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第七十五話『僕は籠める』
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家に帰るなり背負っていたナップサックをベッドに放り投げて、僕はパソコンの前へと戻る。このツール以外で執筆が上手くできないのが恨めしく思えるぐらいに、僕の執筆欲は高まっていた。
カスミさんから聞いたお父さんの話は、正直言って恐ろしいものだった。僕もいつか書けなくなってしまうのだろうかと、そんな考えも脳裏をよぎった。……だけど、その不安はキーボードを打ち始めるとともに消え失せていく。
脳内にキャラクターたちのいる風景が浮かび上がって、彼らが物語を作り上げていく。それぞれの目的のために行動したキャラクターたちが、まるで引き寄せられるかのように一つの結末に向かって進んでいく。……それが心地よいと感じるのは、随分と久しぶりのような気がした。
「……あの時も、こんな感じだったっけ」
景気よくキーボードを叩きながら、僕は初めて小説を書いた日のことを思いだす。まだタイピングもおぼつかなくて執筆速度が出なかった時の事、書く速度よりもイメージがあふれ出す速度の方が早かった時のあの頃。一分でも一秒でも長く小説を書いていたくて、いろんな時間を切り詰めて行動していた、あの夏休みの一日を。
そこで生まれたキャラクターたちが原型となって『イデアレス・バレット』は生まれ、そして小説となってたくさんの人の下に届けられた。……正直、今振り返っても夢のような経験だった。
『売れてやりたい』とか『ちやほやされたい』とか、そんな野望はあの時まだ僕の中になかった。あの小説は、僕からたった一人の女の子に向けたメッセージの乗った弾丸だった。そこに高尚な理想なんてものはないし、僕は僕の想いをキャラクターたちに少しずつ分割して託しながら物語を語っていったに過ぎない。
最初の連載が終わった後、それじゃだめだと僕は思った。結局『あの子』は僕の存在を忘れ、弾丸は行き場を失ったまま世界を描き続けた。……だから、もっと明確な野望を抱かなければならないんだと思った。それを叶えられないんじゃ、たった一人の女の子にメッセージを届けることなんてできないだと悟った。
「……だけど、もしかしたら違ってたのかもな」
キャラクターたちの行動を白紙の上に刻み付けながら、僕はふとこぼす。今まで詰まっていたと思えないぐらいに僕の指先はせわしなくキーボードの上を跳ねまわって、その分だけキャラクターも楽しそうに物語の世界を動いていた。
『イデアレス・バレット』は、読者の皆に向けた小説である前に一人の女の子へのメッセージだった。『僕はここにいるよ』と、遠く離れたあの子に伝えるためのメッセージだった。今はもうそんなことはないけれど、あの時確かにあの子は僕にとって『特別』だった。
そして今、僕は『特別』な存在である千尋さんのために小説を書いている。『僕は書けるよ、書き続けられるんだよ』と、その姿を通じて堂々と断言するために。
小説の中にいるキャラクターたちは僕の理想なんて知らないし、小説の世界で自分の思うように生きている。だけど、その結果として生まれる物語には確かに僕の込めた思いがある。それは決して不要な物なんじゃなくて、物語を作り上げるうえで重要な一つのピースだ。
僕が僕らしく小説を書き続けるためには、キャラクターだけじゃなくてボク自身にも向き合い続けなければいけないんだろう。……だって、僕の想いだって『赤糸 不切』を作り上げるうえで取り落としてはいけない大切なピースなんだから。
「……楽しみにしててね、千尋さん」
この物語が完成したら、まず真っ先に千尋さんに聞かせよう。それで、色々と感想を交えた話をしよう。……願わくば、それが会議を通ってくれたら完璧だ。
僕が小説に込めるべきなのは、その世界の中で生きるキャラクターたちの想いだけではない。それを生み出した僕の想いだって、無視しちゃいけない大切な物だ。……もしそれが通らないのであれば、また新しいアプローチを作って提案すればいいだけの話だし。
「折れないぞ。……折れてなんか、やらないぞ」
会議を通らないのにはもう慣れてるんだ、今更失敗を恐れる道理もない。思い切って書き上げて、胸を張って伝えよう。『赤糸 不切』は、たくさんの物語を綴れる小説家なのだと。……千尋さんの隣に立ち続ける、特別な存在なんだと。
そんな決意を新たにしながら、僕はキーボードをたたき続ける。お母さんによってご飯に呼び出されるまで、その手は一度として止まらなかった。
カスミさんから聞いたお父さんの話は、正直言って恐ろしいものだった。僕もいつか書けなくなってしまうのだろうかと、そんな考えも脳裏をよぎった。……だけど、その不安はキーボードを打ち始めるとともに消え失せていく。
脳内にキャラクターたちのいる風景が浮かび上がって、彼らが物語を作り上げていく。それぞれの目的のために行動したキャラクターたちが、まるで引き寄せられるかのように一つの結末に向かって進んでいく。……それが心地よいと感じるのは、随分と久しぶりのような気がした。
「……あの時も、こんな感じだったっけ」
景気よくキーボードを叩きながら、僕は初めて小説を書いた日のことを思いだす。まだタイピングもおぼつかなくて執筆速度が出なかった時の事、書く速度よりもイメージがあふれ出す速度の方が早かった時のあの頃。一分でも一秒でも長く小説を書いていたくて、いろんな時間を切り詰めて行動していた、あの夏休みの一日を。
そこで生まれたキャラクターたちが原型となって『イデアレス・バレット』は生まれ、そして小説となってたくさんの人の下に届けられた。……正直、今振り返っても夢のような経験だった。
『売れてやりたい』とか『ちやほやされたい』とか、そんな野望はあの時まだ僕の中になかった。あの小説は、僕からたった一人の女の子に向けたメッセージの乗った弾丸だった。そこに高尚な理想なんてものはないし、僕は僕の想いをキャラクターたちに少しずつ分割して託しながら物語を語っていったに過ぎない。
最初の連載が終わった後、それじゃだめだと僕は思った。結局『あの子』は僕の存在を忘れ、弾丸は行き場を失ったまま世界を描き続けた。……だから、もっと明確な野望を抱かなければならないんだと思った。それを叶えられないんじゃ、たった一人の女の子にメッセージを届けることなんてできないだと悟った。
「……だけど、もしかしたら違ってたのかもな」
キャラクターたちの行動を白紙の上に刻み付けながら、僕はふとこぼす。今まで詰まっていたと思えないぐらいに僕の指先はせわしなくキーボードの上を跳ねまわって、その分だけキャラクターも楽しそうに物語の世界を動いていた。
『イデアレス・バレット』は、読者の皆に向けた小説である前に一人の女の子へのメッセージだった。『僕はここにいるよ』と、遠く離れたあの子に伝えるためのメッセージだった。今はもうそんなことはないけれど、あの時確かにあの子は僕にとって『特別』だった。
そして今、僕は『特別』な存在である千尋さんのために小説を書いている。『僕は書けるよ、書き続けられるんだよ』と、その姿を通じて堂々と断言するために。
小説の中にいるキャラクターたちは僕の理想なんて知らないし、小説の世界で自分の思うように生きている。だけど、その結果として生まれる物語には確かに僕の込めた思いがある。それは決して不要な物なんじゃなくて、物語を作り上げるうえで重要な一つのピースだ。
僕が僕らしく小説を書き続けるためには、キャラクターだけじゃなくてボク自身にも向き合い続けなければいけないんだろう。……だって、僕の想いだって『赤糸 不切』を作り上げるうえで取り落としてはいけない大切なピースなんだから。
「……楽しみにしててね、千尋さん」
この物語が完成したら、まず真っ先に千尋さんに聞かせよう。それで、色々と感想を交えた話をしよう。……願わくば、それが会議を通ってくれたら完璧だ。
僕が小説に込めるべきなのは、その世界の中で生きるキャラクターたちの想いだけではない。それを生み出した僕の想いだって、無視しちゃいけない大切な物だ。……もしそれが通らないのであれば、また新しいアプローチを作って提案すればいいだけの話だし。
「折れないぞ。……折れてなんか、やらないぞ」
会議を通らないのにはもう慣れてるんだ、今更失敗を恐れる道理もない。思い切って書き上げて、胸を張って伝えよう。『赤糸 不切』は、たくさんの物語を綴れる小説家なのだと。……千尋さんの隣に立ち続ける、特別な存在なんだと。
そんな決意を新たにしながら、僕はキーボードをたたき続ける。お母さんによってご飯に呼び出されるまで、その手は一度として止まらなかった。
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