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第百二十一話『僕にとっての大切は』
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隣に立つセイちゃんの表情が一気に切り替わったのを、僕ははっきりと察する。千尋さんに向けていた敵意が一気に消え去って、逆に友好の感情が表に出始めていた。
「あたしも紡君のことが大好きで、犀奈さんも同じぐらい紡君のことが大好き。……なら、あたしたち二人の好きなところを共有したらもっと紡君のことを知れるんじゃないかなーって思ったんだけど……どうかな、犀奈さん?」
「うんいいね、すごくいい。あなたがそのために呼び出してくれたんだとしたら拍手喝采を送りたいぐらいだよ。はっきり言って群がるしかできないクラスメイト達と話すよりもよっぽど価値がある」
心配そうな千尋さんの言葉に食い気味な言葉を返し、民芸品かと思いたくなるぐらいの速度でセイちゃんは首を縦に振る。これだけノリノリなセイちゃんも久しぶりに見るなと思ってしまうぐらい、セイちゃんはものすごい速度で千尋さんとの距離を縮めていた。
セイちゃんと距離を縮めたい人はほかにもたくさんいるだろうけど、まさか僕についての話題でこんなにも距離が縮められると見抜けた人はほかに一人もいないだろう。クラスの皆からすれば僕の存在なんて忌むべきものだろうし、仮に話したとしてもいい印象が出てくるなんてことはない。……まあ、言ってしまえばその時点でセイちゃんに近づくのは不可能なのかもしれなかった。
「この前ね、紡君が教えてくれたの。犀奈さんは大切な人なんだって。色々と人間関係が変わったからと言って簡単に忘れられないって、忘れられない――って。その時の紡君、まるで子供みたいに泣いててさ。……犀奈さんの事が本当に大切なんだなって、そう思ったんだ」
「ちょっと千尋さん、それはちょっと恥ずかしい思い出なんだけど……‼」
体調を崩して弱っていたとはいえ、彼女の前で他の女性のことを思って泣いたなんて話は誇れるものでも何でもない。そこで言ったことに嘘はないけれど、こうして改めて明かされると恥ずかしい事この上なかった。
「いいじゃん紡君、こういうのはちゃんと言葉にしないと伝わらないんだよ? ……ほら」
頬が熱くなるのを自覚しながら抗議する僕に、千尋さんはセイちゃんの方を示して語目を瞑って見せる。……これ以上ないぐらいに、セイちゃんの表情が浮かれたものになっていた。
まずにやけている。めちゃくちゃにやけている。平静を装っているけどそんなものは一切の無駄で、いまのが嬉しかったのがバレバレだ。……ある一線を越えると、セイちゃんは一気に分かりやすくなるらしい。
「……彼女さんにそんなことを話すなんて、つむ君も浮気者になったねえ。でもそうなんだ、大切なんだ。……まだ私の事、大切って思ってくれてるんだね」
「そりゃそうだよ、セイちゃんのおかげで今の僕があるし。千尋さんが居たとしても、セイちゃんを大切に想いたいって気持ちはずっと残ってる。……その大切は、昔のと少し違うかもしれないけれど」
セイちゃんが僕に向ける『好き』がどんな意味を含んだものなのか、僕が色々と推測するのは野暮と言うものだ。だけど、それを僕に向けてくれている以上目を背けるのは失礼と言うものだ。……千尋さんが居なかったら、ちゃんと向き合うための決断もできなかったかもしれないけれど。
「いつか、セイちゃんの気持ちにちゃんと応えられないって時は来るかもしれないよ。……けれど、それでも僕は僕なりにセイちゃんのことを大切だって思い続けたい。セイちゃんの言う通り、僕はとんだ浮気者かもね」
千尋さんのことを大切に想っているのは当然だけど、それとほとんど同じぐらいにセイちゃんの事も大切に想いたい気持ちが僕の中にはある。たとえ形が違っても、たとえ向ける表情とか言葉が、関係性に付ける名前が変わっていくんだとしても、だからと言って『大切』が簡単に消えるわけがない。
そんな僕のワガママに、セイちゃんは困ったような笑みを浮かべて頭を掻く。そんな僕たちを見て、千尋さんはとても満足そうに首を縦に振っていた。
「うん、つむ君はとんでもない浮気者だ。こんなに可愛くて気立てのいい彼女さんがいるって言うのに、それに加えて私まで大切にしようって言うんだからね。……そんなことを言われたら、僕はおいそれと別の男に気移りできなくなってしまうよ?」
「……セイちゃんが気移りしたいってなったら、その時は止めないよ?」
「そんな悲しい顔で言わないでくれ、あくまでたとえ話だ。……たとえつむ君がどんな態度だったとしても、あの頃のつむ君から変わっていない以上僕はずっと引き付けられていただろうさ」
僕の目をまっすぐ見つめて、セイちゃんは笑う。それは中学生の時何度も目にしてきた、セイちゃんが一番生き生きしてるときの笑みで。……だけどやっぱり、それに対して抱く感情はその当時とは違うのだ。
「……だけど、浮気者に何の制裁もないというのはそれはそれで考え物だよね。……だから、私から一つつむ君に罰を与えたいと思うのだけれど――」
妙な感慨深さに浸っていると、セイちゃんはにやりと笑いながらそんなことを言ってくる。……その眼は、千尋さんの方にもちらりと向けられていて――
「今から私と千尋さんでガールズトークをするからさ、つむ君はそこで見ていておくれよ。……当然、口を挟むのは厳禁だからね?」
「……あ」
その提案が何を示しているのか、僕は一瞬にして理解する。……そもそも何のために二人が顔を合わせたのかと言えば、僕の事で語り合うためなわけで――
「それじゃあ、私とつむ君が知り合った時の事から話そうかな。あの時は雨が降ってて、皆焦りながら帰ってたんだけど――」
セイちゃんが切り出した出会いの話を、千尋さんは興味津々と言った様子で頷きながら聞いている。――それから大体数時間、僕は二人の話をただただ聞き続けていた。
「あたしも紡君のことが大好きで、犀奈さんも同じぐらい紡君のことが大好き。……なら、あたしたち二人の好きなところを共有したらもっと紡君のことを知れるんじゃないかなーって思ったんだけど……どうかな、犀奈さん?」
「うんいいね、すごくいい。あなたがそのために呼び出してくれたんだとしたら拍手喝采を送りたいぐらいだよ。はっきり言って群がるしかできないクラスメイト達と話すよりもよっぽど価値がある」
心配そうな千尋さんの言葉に食い気味な言葉を返し、民芸品かと思いたくなるぐらいの速度でセイちゃんは首を縦に振る。これだけノリノリなセイちゃんも久しぶりに見るなと思ってしまうぐらい、セイちゃんはものすごい速度で千尋さんとの距離を縮めていた。
セイちゃんと距離を縮めたい人はほかにもたくさんいるだろうけど、まさか僕についての話題でこんなにも距離が縮められると見抜けた人はほかに一人もいないだろう。クラスの皆からすれば僕の存在なんて忌むべきものだろうし、仮に話したとしてもいい印象が出てくるなんてことはない。……まあ、言ってしまえばその時点でセイちゃんに近づくのは不可能なのかもしれなかった。
「この前ね、紡君が教えてくれたの。犀奈さんは大切な人なんだって。色々と人間関係が変わったからと言って簡単に忘れられないって、忘れられない――って。その時の紡君、まるで子供みたいに泣いててさ。……犀奈さんの事が本当に大切なんだなって、そう思ったんだ」
「ちょっと千尋さん、それはちょっと恥ずかしい思い出なんだけど……‼」
体調を崩して弱っていたとはいえ、彼女の前で他の女性のことを思って泣いたなんて話は誇れるものでも何でもない。そこで言ったことに嘘はないけれど、こうして改めて明かされると恥ずかしい事この上なかった。
「いいじゃん紡君、こういうのはちゃんと言葉にしないと伝わらないんだよ? ……ほら」
頬が熱くなるのを自覚しながら抗議する僕に、千尋さんはセイちゃんの方を示して語目を瞑って見せる。……これ以上ないぐらいに、セイちゃんの表情が浮かれたものになっていた。
まずにやけている。めちゃくちゃにやけている。平静を装っているけどそんなものは一切の無駄で、いまのが嬉しかったのがバレバレだ。……ある一線を越えると、セイちゃんは一気に分かりやすくなるらしい。
「……彼女さんにそんなことを話すなんて、つむ君も浮気者になったねえ。でもそうなんだ、大切なんだ。……まだ私の事、大切って思ってくれてるんだね」
「そりゃそうだよ、セイちゃんのおかげで今の僕があるし。千尋さんが居たとしても、セイちゃんを大切に想いたいって気持ちはずっと残ってる。……その大切は、昔のと少し違うかもしれないけれど」
セイちゃんが僕に向ける『好き』がどんな意味を含んだものなのか、僕が色々と推測するのは野暮と言うものだ。だけど、それを僕に向けてくれている以上目を背けるのは失礼と言うものだ。……千尋さんが居なかったら、ちゃんと向き合うための決断もできなかったかもしれないけれど。
「いつか、セイちゃんの気持ちにちゃんと応えられないって時は来るかもしれないよ。……けれど、それでも僕は僕なりにセイちゃんのことを大切だって思い続けたい。セイちゃんの言う通り、僕はとんだ浮気者かもね」
千尋さんのことを大切に想っているのは当然だけど、それとほとんど同じぐらいにセイちゃんの事も大切に想いたい気持ちが僕の中にはある。たとえ形が違っても、たとえ向ける表情とか言葉が、関係性に付ける名前が変わっていくんだとしても、だからと言って『大切』が簡単に消えるわけがない。
そんな僕のワガママに、セイちゃんは困ったような笑みを浮かべて頭を掻く。そんな僕たちを見て、千尋さんはとても満足そうに首を縦に振っていた。
「うん、つむ君はとんでもない浮気者だ。こんなに可愛くて気立てのいい彼女さんがいるって言うのに、それに加えて私まで大切にしようって言うんだからね。……そんなことを言われたら、僕はおいそれと別の男に気移りできなくなってしまうよ?」
「……セイちゃんが気移りしたいってなったら、その時は止めないよ?」
「そんな悲しい顔で言わないでくれ、あくまでたとえ話だ。……たとえつむ君がどんな態度だったとしても、あの頃のつむ君から変わっていない以上僕はずっと引き付けられていただろうさ」
僕の目をまっすぐ見つめて、セイちゃんは笑う。それは中学生の時何度も目にしてきた、セイちゃんが一番生き生きしてるときの笑みで。……だけどやっぱり、それに対して抱く感情はその当時とは違うのだ。
「……だけど、浮気者に何の制裁もないというのはそれはそれで考え物だよね。……だから、私から一つつむ君に罰を与えたいと思うのだけれど――」
妙な感慨深さに浸っていると、セイちゃんはにやりと笑いながらそんなことを言ってくる。……その眼は、千尋さんの方にもちらりと向けられていて――
「今から私と千尋さんでガールズトークをするからさ、つむ君はそこで見ていておくれよ。……当然、口を挟むのは厳禁だからね?」
「……あ」
その提案が何を示しているのか、僕は一瞬にして理解する。……そもそも何のために二人が顔を合わせたのかと言えば、僕の事で語り合うためなわけで――
「それじゃあ、私とつむ君が知り合った時の事から話そうかな。あの時は雨が降ってて、皆焦りながら帰ってたんだけど――」
セイちゃんが切り出した出会いの話を、千尋さんは興味津々と言った様子で頷きながら聞いている。――それから大体数時間、僕は二人の話をただただ聞き続けていた。
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