104 / 185
第百三話『僕はまた寝落ちした』
しおりを挟む
――柔らかくて温かくて、とても居心地がいい場所にいるような感覚がある。
まるで最初からその場所にいたかのような、その場所に自分以外が当てはまることは決してないと断言できるような、とても不思議な感覚。許されるならずっとここにいて、食事も何もせずにただ過ごしていたくなるような感覚。それに体重を預けていると、眠りから覚めなくてもいいのかもしれないなんて考えがふと頭をよぎってしまうぐらいに――
「……あ、起きた?」
「……あ、え?」
――前言撤回しよう、二度寝なんて絶対にしちゃダメだ。
いつのまにか寝ていたらしい僕が枕にしていたのが何かを知って、心臓がドクリとひときわ強く鼓動するような感覚がある。……どうやら僕は親に抱かれる子供のように、泣き疲れた挙句そのままの体制で眠りについてしまったようだった。
あれだけ先に寝ないようにと意識していたのにこの体たらく、どうやら僕は眠気に対して相当体制がないらしい。しかもそのままの勢いで千尋さんの腕の中を独占してしまっているのだから、これはもはや僕一人の問題ではない。
「千尋さん、もしかして夜の間ずっと……?」
「うん、紡君がすごく寂しそうにしてたから。あたしはどこにもいかないよって、寂しくなくなるまでずっと伝えてあげようと思って」
何とも歯切れの悪い問いかけを投げかけると、千尋さんは少し照れ臭そうにしながらもはっきりと答える。その温かさが僕を安眠に導いたのであろうことは、僕からすると明白だった。
不安だったのだ。あの日『あの子』に言えなかった言葉を投げかけることで、何か致命的な変化が生まれてしまうんじゃないかと。僕が千尋さんに対して抱えている思いは、高校生の恋愛に相応しくない重たいものを千尋さんに課してしまうのではないかと。
だけど、それは杞憂だった。千尋さんは僕の思いを受け止めてくれた。その証がきっと、あの抱擁だ。温かくて柔らかくて、ささくれ立った心が鎮まっていくようだった。
あの怖い夢も、千尋さんの腕の中で見ることはなかった。それどころか何の夢も見てないあたり、きっと全力の熟睡をかましたのだ。
「……ありがとね、千尋さん。きつかったら布団に戻してもよかったのに」
「ううん、あたしがやりたくてやったことだもん。あそこまでちゃんと言葉にして気持ちを伝えてくれたのに、あたしだけ何もしないなんて不公平だしね」
死線をさまよわせながらお礼を告げる僕に、千尋さんは笑いながら胸をトンと叩く。それによって示された場所は、間違いなくこの世で一番安眠できるところだった。
「あたしね、嬉しいんだよ。紡君が気持ちをぶつけてくれるのが、『好き』って全力で伝えてくれるのが嬉しい。……それを見たり聞いたりするたびに、紡君のことが好きになってく」
僕の方に少しだけ身を寄せながら、千尋さんは噛み締めるように言葉を重ねる。寝起きは決していい方ではないのに、もう意識はどんな時よりもはっきりと冴えわたっていた。
「紡君の寝顔を見てるときね、心がずっとポカポカしてたんだ。好きな人の緩み切ってる顔ってこんなに可愛いんだって、あたしの方まで顔が緩んじゃった」
「……もしかして、結構まじまじ見てた……?」
とっさに投げかけた質問に、千尋さんは笑顔で頷く。それで千尋さんが幸福感を感じてくれているならそれに越したことはないけれど、それはそれとしてやっぱり恥ずかしかった。
「それで、なんだけどさ。紡君、一つお願い事してもいい?」
頬が熱くなっているのを実感していると、千尋さんがおずおずと僕にそんなことを言ってくる。そんな風に頼まれてしまったら、僕がそれを断る理由なんて何もなかった。
「うん、僕にできることならなんでも。千尋さんの頼み、聞かせて?」
「ありがと。それじゃ遠慮なく――」
僕の肯定を聞くや否や、千尋さんは腕を大きく広げて僕の方へと迫る。それに反応するより早く千尋さんの手が僕の背中に回って、またしても僕の身体は千尋さんの方へ引き寄せられて――
「おはようのハグ、しよ?」
――甘えるような千尋さんの頼みごとを、僕は心地よい感覚に包まれながら耳にした。
まるで最初からその場所にいたかのような、その場所に自分以外が当てはまることは決してないと断言できるような、とても不思議な感覚。許されるならずっとここにいて、食事も何もせずにただ過ごしていたくなるような感覚。それに体重を預けていると、眠りから覚めなくてもいいのかもしれないなんて考えがふと頭をよぎってしまうぐらいに――
「……あ、起きた?」
「……あ、え?」
――前言撤回しよう、二度寝なんて絶対にしちゃダメだ。
いつのまにか寝ていたらしい僕が枕にしていたのが何かを知って、心臓がドクリとひときわ強く鼓動するような感覚がある。……どうやら僕は親に抱かれる子供のように、泣き疲れた挙句そのままの体制で眠りについてしまったようだった。
あれだけ先に寝ないようにと意識していたのにこの体たらく、どうやら僕は眠気に対して相当体制がないらしい。しかもそのままの勢いで千尋さんの腕の中を独占してしまっているのだから、これはもはや僕一人の問題ではない。
「千尋さん、もしかして夜の間ずっと……?」
「うん、紡君がすごく寂しそうにしてたから。あたしはどこにもいかないよって、寂しくなくなるまでずっと伝えてあげようと思って」
何とも歯切れの悪い問いかけを投げかけると、千尋さんは少し照れ臭そうにしながらもはっきりと答える。その温かさが僕を安眠に導いたのであろうことは、僕からすると明白だった。
不安だったのだ。あの日『あの子』に言えなかった言葉を投げかけることで、何か致命的な変化が生まれてしまうんじゃないかと。僕が千尋さんに対して抱えている思いは、高校生の恋愛に相応しくない重たいものを千尋さんに課してしまうのではないかと。
だけど、それは杞憂だった。千尋さんは僕の思いを受け止めてくれた。その証がきっと、あの抱擁だ。温かくて柔らかくて、ささくれ立った心が鎮まっていくようだった。
あの怖い夢も、千尋さんの腕の中で見ることはなかった。それどころか何の夢も見てないあたり、きっと全力の熟睡をかましたのだ。
「……ありがとね、千尋さん。きつかったら布団に戻してもよかったのに」
「ううん、あたしがやりたくてやったことだもん。あそこまでちゃんと言葉にして気持ちを伝えてくれたのに、あたしだけ何もしないなんて不公平だしね」
死線をさまよわせながらお礼を告げる僕に、千尋さんは笑いながら胸をトンと叩く。それによって示された場所は、間違いなくこの世で一番安眠できるところだった。
「あたしね、嬉しいんだよ。紡君が気持ちをぶつけてくれるのが、『好き』って全力で伝えてくれるのが嬉しい。……それを見たり聞いたりするたびに、紡君のことが好きになってく」
僕の方に少しだけ身を寄せながら、千尋さんは噛み締めるように言葉を重ねる。寝起きは決していい方ではないのに、もう意識はどんな時よりもはっきりと冴えわたっていた。
「紡君の寝顔を見てるときね、心がずっとポカポカしてたんだ。好きな人の緩み切ってる顔ってこんなに可愛いんだって、あたしの方まで顔が緩んじゃった」
「……もしかして、結構まじまじ見てた……?」
とっさに投げかけた質問に、千尋さんは笑顔で頷く。それで千尋さんが幸福感を感じてくれているならそれに越したことはないけれど、それはそれとしてやっぱり恥ずかしかった。
「それで、なんだけどさ。紡君、一つお願い事してもいい?」
頬が熱くなっているのを実感していると、千尋さんがおずおずと僕にそんなことを言ってくる。そんな風に頼まれてしまったら、僕がそれを断る理由なんて何もなかった。
「うん、僕にできることならなんでも。千尋さんの頼み、聞かせて?」
「ありがと。それじゃ遠慮なく――」
僕の肯定を聞くや否や、千尋さんは腕を大きく広げて僕の方へと迫る。それに反応するより早く千尋さんの手が僕の背中に回って、またしても僕の身体は千尋さんの方へ引き寄せられて――
「おはようのハグ、しよ?」
――甘えるような千尋さんの頼みごとを、僕は心地よい感覚に包まれながら耳にした。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~
メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」
俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。
学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。
その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。
少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。
……どうやら彼は鈍感なようです。
――――――――――――――――――――――――――――――
【作者より】
九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。
また、R15は保険です。
毎朝20時投稿!
【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ネットで出会った最強ゲーマーは人見知りなコミュ障で俺だけに懐いてくる美少女でした
黒足袋
青春
インターネット上で†吸血鬼†を自称する最強ゲーマー・ヴァンピィ。
日向太陽はそんなヴァンピィとネット越しに交流する日々を楽しみながら、いつかリアルで会ってみたいと思っていた。
ある日彼はヴァンピィの正体が引きこもり不登校のクラスメイトの少女・月詠夜宵だと知ることになる。
人気コンシューマーゲームである魔法人形(マドール)の実力者として君臨し、ネットの世界で称賛されていた夜宵だが、リアルでは友達もおらず初対面の相手とまともに喋れない人見知りのコミュ障だった。
そんな夜宵はネット上で仲の良かった太陽にだけは心を開き、外の世界へ一緒に出かけようという彼の誘いを受け、不器用ながら交流を始めていく。
太陽も世間知らずで危なっかしい夜宵を守りながら二人の距離は徐々に近づいていく。
青春インターネットラブコメ! ここに開幕!
※表紙イラストは佐倉ツバメ様(@sakura_tsubame)に描いていただきました。
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる