千尋さんはラノベが読みたい――ラノベ作家という僕の秘密を知ったのは、『小説が読めない』クラスのアイドルでした――

紅葉 紅羽

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第六十七話『僕たちの逆鱗』

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 なんて傲慢で自信過剰な言葉なのだろうと、発した傍から僕は思う。

 こんなこと堂々と宣言するだなんて、『今から僕は君のお父さんを踏みにじります』と半ば宣言しているようなものだ。書けなくなってこんな状態になるまで悩み抜いた人が、小説にたいしても家族に対しても誠実じゃなかったわけがないんだから。……それを分かったうえで、僕は『それでも』と声を上げているのだから。

 だからここで僕にどんな罵詈雑言が飛んで来ようとも、僕はそれを黙して受け止めることしかできない。それを乗り越えた先にしか、僕が千尋さんへの思いを超えるための道のりは開けてこない。……自分だけ何一つとしてリスクを負わずにいられるほど、この問題は単純な形をしていないんだ。

「僕は書きます。書き続けます。たとえ立ち止まっても躓いても、書けなくなる時期が訪れても。……絶対に、小説からも千尋さんからも逃げたりなんかしない」

「口約束だな、言うだけならそれはすごく簡単だ。人は長い時間の中で致命的に変わっちまって、ついさっきまで大切だったものを大切だと唐突に思えなくなる日が必ず来る。……お前だって千尋だって、それは例外じゃないんだ。千尋が小説なんてものに執着を示さなくなるその日が来るまで守り続けることが、私にできる最大限の姉としての行動なんだよ」

――どうして、それを分かってくれないんだ。

 小さくうつむいて、お姉さんは嘆くように口に出す。『時間が解決してくれるのを待つ』というお姉さんの判断は確かにある種正解で、そうなった時千尋さんは穏やかに生きていくことが出来るのだろう。……だけど、僕は、僕だけはその正解に丸を打つわけにはいかなかった。

「お姉さん、それは解決方法じゃありません。――全部を忘れてなかったことにしてそれを解決だなんて言い張ろうだなんて、考えうる限り最悪の逃げですよ」

「……は、あ?」

 真正面から堂々と言い返されて、お姉さんの口から剣呑な息が漏れる。……直後、僕は襟首をつかみあげられていた。

「千尋と出会って一か月しかない奴が、よくもまあそこまでぬけぬけと言ってくれるもんだ。……私はもう十年近く、あの子の傍にいたんだぞ。辛さに泣きわめくあの子のことも、ひとまずの平穏が訪れて楽しそうにしているあの子のことも、その平穏をどれだけ大切にしていたかも、私はお前の何倍も知ってる。……私の前で、分かったような顔をして千尋のことを語るんじゃねえよ」

 怒鳴り散らすのではなく、むしろ落ち着いたようなお姉さんの声。それはまるで地の底で吹きあがる時を待つマグマの様で、人の手じゃ決して取り除けないような熱を僕は感じる。……この世界に法律がなかったら、僕はきっとこの瞬間に殺されていただろう。

 それぐらいの逆鱗を、僕は見事に踏み抜いたというわけだ。……だけど、それが分かったからと言って引き下がるわけにはいかなかった。

 千尋さんの為とか、そんな美談で飾り付けるつもりはない。今から僕が紡ぐ言葉は、僕が怒りのままに作り上げた思いだ。……お姉さんの在り方を、僕は心の底から認めたくないんだ。

 忘れることが正しいなんて、記憶の底に沈めることが正しいだなんて。……そんなのは、正解だと『思い込みたい』選択肢でしかない。忘れられた人間の悲しさを、どうしてそこで無視していいものか。忘れ去られた思いが確かにその人の中で息をしていたことを、どうして否定できるものか。

「……十年間千尋さんを見てきたあなたが、なんでそんなにひどいことを言えるんだよ」

 目を開けて、強引に息を吸い込みながらお姉さんを睨み返す。忘れることが正しいなんて、僕は絶対に認めない。忘れたい思い出と正面から向き合わなければ、本当に正しい結末は――ハッピーエンドは一生見えてこないままだ。そこに至れる可能性を、どうして無視していいなんて言えるんだろう。

「千尋さんは――僕の彼女は今でも小説をどうにか読めるようになろうとあれこれ手を尽くして頑張ってる。その道のりの中で、僕は千尋さんと出会ったんだ。……まだ何とかしようともがいてる千尋さんを、どうして邪魔するんだよ」

「邪魔じゃねえ、千尋の人生に波を立てかねないものを排除してるだけだ。……あの時も私がもっと早くあのクソ親父を突き放せていれば、千尋があんなに傷つくことはなかった」

「それがおかしいって言ってるんだ。千尋さんにとって何が大切で何が必要ないかを、どうして他人でしかないお前が選べるんだよ」

「私は千尋の姉だ! 世界でたった一人の、あの子のお姉ちゃんだ‼」

「それがどうした、あなたはどう頑張ったって千尋さんにはなれないだろ‼」

 まるで子供の喧嘩のように、僕とお姉さんは怒鳴りながら思いを叩きつけ合う。会話のキャッチボールなんて生温いものではなくて、今僕たちの間で成立してるのは会話のラグビーだ。真正面から僕とお姉さんの思いがスクラムを組んで、正しさと言うボールをつかみ取ろうと言葉を尽くしている。

 それはきっと傍から見たら訳の分からないもので、無為な争いに見えるだろう。だけど、こうしなきゃ腹の虫がおさまらないんだ。合理性とか作戦とか、そういうのは後でいいんだ。

――僕もお姉さんも、的確にお互いの逆鱗を踏み抜いているのだから。
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