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第九十九話『僕たちは横並び』
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「ごめんね千尋さん、何から何まで手伝ってもらっちゃって」
「ううん、これもたくさん一緒に過ごすためだもん。もちろん紡君のためのお手伝いではあるけど、同時にあたしの為でもあるんだから」
千尋さんが用意しておいてくれたパジャマに袖を通して、僕は布団に寝転ぶ。風呂上がりで火照った体にひんやりとした毛布の感覚が心地よくて、さっきまで寝ていたはずなのにうっかりするともう意識を取り落としてしまいそうになった。
だけど、今度は寝落ちするわけにはいかない。僕とたくさん話すためなんて嬉しいことを言って、千尋さんは色々と準備を整えていてくれたんだから。
「……千尋さんももう布団に入る?」
「もちろん、もう夜も遅くになってきたしね。寝転ぶだけで体の疲れはずいぶん取れるっていうし、あたしもお布団の中でのんびりするよ」
ソファーに腰掛けていた千尋さんに軽く手招きすると、軽い足取りで千尋さんは少し離れたところにある布団に潜り込む。この部屋のセッティングをした人(おそらく新谷さんだろうけど)によって布団は最初ぴったりとくっつけられていたのだが、どちらともなく二つの布団の間には五十センチぐらいの隙間ができていた。
別に仲が悪いとかじゃなくて、そういうことをしようと言う段階にまだ僕たちの精神がいないだけだろう。そういうことをする段階になるよりも前に、僕たちは話しておかなくちゃいけないことが多すぎた。
僕が知っているのは今の千尋さんで、千尋さんが知っているのは今の僕だ。だけどそこに至るためにはいろんな過去があって、いろんな痛みとか喜びとかを経験してきている。いつか布団をぴったりくっつけて眠る日が来るのだとして、その段階に進めるのは過去も今も、そして未来も全部ひっくるめて抱きしめられるという揺るぎない自信が宿ってからのことになるのだろう。
僕にとっても千尋さんにとっても、過去の話というのは気分が乗るものじゃない。だけど、だからこそ僕たちはそれを自分の口で語らなくちゃいけないんだ。
揃って寝転んで、電気の消えた部屋の中には時計の病身の音だけが規則的に響いている。やけに大きく聞こえるそれを突き破って、話を始めたのは千尋さんだった。
「……あたしね、昔はよくお姉ちゃんとこうしてたんだ。二人で布団に寝転んで、天井を見ながら色々話をして。……お姉ちゃんもその時は静かにあたしの話を聞いてくれて、たくさん頷いてくれたのを覚えてるなあ」
過去を懐かしむように、千尋さんは優しい口調で呟く。それは僕に向けた話でありながら、自分へと送る独り言のようにも思えた」
「だけど、お姉ちゃんはあたしよりも早くに大人になっちゃって、ここにも来なくなっちゃって。いつからか一人でここに泊まるようになって、もうあんなふうにはできないのかなあって思ってたの。……だから、今紡君がいてくれるのがとっても嬉しいんだよ」
「……そうだったんだ。今のこの時間を千尋さんが心地よく思ってくれてるなら、僕も同じぐらい嬉しいよ」
千尋さんは、過去に思った以上に大きな寂しさを抱えている。大事な部分にぽっかりと穴が開いてしまったかのような、それを埋める者を今でも探しているかのような。……その穴ができた理由には、一人で悲壮な決意を固めてしまったカスミさんも関わっているのだろうけど。
僕を含めた皆が思っているより、千尋さんは大人になってなんかいない。むしろその中心にいるのは、寂しがりで甘えん坊な幼い少女だ。
「僕もさ、千尋さんとこうして一緒に居られてよかったなって思うよ。あっちに居ちゃ見られないような千尋さんの姿、たくさん見られたから」
亜子さんと戯れる姿とか、海で目をキラキラさせている姿とか、必死に汗をかきながら、でも楽しそうにかき氷器を回す姿とか。そのどれもがまるで魔法でもかかったかのように愛おしくて。
「僕は千尋さんが好きなんだなって、新しい千尋さんの姿を見る度に思うんだ。この人と一緒に大人になっていけることがこんなにも幸せな事なんだって、僕は今めちゃくちゃ噛み締めてるよ」
同い年だから、置いていくことも置いて行かれることもない。一緒に手を繋いで、同じ道を歩いて行ける。二人で大人になって、二人で穏やかな時を過ごしていける。……思い描いた未来は、とてもとても暖かいものだ。
「うん、そうだね。……ありがと紡君、お泊りの話はそうじゃなくっちゃ」
少し照れたようにお礼を言ってから、千尋さんはどこか楽しげに笑みを浮かべる。……その言葉が何を指しているかは、お泊りに疎い僕でも何となく想像がついて。
「……ねえ千尋さん、恋バナは中々カップルでするものでもないと思うんだけど?」
「そんなことはないよ、カップルでだって恋バナはできるんだから。……じゃあ、その証明も含めて色々とお話ししちゃおうかな?」
少し戸惑う僕に対して、千尋さんはにこにこと笑う。……その表情もとてもかわいくて、それだけでもうなんだかいいように思えてきてしまうから不思議でたまらなかった。
「ううん、これもたくさん一緒に過ごすためだもん。もちろん紡君のためのお手伝いではあるけど、同時にあたしの為でもあるんだから」
千尋さんが用意しておいてくれたパジャマに袖を通して、僕は布団に寝転ぶ。風呂上がりで火照った体にひんやりとした毛布の感覚が心地よくて、さっきまで寝ていたはずなのにうっかりするともう意識を取り落としてしまいそうになった。
だけど、今度は寝落ちするわけにはいかない。僕とたくさん話すためなんて嬉しいことを言って、千尋さんは色々と準備を整えていてくれたんだから。
「……千尋さんももう布団に入る?」
「もちろん、もう夜も遅くになってきたしね。寝転ぶだけで体の疲れはずいぶん取れるっていうし、あたしもお布団の中でのんびりするよ」
ソファーに腰掛けていた千尋さんに軽く手招きすると、軽い足取りで千尋さんは少し離れたところにある布団に潜り込む。この部屋のセッティングをした人(おそらく新谷さんだろうけど)によって布団は最初ぴったりとくっつけられていたのだが、どちらともなく二つの布団の間には五十センチぐらいの隙間ができていた。
別に仲が悪いとかじゃなくて、そういうことをしようと言う段階にまだ僕たちの精神がいないだけだろう。そういうことをする段階になるよりも前に、僕たちは話しておかなくちゃいけないことが多すぎた。
僕が知っているのは今の千尋さんで、千尋さんが知っているのは今の僕だ。だけどそこに至るためにはいろんな過去があって、いろんな痛みとか喜びとかを経験してきている。いつか布団をぴったりくっつけて眠る日が来るのだとして、その段階に進めるのは過去も今も、そして未来も全部ひっくるめて抱きしめられるという揺るぎない自信が宿ってからのことになるのだろう。
僕にとっても千尋さんにとっても、過去の話というのは気分が乗るものじゃない。だけど、だからこそ僕たちはそれを自分の口で語らなくちゃいけないんだ。
揃って寝転んで、電気の消えた部屋の中には時計の病身の音だけが規則的に響いている。やけに大きく聞こえるそれを突き破って、話を始めたのは千尋さんだった。
「……あたしね、昔はよくお姉ちゃんとこうしてたんだ。二人で布団に寝転んで、天井を見ながら色々話をして。……お姉ちゃんもその時は静かにあたしの話を聞いてくれて、たくさん頷いてくれたのを覚えてるなあ」
過去を懐かしむように、千尋さんは優しい口調で呟く。それは僕に向けた話でありながら、自分へと送る独り言のようにも思えた」
「だけど、お姉ちゃんはあたしよりも早くに大人になっちゃって、ここにも来なくなっちゃって。いつからか一人でここに泊まるようになって、もうあんなふうにはできないのかなあって思ってたの。……だから、今紡君がいてくれるのがとっても嬉しいんだよ」
「……そうだったんだ。今のこの時間を千尋さんが心地よく思ってくれてるなら、僕も同じぐらい嬉しいよ」
千尋さんは、過去に思った以上に大きな寂しさを抱えている。大事な部分にぽっかりと穴が開いてしまったかのような、それを埋める者を今でも探しているかのような。……その穴ができた理由には、一人で悲壮な決意を固めてしまったカスミさんも関わっているのだろうけど。
僕を含めた皆が思っているより、千尋さんは大人になってなんかいない。むしろその中心にいるのは、寂しがりで甘えん坊な幼い少女だ。
「僕もさ、千尋さんとこうして一緒に居られてよかったなって思うよ。あっちに居ちゃ見られないような千尋さんの姿、たくさん見られたから」
亜子さんと戯れる姿とか、海で目をキラキラさせている姿とか、必死に汗をかきながら、でも楽しそうにかき氷器を回す姿とか。そのどれもがまるで魔法でもかかったかのように愛おしくて。
「僕は千尋さんが好きなんだなって、新しい千尋さんの姿を見る度に思うんだ。この人と一緒に大人になっていけることがこんなにも幸せな事なんだって、僕は今めちゃくちゃ噛み締めてるよ」
同い年だから、置いていくことも置いて行かれることもない。一緒に手を繋いで、同じ道を歩いて行ける。二人で大人になって、二人で穏やかな時を過ごしていける。……思い描いた未来は、とてもとても暖かいものだ。
「うん、そうだね。……ありがと紡君、お泊りの話はそうじゃなくっちゃ」
少し照れたようにお礼を言ってから、千尋さんはどこか楽しげに笑みを浮かべる。……その言葉が何を指しているかは、お泊りに疎い僕でも何となく想像がついて。
「……ねえ千尋さん、恋バナは中々カップルでするものでもないと思うんだけど?」
「そんなことはないよ、カップルでだって恋バナはできるんだから。……じゃあ、その証明も含めて色々とお話ししちゃおうかな?」
少し戸惑う僕に対して、千尋さんはにこにこと笑う。……その表情もとてもかわいくて、それだけでもうなんだかいいように思えてきてしまうから不思議でたまらなかった。
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