作品を作れるチャンスなんて、逃してしまったらそうそう回ってくるものでもないだろう。セイちゃんのデビューと僕の第二作、その二つが奇跡的に重なったから今巡ってきているわけで、そんな偶然が二度もあるとは思えない。……セイちゃんと何かを作れるチャンスを逃すなんて選択肢が、僕の中にあるはずもなかった。
「もちろん僕の方の原稿には影響も出しませんし、できる限りクオリティが高いものになるように目一杯期間を使って調整していこうと思います。――いいよね、セイちゃん?」
「……うん、君がいいなら私は別に問題ないけれど……本当に、いいのかい?」
「もちろん。セイちゃんのデビューをこういう形で盛り上げられるなら、それ以上に優先することなんて中々ないよ」
昔からずっと、セイちゃんには引っ張られてばかりだった。セイちゃんの背中から色々と学んで、セイちゃんがいたから今の僕がいると言ってもいいぐらいなんだ。……そんなセイちゃんと肩を並べて何かを作り上げられるなんて、ドッキリだと言われても信じられるぐらいに幸運なことだった。
「……なら、私としても止める理由はありませんね。お二人のクロスオーバーが双方にいい影響をもたらすものになるべく、担当編集として精一杯力を尽くしましょう」
僕の言葉が決め手となったのか、氷室さんはそう結んで通話を切る。……とんでもない始まり方を下二学期は、まだまだ落ち着くという言葉を知らない様だった。
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