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第百十話『僕とセイちゃん』

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「久しぶり。……その様子だと、私だってことにちゃんと気づいてくれてたみたいだね?」

「覚えててくれって頼んだ身だからね、僕が無責任に忘れることなんてできないよ。……まあ、今になってまた会うことになるとは思ってなかったけど」

 閉鎖された屋上に続く階段で、僕とセイちゃんは向き合って言葉を交わす。屋上で話せたらもっと青春映画のワンシーンみたいになるんだろうけど、この学校は屋上の施錠に熱心だった。

「てかねセイちゃん、仲良くしてくださいって言った傍から皆の質問はねつけちゃダメだよ。……その性と言うかなんというか、僕にとんでもない視線が飛んできてたし」

「はははっ、アレは間違いない殺意だったね。何、もしかしてつむ君とんでもないやらかしでもしたの?」

 三年前と同じようにくつくつと笑いながら、僕たちはちょっと前に教室であった一幕を振り返る。……端的に言えば、僕は半ば強引な形でセイちゃんの案内役を任されていた。

「『隣になった縁ですし』ってさ、普通は先生とかに決められてランダムに席が決まった時に言うものなんだよ。あとね、『つむ君』ってみんなの前で口にしかけるのは流石にやらかしすぎだって」

「いやね、君と会えたのが嬉しすぎてつい口を突いて出ちゃった。……まあ、いずれクラスの皆にも伝えるつもりだし別にいいでしょ」

 どこまでが計算でどこまでが素のやらかしなのか、それを一切悟らせずにセイちゃんは笑う。昔からずっと頭はよかったし、多分八割ぐらいは計算だとは思うんだけどさ。

「しっかし、つむ君は変わらないねえ。クラス分けまでは流石に運ゲーが過ぎたけど、教室の後ろに君の姿が見えた瞬間私は心の中でガッツポーズしちゃったよ」

「この学校やたらとクラスの数が多かったもんねえ……。いやまあ、同じ高校に入ってきたって時点で僕としては驚きを隠せないところなんだけど」

 セイちゃんに高校とか伝えてなかったよね――と。

 自分の記憶をひっくり返しながら、僕はセイちゃんに対する一番の疑問を投げかける。手紙のやり取りが途絶えたのは僕が中学三年生の時だったから、どこの高校に合格したかなんてのは当然伝えられるはずもなかった。

 だから、そこも含めてとんでもない偶然だと思っていたんだ。けれど、セイちゃん曰く運ゲーだったのはクラスだけらしい。……つまり、学校までは何とかしてあたりを付けていたという事だ。

「その手段がどんなのかによっては、セイちゃんに『ストーカー』ってあだ名をつけないといけないけど……そこのところ、何か弁明はある?」

「そんな小説みたいなトリックはないよ、ただつむ君と過ごした日々の記憶の中から分析してただけ。昔から私立の高校に行きたいって言ってたし、このあたりで一番いい環境の私立と言ったらここだからね」

「……もし僕がこの学校を受けて落ちてたとしたら?」

「おとなしくつむ君の家に突撃してたかなあ、クラスが違っててもそうするつもりだったし。手紙が送り返されなかった時点でまだあの住所が照屋家のものだってのは確定的だしね」

 相次ぐ質問にもひるむことなく、セイちゃんはすらすらと答えを並べていく。それはあまりにも論理的で、かつセイちゃんらしいやり方だった。

 昔からずっとそうだ。セイちゃんはずっと人とは違う視点で物を見ていて、それが多くの人の心を動かしていく。……その本質は、今でも変わっていないらしい。

「まあ、クラスまで一緒になった時点で私は確信したけどね。私とつむ君の再会は、運命にも後押しされるべきものだったんだ……なんて」

「クラスが違おうと学校が違おうと突撃しようとしてきたのに……?」

「その時は少し頑張らなきゃいけないことが増えるからね。苦難付きのシナリオを提示されたって思えばいいさ」

 それと同時に、日常を物語にたとえるどこかロマンチストな部分も変わっていないらしい。……セイちゃんは、僕と離れた後もずっとセイちゃんらしくあり続けたらしい。

 その姿を見られたことはとても嬉しい。嬉しいけれど、僕は早く伝えないといけないのだ。……セイちゃんに声をかけられた僕のことを、千尋さんが不安げな目で見ていたのを知っているから。今の僕のことを知ってもらわないと、しこりが生まれてしまいかねないから。

「……あのね、セイちゃん。セイちゃんは僕のことを変わらないって言ってくれたけど、一つだけ大きく変わった部分があるんだ。……それは、さっき僕が向けられてたとんでもない視線にも関わってる」

 話が一段落したところを見計らって、僕はおずおずと話題を切り出す。好奇心にあふれたセイちゃんの目が、僕をまっすぐに射抜いた。

「へえ、つむ君の変化か。……わざわざ自分から言い出すってことは、それだけ大きなことなんだね?」

「うん、自分でもびっくりするぐらいに大きかったよ。……だから、聞いてほしい」

 期待のこもったセイちゃんの目に視線を合わせて、僕は強く頷く。そして、いつもより深く、深く息を吸い込んで――

「――僕ね、彼女が出来たんだ」

――きっと初恋の人だったセイちゃんの前で、僕はそう口にした。
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