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第八十八話『僕は思考停止する』
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――サンダル越しでも白い砂浜は足元から熱を伝えてきて、じりじりと焼けるような感覚を僕に与える。アスファルトから伝わるそれとはまた微妙に違っているようなそれにはなぜか不快感の類はなくて、ただ砂浜に立っているのだという自覚をより強く押し出してくるようだった。
それはきっと、今僕が置かれている状況にも関係しているのかもしれない。ただ僕はぼうっとここで立っているだけじゃなくて、大切な人の準備が終わるのを待っているのだ。……こういう時に先に行って待ってるのは、僕が思う理想の男性像のひとつでもあるし。
空は雲一つなく晴れ渡り、どこまでも高い夏空をより強調している。一応日焼け止めは念入りに塗ったつもりだけれど、それでも大丈夫か不安になってしまうような光量だ。……千尋さんも、ちゃんと日焼け止めを塗れているだろうか。
『……ねえ紡君、背中塗ってくれない?』
そんなことを考えてしまったせいなのか、海でありがちすぎるような頼みごとをしてくる千尋さんの頭が頭の中にふとよぎってしまう。想像の中の海には僕と千尋さんの二人しかいなくて、ただ静かな波の音と太陽だけがあった。
「……期待しすぎだな、僕は」
しかしここは夏の砂浜、結構な人が揃う観光地だ。そんなところで背中に日焼け止めを塗るなんていろんな人の目にさらされてしまうわけで、それをやる僕の方にも刺殺さんばかりの視線が向けられるだろう。……千尋さんの背中に触れられるのは確かにいいシチュエーションだけれど、夢は夢で終わるからこそ価値が上がる時もあるというものだ。
「そうかな? ちーちゃんかなり気合い入ってたし、期待しちゃってもいいと思うんだけど」
「うおわぁっ⁉︎」
自分を納得させるための独り言に突然答える声があって、僕は咄嗟に砂浜の上を飛び退ってしまう。普段と違って柔らかい地面はしなやかに僕の重量を受け止めて、潮風に乗って砂煙がかすかに舞った。
改めて見てみれば、そこにはラッシュガードを身につけた亜子さんがニヤニヤ笑いを浮かべながら立っている。すぐ後ろにまで近づいてきていたのに気づけなかったあたり、僕はだいぶ考え事に没頭してしまっていたようだ。
「照屋くんに見せるためにかなり悩んだって話もしてたし、ちゃんと素直に感想を言うんだよ? 二人に限って大丈夫だと思うけど、ちゃんと思いを伝えられなくなるのはカップルの終わりの始まりだからね」
どこか得意げに腕を組んで語る亜子さんを、僕はどこか呆然としながら見つめる。実際にそんな体験をしたのかと問いただしたくなるような内容ではあったけれど、表情を見る限りそんな重大な話じゃないような気がした。
「……そういう亜子さんは、千尋さんの水着を見てどう思ったの?」
「え、天使と見間違えるほど綺麗だったよ?意識してもしなくても思わず目で追いかけちゃうような、そんな感じのとっても綺麗な水着姿。ちーちゃんにベタ惚れの照屋くんだったら、見たら最後釘付けになってよそ見できないかもしれないね」
「……そんなに?」
「もちろん。だけど言葉は失っちゃダメだよ、一番真っ直ぐに気持ちを伝えられるのは言葉なんだから。目は口ほどに物を言うなんて言っても、結局一番頼もしいのは言葉なんだよ?」
引き上がったハードルに思わず驚く僕にそう釘を刺して、亜子さんはくすりと笑みを浮かべる。からかっているのかそうじゃないのかは分からないけど、千尋さんが相当気合を入れてくれていることは確かなようだった。
あまりに突然の弾丸ツアーで準備の買い物も一緒に行けなかったから、千尋さんの水着姿を見るのはこれが初めてだ。どんなジャンルの水着を着てくるか想像もつかないけれど、何を着ても似合うのだろうということははっきりと分かる。どんなチョイスだったんだとしても、僕は千尋さんに目一杯の賞賛を贈りたいと思えるだろうしーー
「……待たせちゃってごめん、紡君!」
ーーそんな僕の思考は、目の前から走ってきた千尋さんの水着姿に全て吹き飛ばされた。準備してた言葉も想像も全部破壊して、今目の前に現れた千尋さんの姿だけが全ての意識を支配する。その結果、僕の思考は一瞬完全に停止して。
「……いや、綺麗すぎない?」
そんな月並みな言葉だけが、かろうじて僕の口から飛び出してきた。
それはきっと、今僕が置かれている状況にも関係しているのかもしれない。ただ僕はぼうっとここで立っているだけじゃなくて、大切な人の準備が終わるのを待っているのだ。……こういう時に先に行って待ってるのは、僕が思う理想の男性像のひとつでもあるし。
空は雲一つなく晴れ渡り、どこまでも高い夏空をより強調している。一応日焼け止めは念入りに塗ったつもりだけれど、それでも大丈夫か不安になってしまうような光量だ。……千尋さんも、ちゃんと日焼け止めを塗れているだろうか。
『……ねえ紡君、背中塗ってくれない?』
そんなことを考えてしまったせいなのか、海でありがちすぎるような頼みごとをしてくる千尋さんの頭が頭の中にふとよぎってしまう。想像の中の海には僕と千尋さんの二人しかいなくて、ただ静かな波の音と太陽だけがあった。
「……期待しすぎだな、僕は」
しかしここは夏の砂浜、結構な人が揃う観光地だ。そんなところで背中に日焼け止めを塗るなんていろんな人の目にさらされてしまうわけで、それをやる僕の方にも刺殺さんばかりの視線が向けられるだろう。……千尋さんの背中に触れられるのは確かにいいシチュエーションだけれど、夢は夢で終わるからこそ価値が上がる時もあるというものだ。
「そうかな? ちーちゃんかなり気合い入ってたし、期待しちゃってもいいと思うんだけど」
「うおわぁっ⁉︎」
自分を納得させるための独り言に突然答える声があって、僕は咄嗟に砂浜の上を飛び退ってしまう。普段と違って柔らかい地面はしなやかに僕の重量を受け止めて、潮風に乗って砂煙がかすかに舞った。
改めて見てみれば、そこにはラッシュガードを身につけた亜子さんがニヤニヤ笑いを浮かべながら立っている。すぐ後ろにまで近づいてきていたのに気づけなかったあたり、僕はだいぶ考え事に没頭してしまっていたようだ。
「照屋くんに見せるためにかなり悩んだって話もしてたし、ちゃんと素直に感想を言うんだよ? 二人に限って大丈夫だと思うけど、ちゃんと思いを伝えられなくなるのはカップルの終わりの始まりだからね」
どこか得意げに腕を組んで語る亜子さんを、僕はどこか呆然としながら見つめる。実際にそんな体験をしたのかと問いただしたくなるような内容ではあったけれど、表情を見る限りそんな重大な話じゃないような気がした。
「……そういう亜子さんは、千尋さんの水着を見てどう思ったの?」
「え、天使と見間違えるほど綺麗だったよ?意識してもしなくても思わず目で追いかけちゃうような、そんな感じのとっても綺麗な水着姿。ちーちゃんにベタ惚れの照屋くんだったら、見たら最後釘付けになってよそ見できないかもしれないね」
「……そんなに?」
「もちろん。だけど言葉は失っちゃダメだよ、一番真っ直ぐに気持ちを伝えられるのは言葉なんだから。目は口ほどに物を言うなんて言っても、結局一番頼もしいのは言葉なんだよ?」
引き上がったハードルに思わず驚く僕にそう釘を刺して、亜子さんはくすりと笑みを浮かべる。からかっているのかそうじゃないのかは分からないけど、千尋さんが相当気合を入れてくれていることは確かなようだった。
あまりに突然の弾丸ツアーで準備の買い物も一緒に行けなかったから、千尋さんの水着姿を見るのはこれが初めてだ。どんなジャンルの水着を着てくるか想像もつかないけれど、何を着ても似合うのだろうということははっきりと分かる。どんなチョイスだったんだとしても、僕は千尋さんに目一杯の賞賛を贈りたいと思えるだろうしーー
「……待たせちゃってごめん、紡君!」
ーーそんな僕の思考は、目の前から走ってきた千尋さんの水着姿に全て吹き飛ばされた。準備してた言葉も想像も全部破壊して、今目の前に現れた千尋さんの姿だけが全ての意識を支配する。その結果、僕の思考は一瞬完全に停止して。
「……いや、綺麗すぎない?」
そんな月並みな言葉だけが、かろうじて僕の口から飛び出してきた。
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