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第八十三話『僕は挟まらない』
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別に学校にいる時の千尋さんが本当の姿を偽ってるとか、そういうことが言いたいわけではない。多分どれも千尋さんで、どれかを違っているとか似合わないとか言って切り捨てるべきものでもないだろう。……事実、僕と付き合ってからも千尋さんの人気は全く衰えることがないし。堂々と横恋慕狙いを宣言する奴も少なくないし。
だからきっと、今の千尋さんだって素の千尋さんだ。二人の間には僕も知らないような時間があって、それが二人の関係を特別にしたんだろう。だからこそ、相手もそれを受けいれているんだろうし――
「アコちゃんのほっぺは本当にもちもちだねー! ずっとぷにぷにしてたら一日が終わっちゃいそうだ!」
「ちょっとちーちゃん、あんまりつんつんされるとくすぐったいよ……!」
――たぶんそのはず……だよね?
久しぶりに対面してからというものずっと新谷さんの娘さん――アコさんにくっついてすりすりしてみたり頬をつんつんしてみたり、千尋さんのスキンシップは留まるところを知らない。学校でもスキンシップはそんなにしない方だしあまり好きではないのかとも思っていたのだが、これを見る限りどうもそんなことはなさそうだ。
「楽しんでるなあ、千尋さん……」
その活き活きとした表情を見つめながら、僕はしみじみと零す。どんなやり取りがあれば二人がこの関係に至るのか、僕にはちょっと想像がつかなかった。
「お前さんは驚いてるかもしれねえが、俺たちからしたらこれも一つの風物詩みたいなもんだ。ちーがうちに来ると、いつもこうやって三十分ぐらいは過ぎちまうからな」
「さんっ……⁉」
新谷さんから出てきた時間の長さに、僕は思わず驚きの声を上げる。さっき『一日過ごせそう』みたいなことは確かに言っていたが、アレは大体の場合比喩表現というものだ。でも今の話を聞いていると、あながちそれも嘘ではなさそうな気がしてならなかった。
「アコもそうされることを内心楽しんでるし、俺としてはいつもの光景だなあって感じだけどな! 仲良きことは美しきかな、って奴だ!」
「はい、そうですね。……ところでこれ、僕の存在邪魔になったりしません?」
なんというか、見る人が見たら僕は千尋さんとアコさんの間に挟まりかねない存在なわけで。今ここに法律がなければ、結構な人数が僕の存在を抹消しにやってくるのではないだろうか。
千尋さんもアコさんに会う事を目的にここに来てる節はあるだろうし、そこに僕が加わることで旧交を温める時間というのは同志ても減ってしまうだろう。千尋さんからしてもそれでいいのかなと、そう思う気持ちはないでもないのだけれど――
「なーに言ってんだ、おじさんからしたらちーが彼氏を連れてきたって時点でもうお祭り騒ぎだ。恋愛なんてする気にならないんだーってやさぐれるちーの姿、俺たちは結構な年数見続けてきたからな」
「……する気に、なれない」
それを聞いて思い出すのは、いつか聞いた千尋さんの独白だ。いつか気持ちは変わってしまって、大好きなものも大好きじゃなくなっていく。いつかそうなる自分が怖くて、特別を作れないんだとそう言っていた千尋さんの想いは、僕も痛いほど共感できるところだった。
「そういや、お前さんは俺たちとちーの関係を聞いてなかったよな。……簡単に言っちまえば、俺はちーの叔父なんだよ。んでもってアコが従妹で、その縁もあってちーは毎年ここに一人で遊びに来るんだ。……アレは確か、姉貴が旦那と別れたって言ってきた後になってからの事だったな」
「……知ってるん、ですか?」
「おうともよ、血の繋がった関係だからな。ちーが昔から悩みを抱えてることも知ってたし、それを抱えながらも皆とうまくやろうとしてたのも知ってる。……そんでもって、その悩みを俺たちに全部打ち明けてくれないだろうなってこともな」
じゃれ合う二人を見つめながら、僕と新谷さんは神妙な調子で言葉を交わす。この場にはそぐわない雰囲気だけれど、今だから必要なのだろうという感覚も確かに僕の中にはあった。
「だからよ、今年は二人で来たいって言われたときに驚いたんだ。ちーにとって、ここは一種の秘密基地みたいなところだろうからな」
「秘密基地……確かに、そうかもしれませんね」
学校にいる自分とは違う自分で居られて、年に一度大切な友達と会うことが出来る場所。それを秘密基地と言わずして、何と呼べばいいのだろうか。
千尋さんが僕を海に誘うとき、きっといろんなことを考えていたのだろう。考えて考えて、その上で僕のことをここに連れてきてくれた。……その意味の重さが、新谷さんの手によって少しだけ紐解かれていくような気がして。
「お前さんのことを邪魔だなんていう奴、少なくともこの宿には一人もいないさ。ちーがあそこまで愛おし気な笑顔を浮かべてるの、俺は久しぶりに見たんだからよ」
――それだけで、お前さんにはどれだけ感謝してもしたりねえ。
優しく笑いながらそう呟いて、新谷さんは僕の疑問に答えを出す。再開を喜ぶように触れ合い続ける二人に視線をやりながら、僕はその言葉をしっかりと受け止めていた。
だからきっと、今の千尋さんだって素の千尋さんだ。二人の間には僕も知らないような時間があって、それが二人の関係を特別にしたんだろう。だからこそ、相手もそれを受けいれているんだろうし――
「アコちゃんのほっぺは本当にもちもちだねー! ずっとぷにぷにしてたら一日が終わっちゃいそうだ!」
「ちょっとちーちゃん、あんまりつんつんされるとくすぐったいよ……!」
――たぶんそのはず……だよね?
久しぶりに対面してからというものずっと新谷さんの娘さん――アコさんにくっついてすりすりしてみたり頬をつんつんしてみたり、千尋さんのスキンシップは留まるところを知らない。学校でもスキンシップはそんなにしない方だしあまり好きではないのかとも思っていたのだが、これを見る限りどうもそんなことはなさそうだ。
「楽しんでるなあ、千尋さん……」
その活き活きとした表情を見つめながら、僕はしみじみと零す。どんなやり取りがあれば二人がこの関係に至るのか、僕にはちょっと想像がつかなかった。
「お前さんは驚いてるかもしれねえが、俺たちからしたらこれも一つの風物詩みたいなもんだ。ちーがうちに来ると、いつもこうやって三十分ぐらいは過ぎちまうからな」
「さんっ……⁉」
新谷さんから出てきた時間の長さに、僕は思わず驚きの声を上げる。さっき『一日過ごせそう』みたいなことは確かに言っていたが、アレは大体の場合比喩表現というものだ。でも今の話を聞いていると、あながちそれも嘘ではなさそうな気がしてならなかった。
「アコもそうされることを内心楽しんでるし、俺としてはいつもの光景だなあって感じだけどな! 仲良きことは美しきかな、って奴だ!」
「はい、そうですね。……ところでこれ、僕の存在邪魔になったりしません?」
なんというか、見る人が見たら僕は千尋さんとアコさんの間に挟まりかねない存在なわけで。今ここに法律がなければ、結構な人数が僕の存在を抹消しにやってくるのではないだろうか。
千尋さんもアコさんに会う事を目的にここに来てる節はあるだろうし、そこに僕が加わることで旧交を温める時間というのは同志ても減ってしまうだろう。千尋さんからしてもそれでいいのかなと、そう思う気持ちはないでもないのだけれど――
「なーに言ってんだ、おじさんからしたらちーが彼氏を連れてきたって時点でもうお祭り騒ぎだ。恋愛なんてする気にならないんだーってやさぐれるちーの姿、俺たちは結構な年数見続けてきたからな」
「……する気に、なれない」
それを聞いて思い出すのは、いつか聞いた千尋さんの独白だ。いつか気持ちは変わってしまって、大好きなものも大好きじゃなくなっていく。いつかそうなる自分が怖くて、特別を作れないんだとそう言っていた千尋さんの想いは、僕も痛いほど共感できるところだった。
「そういや、お前さんは俺たちとちーの関係を聞いてなかったよな。……簡単に言っちまえば、俺はちーの叔父なんだよ。んでもってアコが従妹で、その縁もあってちーは毎年ここに一人で遊びに来るんだ。……アレは確か、姉貴が旦那と別れたって言ってきた後になってからの事だったな」
「……知ってるん、ですか?」
「おうともよ、血の繋がった関係だからな。ちーが昔から悩みを抱えてることも知ってたし、それを抱えながらも皆とうまくやろうとしてたのも知ってる。……そんでもって、その悩みを俺たちに全部打ち明けてくれないだろうなってこともな」
じゃれ合う二人を見つめながら、僕と新谷さんは神妙な調子で言葉を交わす。この場にはそぐわない雰囲気だけれど、今だから必要なのだろうという感覚も確かに僕の中にはあった。
「だからよ、今年は二人で来たいって言われたときに驚いたんだ。ちーにとって、ここは一種の秘密基地みたいなところだろうからな」
「秘密基地……確かに、そうかもしれませんね」
学校にいる自分とは違う自分で居られて、年に一度大切な友達と会うことが出来る場所。それを秘密基地と言わずして、何と呼べばいいのだろうか。
千尋さんが僕を海に誘うとき、きっといろんなことを考えていたのだろう。考えて考えて、その上で僕のことをここに連れてきてくれた。……その意味の重さが、新谷さんの手によって少しだけ紐解かれていくような気がして。
「お前さんのことを邪魔だなんていう奴、少なくともこの宿には一人もいないさ。ちーがあそこまで愛おし気な笑顔を浮かべてるの、俺は久しぶりに見たんだからよ」
――それだけで、お前さんにはどれだけ感謝してもしたりねえ。
優しく笑いながらそう呟いて、新谷さんは僕の疑問に答えを出す。再開を喜ぶように触れ合い続ける二人に視線をやりながら、僕はその言葉をしっかりと受け止めていた。
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