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第九十一話『僕たちの約束』
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「ねえねえ紡君、海は好き?」
「あんまりいい思い出はなかったかも。だけど、ついさっきぐらいから大好きになった」
二人で波打ち際をのんびりと歩きながら、僕たちはそんな会話を交わす。もっと水の掛け合いとかそういうことをするのかと思っていたけれど、思いのほか落ち着いた雰囲気が此処には漂っていた。
すぐ右に行けば人で賑わっているのに、ここはまるでそういう事から全部切り離されたかのように静かだ。だけどそれがむしろ心地よくて、僕は千尋さんの隣をずっと歩いている。
つないだ手から伝わる千尋さんの鼓動は早くて、それが僕の鼓動をまた高めていく。千尋さんのが伝わっているという事は、僕の鼓動の早さも伝わっているという事だろうか。……ダメだな、それを意識するとまた鼓動が早くなってしまいそうだ。
「それならよかった。あたし、昔からこの海が大好きなんだよね」
「そうなんだ。……それは、ここにたくさん遊びに来てたから?」
「うん、多分それもあるかも。多分小学生になりたての頃ぐらいから毎年ここに来て、家族みんなでお泊りしたり海の家のお手伝いしたり、海で遊んだりしてたなあ。亜子ちゃんともその時からの友達だから、本当の妹みたいな気がしちゃって仕方ないんだよね」
いつまで経っても可愛いんだよなあ……と、千尋さんは亜子さんがいるであろう方角に片目だけを向けながら呟く。『おまかわ』という概念を、僕はその時初めて知ることになった。
可愛いものをめでる千尋さんがここまで可愛いとは、僕をもってしても流石に予想外だ。あんまり学校の友達とはスキンシップをしている印象もないし、それが今のインパクトにもつながってきているんだろう。
基本的に千尋さんとはできるだけ近づいていたいけれど、千尋さんと亜子さんのやり取りには割り込む気にはなれなかったしなあ……。千尋さんにとって亜子さんが特別であることに、僕も直感的に気が付いていたのかもしれない。
「千尋さん、上にお姉ちゃんがいるだけだもんね。そりゃ確かに妹みたいにも思えるか」
「そうだよ、あたし末っ子だもん。だからね、毎年ここに来るのが楽しみだったんだ」
ザザーンという波の音が大きく聞こえる中で、千尋さんは静かに僕へと話しかける。その雰囲気がどこか儚げに見えて、僕は思わず息を呑んだ。
手を繋いでいるはずなのに気が付けばどこかに行ってしまいそうで、僕の身体は一瞬強張る。千尋さんを繋ぎとめていなければいけないと、失ってはならないと、強く想った。
「だけどね、年がたつにつれてだんだんここに来る人数は減っていっちゃってさ。三年前ぐらいにお姉ちゃんもここに来なくなって、気が付けばあたしだけになっちゃってた」
「……千尋さん、一人に――」
それが何をきっかけで起きたことなのか、聞くのは野暮というものだ。千尋さんたち家族に起きた決定的な変化をきっかけに家族の絆はひび割れていって、繕う事すら出来ないぐらいの領域にまで達してしまった。……今の僕がどう努力したところで、それを元通りにすることはできないわけで。
「だからね、今年は紡君が一緒に来てくれて嬉しいの。この海に来られてよかったって、綺麗だねって言いあえる。……そんな人が隣にいてくれて、本当に幸せなんだ」
海と僕を同時に見つめながら、千尋さんは笑う。僕だけが強く握っていたはずの手が、気が付けば強く握り返されていた。
「少し気が早いかもしれないけどね、約束してほしいんだ。来年も再来年もその先も、あたしは紡君とこの海を見に行きたい。『あんなこともあったね』って思い出を積み上げて、いつまでも紡君と笑いあっていたい。……ワガママ、かな?」
「我儘なんかじゃないよ、僕からもそれはお願いしたいぐらいなんだから。……来年も、また一緒にここに来よう」
たとえ受験勉強で忙しくても、仕事がどれだけ息を吐かせぬものになっても。だけどここだけは、どうにかして一緒に来よう。二人の思い出の場所として、いろんなものを積み上げよう。
そう答える僕に、千尋さんは笑みをより深める。……それが過去の痛みをぬぐうためのよりどころになってくれるのなら、僕に取ってもそれは何よりの幸せだった。
「あんまりいい思い出はなかったかも。だけど、ついさっきぐらいから大好きになった」
二人で波打ち際をのんびりと歩きながら、僕たちはそんな会話を交わす。もっと水の掛け合いとかそういうことをするのかと思っていたけれど、思いのほか落ち着いた雰囲気が此処には漂っていた。
すぐ右に行けば人で賑わっているのに、ここはまるでそういう事から全部切り離されたかのように静かだ。だけどそれがむしろ心地よくて、僕は千尋さんの隣をずっと歩いている。
つないだ手から伝わる千尋さんの鼓動は早くて、それが僕の鼓動をまた高めていく。千尋さんのが伝わっているという事は、僕の鼓動の早さも伝わっているという事だろうか。……ダメだな、それを意識するとまた鼓動が早くなってしまいそうだ。
「それならよかった。あたし、昔からこの海が大好きなんだよね」
「そうなんだ。……それは、ここにたくさん遊びに来てたから?」
「うん、多分それもあるかも。多分小学生になりたての頃ぐらいから毎年ここに来て、家族みんなでお泊りしたり海の家のお手伝いしたり、海で遊んだりしてたなあ。亜子ちゃんともその時からの友達だから、本当の妹みたいな気がしちゃって仕方ないんだよね」
いつまで経っても可愛いんだよなあ……と、千尋さんは亜子さんがいるであろう方角に片目だけを向けながら呟く。『おまかわ』という概念を、僕はその時初めて知ることになった。
可愛いものをめでる千尋さんがここまで可愛いとは、僕をもってしても流石に予想外だ。あんまり学校の友達とはスキンシップをしている印象もないし、それが今のインパクトにもつながってきているんだろう。
基本的に千尋さんとはできるだけ近づいていたいけれど、千尋さんと亜子さんのやり取りには割り込む気にはなれなかったしなあ……。千尋さんにとって亜子さんが特別であることに、僕も直感的に気が付いていたのかもしれない。
「千尋さん、上にお姉ちゃんがいるだけだもんね。そりゃ確かに妹みたいにも思えるか」
「そうだよ、あたし末っ子だもん。だからね、毎年ここに来るのが楽しみだったんだ」
ザザーンという波の音が大きく聞こえる中で、千尋さんは静かに僕へと話しかける。その雰囲気がどこか儚げに見えて、僕は思わず息を呑んだ。
手を繋いでいるはずなのに気が付けばどこかに行ってしまいそうで、僕の身体は一瞬強張る。千尋さんを繋ぎとめていなければいけないと、失ってはならないと、強く想った。
「だけどね、年がたつにつれてだんだんここに来る人数は減っていっちゃってさ。三年前ぐらいにお姉ちゃんもここに来なくなって、気が付けばあたしだけになっちゃってた」
「……千尋さん、一人に――」
それが何をきっかけで起きたことなのか、聞くのは野暮というものだ。千尋さんたち家族に起きた決定的な変化をきっかけに家族の絆はひび割れていって、繕う事すら出来ないぐらいの領域にまで達してしまった。……今の僕がどう努力したところで、それを元通りにすることはできないわけで。
「だからね、今年は紡君が一緒に来てくれて嬉しいの。この海に来られてよかったって、綺麗だねって言いあえる。……そんな人が隣にいてくれて、本当に幸せなんだ」
海と僕を同時に見つめながら、千尋さんは笑う。僕だけが強く握っていたはずの手が、気が付けば強く握り返されていた。
「少し気が早いかもしれないけどね、約束してほしいんだ。来年も再来年もその先も、あたしは紡君とこの海を見に行きたい。『あんなこともあったね』って思い出を積み上げて、いつまでも紡君と笑いあっていたい。……ワガママ、かな?」
「我儘なんかじゃないよ、僕からもそれはお願いしたいぐらいなんだから。……来年も、また一緒にここに来よう」
たとえ受験勉強で忙しくても、仕事がどれだけ息を吐かせぬものになっても。だけどここだけは、どうにかして一緒に来よう。二人の思い出の場所として、いろんなものを積み上げよう。
そう答える僕に、千尋さんは笑みをより深める。……それが過去の痛みをぬぐうためのよりどころになってくれるのなら、僕に取ってもそれは何よりの幸せだった。
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