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第九十五話『僕と焼きそばの味』
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「これでとりあえず一段落だ、気合入れて運んでくれ!」
「……は、はい……‼」
どれぐらい時間が経ったかも分からなくなるぐらいに夢中で駆けまわっていると、唐突にそう言って材料の山が差し出される。それを近くでフライパンを担当している人に回すと加熱されたものが出来て、それを次は盛り付けする人の下へと回すのが僕の既定路線だった。
その間にかき氷やら他のサイドメニューやらの材料を回すこともあったけど。基本的に一番動くことになったのは焼きそば周りのラインだ。そこだけをぐるぐると持つ物を変えながら回っていくのは、何となくだけど授業でやる十二分間走やシャトルランの類を連想させられた。
それらと違う所があるとすれば、達成感が定期的に訪れることで気力の補充が十分に行われているところだろうか。ぐるぐると回るところは一緒だけれど、その先には喜んでくれるお客さんがたくさんいるのだ。自分の記録のためだけに走る学校の奴とはモチベーションが違いすぎる。
そのありがたさを心底実感しながら、僕はカウンター近くに焼きそばの入ったパックをどさりと置く。そのまま惰性で最初の材料のところまで走りそうになったが、長い間材料を刻み続けた男の人の手は今や完全に止まっていた。
「……これで終わり、ですか……?」
やりきったと思うと同時に保留されていた疲れが一気に飛び出してきて、僕は息を荒くしながら問いかける。それに帰ってきたのは全力のサムズアップと、ねぎらいのこもった熱い笑顔だった。
「ああ、最高の働きっぷりだった! なんなら海の家が開いてる間ずっと手伝いをしてほしいぐらいにはな!」
「そうだね、積み重なると結構なタイムロスを減らせてたし。……どう、夏の間ここでアルバイトする気はない?」
フライパンの前に立っていた女性がそんな提案をすると、周囲からうんうんという頷きが返ってくる。……僕の必死の働きは、どうにかここにいる人たちから高評価をもらえたようだった。
ふとかき氷器の方に目をやれば、千尋さんも笑顔を浮かべて僕の方を見つめている。だけどその首は小さく横に振られているのが、僕としてはなんだか嬉しかった。
「……ごめんなさい、今日だけなので次は別の係の人を雇ってもらえると……」
「はははっ、流石に冗談だよ! 今後も働いてくれるんならそれ以上のことはねえけど、観光客に無理言って引き留めるつもりはないさ!」
頭を下げる僕に対しても温かい笑顔と声があちこちから返ってきて、僕の心の中に温かいものが浮かんでくる。これはボランティア的扱いだから給料が出たりすることはないけれど、その反応が得られただけで僕にとっては十分だった。
「千尋ちゃんもずーっとかき氷器回しっぱなしで疲れたでしょ。三人分のご飯は残しておいたから、亜子ちゃんも交えてゆっくりしておいで」
そんな風に思っていたのに、一人の女性からそんな提案がなされる。その提案に千尋さんの目はキラキラと輝いて、食器洗いの手伝いをしていた亜子さんも表情を緩めた。
「……いいんですか?」
「いいんだよ、むしろこれでも足りないぐらいさ。お給金を出せない分目一杯気持ち込めて作ってるから、どうぞ遠慮せずにおいしく食べておくれ」
少しためらいながら確認する僕に、厨房の皆はやっぱり笑顔で頷いてくれる。その温かさに心を打たれながら料理を受け取ると、その腕を千尋さんがぐっと抱きしめてきた。
「ほら行こ紡君、気持ちを受け取らないのはもったいないよ!」
そんな力強い言葉とともに手を引かれ、僕たちはカウンターから客席の方へと向かって行く。その間際に僕が頭を下げると、厨房の皆は頭を深々と下げ返してくれた。
海の家の客席はもうすっかり空いていて、休憩を終えた人たちはまた海や砂浜で元気いっぱいになって遊んでいる。そのほとんどが僕たちの手伝っていた海の家でお腹を満たしたのだと思うと、なんだか奇妙な感慨があった。
「……いい人だね、あそこの人たち」
「そうだよ、だからあたしも毎年手伝おうってなるんだもん。もちろん腕は疲れるけど、やってる途中は辛いなんてことも感じないし」
「普段はいろんなことをしてる人たちが夏だけ力を合わせて出すお店だからね、団結力で言ったら他のお店とは段違いだよ。……ほら、照屋君も食べてみて?」
先に料理に手を付けていた二人から進められて、僕も焼きそばの入ったパックを開ける。気分的にはまだご飯を頂いてから少ししかたっていないのに、僕のお腹は既に空腹を訴えていて。
「……おいしい」
焼きそばを口に運んだ瞬間、そんな言葉が口をついて自然に飛び出してくる。ソースの利いた麺もしゃきしゃきの野菜たちも噛み応えのあるお肉も、その全てが旨味を伴って口の中に広がっていた。
それはきっと焼きそば自体のおいしさもあるんだろうけど、きっとこの状況もスパイスとなって効いているんだろう。壮絶な手伝いを終えて食べる焼きそばは、今までに食べたどんな焼きそばよりも美味だと自信をもって断言することが出来た。
「……は、はい……‼」
どれぐらい時間が経ったかも分からなくなるぐらいに夢中で駆けまわっていると、唐突にそう言って材料の山が差し出される。それを近くでフライパンを担当している人に回すと加熱されたものが出来て、それを次は盛り付けする人の下へと回すのが僕の既定路線だった。
その間にかき氷やら他のサイドメニューやらの材料を回すこともあったけど。基本的に一番動くことになったのは焼きそば周りのラインだ。そこだけをぐるぐると持つ物を変えながら回っていくのは、何となくだけど授業でやる十二分間走やシャトルランの類を連想させられた。
それらと違う所があるとすれば、達成感が定期的に訪れることで気力の補充が十分に行われているところだろうか。ぐるぐると回るところは一緒だけれど、その先には喜んでくれるお客さんがたくさんいるのだ。自分の記録のためだけに走る学校の奴とはモチベーションが違いすぎる。
そのありがたさを心底実感しながら、僕はカウンター近くに焼きそばの入ったパックをどさりと置く。そのまま惰性で最初の材料のところまで走りそうになったが、長い間材料を刻み続けた男の人の手は今や完全に止まっていた。
「……これで終わり、ですか……?」
やりきったと思うと同時に保留されていた疲れが一気に飛び出してきて、僕は息を荒くしながら問いかける。それに帰ってきたのは全力のサムズアップと、ねぎらいのこもった熱い笑顔だった。
「ああ、最高の働きっぷりだった! なんなら海の家が開いてる間ずっと手伝いをしてほしいぐらいにはな!」
「そうだね、積み重なると結構なタイムロスを減らせてたし。……どう、夏の間ここでアルバイトする気はない?」
フライパンの前に立っていた女性がそんな提案をすると、周囲からうんうんという頷きが返ってくる。……僕の必死の働きは、どうにかここにいる人たちから高評価をもらえたようだった。
ふとかき氷器の方に目をやれば、千尋さんも笑顔を浮かべて僕の方を見つめている。だけどその首は小さく横に振られているのが、僕としてはなんだか嬉しかった。
「……ごめんなさい、今日だけなので次は別の係の人を雇ってもらえると……」
「はははっ、流石に冗談だよ! 今後も働いてくれるんならそれ以上のことはねえけど、観光客に無理言って引き留めるつもりはないさ!」
頭を下げる僕に対しても温かい笑顔と声があちこちから返ってきて、僕の心の中に温かいものが浮かんでくる。これはボランティア的扱いだから給料が出たりすることはないけれど、その反応が得られただけで僕にとっては十分だった。
「千尋ちゃんもずーっとかき氷器回しっぱなしで疲れたでしょ。三人分のご飯は残しておいたから、亜子ちゃんも交えてゆっくりしておいで」
そんな風に思っていたのに、一人の女性からそんな提案がなされる。その提案に千尋さんの目はキラキラと輝いて、食器洗いの手伝いをしていた亜子さんも表情を緩めた。
「……いいんですか?」
「いいんだよ、むしろこれでも足りないぐらいさ。お給金を出せない分目一杯気持ち込めて作ってるから、どうぞ遠慮せずにおいしく食べておくれ」
少しためらいながら確認する僕に、厨房の皆はやっぱり笑顔で頷いてくれる。その温かさに心を打たれながら料理を受け取ると、その腕を千尋さんがぐっと抱きしめてきた。
「ほら行こ紡君、気持ちを受け取らないのはもったいないよ!」
そんな力強い言葉とともに手を引かれ、僕たちはカウンターから客席の方へと向かって行く。その間際に僕が頭を下げると、厨房の皆は頭を深々と下げ返してくれた。
海の家の客席はもうすっかり空いていて、休憩を終えた人たちはまた海や砂浜で元気いっぱいになって遊んでいる。そのほとんどが僕たちの手伝っていた海の家でお腹を満たしたのだと思うと、なんだか奇妙な感慨があった。
「……いい人だね、あそこの人たち」
「そうだよ、だからあたしも毎年手伝おうってなるんだもん。もちろん腕は疲れるけど、やってる途中は辛いなんてことも感じないし」
「普段はいろんなことをしてる人たちが夏だけ力を合わせて出すお店だからね、団結力で言ったら他のお店とは段違いだよ。……ほら、照屋君も食べてみて?」
先に料理に手を付けていた二人から進められて、僕も焼きそばの入ったパックを開ける。気分的にはまだご飯を頂いてから少ししかたっていないのに、僕のお腹は既に空腹を訴えていて。
「……おいしい」
焼きそばを口に運んだ瞬間、そんな言葉が口をついて自然に飛び出してくる。ソースの利いた麺もしゃきしゃきの野菜たちも噛み応えのあるお肉も、その全てが旨味を伴って口の中に広がっていた。
それはきっと焼きそば自体のおいしさもあるんだろうけど、きっとこの状況もスパイスとなって効いているんだろう。壮絶な手伝いを終えて食べる焼きそばは、今までに食べたどんな焼きそばよりも美味だと自信をもって断言することが出来た。
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