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第六十六話『僕はほかの誰でもない』
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それは真実半分、虚勢半分の言葉だ。長期的な不調はないにしても賭ける日書けない日の波は確かにあるし、この先とんでもなく大きな不調の波にのまれないなんて保証はどこにもない。今の実力でこんなことを言うだなんて、正直傲慢もいいところなものだ。
だけど、その言葉を発することに迷いはなかった。……それぐらいのことも誓えないんじゃ、千尋さんの抱えている暗闇を照らし出すことなんてできるはずもないからだ。
「僕はずっと書き続けます。ずっと千尋さんの傍にいます。……お姉さんの見てきたお父さんの素が田みたいには、なりません」
「へえ、随分と自信家じゃねえか。今更父さんの実績を誇るのは気に食わねえけど、あんなでも昔は売れっ子って呼ばれるタイプの作家だったんだぜ? サイン会をすれば飛ぶように参加者の申し込みが来て、作家の名前にファンが付く、そういうタイプのな。……その末路があれなんだから笑えねえし、だからお前のことも信じられねえんだけど」
嘲笑を浮かべながら、お姉さんは僕の言葉にそう返してくる。……きっと、こんなことになる前はお姉さんもお父さんのことを誇りに思っていたのだろう。一度抱いた尊敬が、幻想が崩れた時に残る失望は、今までに抱いてきた正の感情の裏返しだと言ってもいいのだから。
期待をされればされるほど、それを裏切れないという感情は強くなる。裏切る恐怖におびえながら積み上げてもそれが終わることはなく、一つ期待に応えれば次の期待がやってくる。……作家としての人生を終えるか積み上げた全てが崩れるまで、その期待のループから逃れることはできやしないのだ。
そして、それは今の僕にだって例外じゃない。今の僕に求められているのは、『イデアレス・バレット』を超える作品を作ることだ。『待っていてよかった』『ファンでいてよかった』と、そう言ってもらえる作品を完成させることだ。……僕のことを好きでいてくれている人たちが、『赤糸不切』の名前を記憶の底にしまい込んでしまう前に。
「私は小説家って生き物が失墜していく一部始終を見てきた。それが千尋を、母さんを壊すところを見てきた。父さんが迎えた限界が、家族としての幸せを全部ぶち壊すのを見てきた。……お前がそれをしないって言いきれる証拠は、この世界のどこにも存在しねえ」
そんな事を思っていると、お姉さんが結論をもう一度繰り返してくる。結局僕は信じるに値せず、ただ口だけになる可能性を微塵も否定できないのだと。……そんな危うい存在を認めるわけにはいかないのだと、きっとそういう論理がお姉さんの中では構築されているのだろう。
だけど、そのままじゃダメなんだ。その考えがあるうちは、誰も千尋さんの抱えた暗闇を照らせない。……本が読みたいと願った千尋さんの思いが蔑ろになってしまう。
それはダメだ、それだけは絶対にダメだ。千尋さんの願いが叶わないのは、ダメだ。……千尋さんに、そんな悲しいことは絶対にさせられない。
必死に頭を回転させて、僕はこの現状を打開する方法を考える。お姉さんでも信じるしかないぐらいに強い証拠を、僕が千尋さんの傍で力になり続けるのだという意思表明を、考える。
結局のところ、お姉さんは僕にお父さんの幻影を見ているのだ。それが僕を直視させることを拒絶して、お姉さんの考え方をより強固なものにしている。それをまずは壊さなければ、僕はずっとお姉さんとまっすぐ向き合って話すことが出来ないだろう。
だからまずはそこからだ。いきなり全部を壊すことはできないから、先ずは一歩一歩近づいていく。……そうするための一つの策は、もうこの手の中にあった。
「……もしも、僕が小説を出せたら。今の僕の全てを詰め込んだ作品を、ヒットさせることが出来たら」
「……あ?」
突然ぶつぶつと語りだした僕に、お姉さんの視線が突き刺さる。それは痛くて仕方ないけれど、無視して前を向いた。……絶対に、ここで引くわけにはいかないんだ。
「今の僕が出せる全力で、僕は小説を作り上げます。……それがもし作品としてヒットしたら、それはお父さんと違うって証明になりませんか」
だけど、その言葉を発することに迷いはなかった。……それぐらいのことも誓えないんじゃ、千尋さんの抱えている暗闇を照らし出すことなんてできるはずもないからだ。
「僕はずっと書き続けます。ずっと千尋さんの傍にいます。……お姉さんの見てきたお父さんの素が田みたいには、なりません」
「へえ、随分と自信家じゃねえか。今更父さんの実績を誇るのは気に食わねえけど、あんなでも昔は売れっ子って呼ばれるタイプの作家だったんだぜ? サイン会をすれば飛ぶように参加者の申し込みが来て、作家の名前にファンが付く、そういうタイプのな。……その末路があれなんだから笑えねえし、だからお前のことも信じられねえんだけど」
嘲笑を浮かべながら、お姉さんは僕の言葉にそう返してくる。……きっと、こんなことになる前はお姉さんもお父さんのことを誇りに思っていたのだろう。一度抱いた尊敬が、幻想が崩れた時に残る失望は、今までに抱いてきた正の感情の裏返しだと言ってもいいのだから。
期待をされればされるほど、それを裏切れないという感情は強くなる。裏切る恐怖におびえながら積み上げてもそれが終わることはなく、一つ期待に応えれば次の期待がやってくる。……作家としての人生を終えるか積み上げた全てが崩れるまで、その期待のループから逃れることはできやしないのだ。
そして、それは今の僕にだって例外じゃない。今の僕に求められているのは、『イデアレス・バレット』を超える作品を作ることだ。『待っていてよかった』『ファンでいてよかった』と、そう言ってもらえる作品を完成させることだ。……僕のことを好きでいてくれている人たちが、『赤糸不切』の名前を記憶の底にしまい込んでしまう前に。
「私は小説家って生き物が失墜していく一部始終を見てきた。それが千尋を、母さんを壊すところを見てきた。父さんが迎えた限界が、家族としての幸せを全部ぶち壊すのを見てきた。……お前がそれをしないって言いきれる証拠は、この世界のどこにも存在しねえ」
そんな事を思っていると、お姉さんが結論をもう一度繰り返してくる。結局僕は信じるに値せず、ただ口だけになる可能性を微塵も否定できないのだと。……そんな危うい存在を認めるわけにはいかないのだと、きっとそういう論理がお姉さんの中では構築されているのだろう。
だけど、そのままじゃダメなんだ。その考えがあるうちは、誰も千尋さんの抱えた暗闇を照らせない。……本が読みたいと願った千尋さんの思いが蔑ろになってしまう。
それはダメだ、それだけは絶対にダメだ。千尋さんの願いが叶わないのは、ダメだ。……千尋さんに、そんな悲しいことは絶対にさせられない。
必死に頭を回転させて、僕はこの現状を打開する方法を考える。お姉さんでも信じるしかないぐらいに強い証拠を、僕が千尋さんの傍で力になり続けるのだという意思表明を、考える。
結局のところ、お姉さんは僕にお父さんの幻影を見ているのだ。それが僕を直視させることを拒絶して、お姉さんの考え方をより強固なものにしている。それをまずは壊さなければ、僕はずっとお姉さんとまっすぐ向き合って話すことが出来ないだろう。
だからまずはそこからだ。いきなり全部を壊すことはできないから、先ずは一歩一歩近づいていく。……そうするための一つの策は、もうこの手の中にあった。
「……もしも、僕が小説を出せたら。今の僕の全てを詰め込んだ作品を、ヒットさせることが出来たら」
「……あ?」
突然ぶつぶつと語りだした僕に、お姉さんの視線が突き刺さる。それは痛くて仕方ないけれど、無視して前を向いた。……絶対に、ここで引くわけにはいかないんだ。
「今の僕が出せる全力で、僕は小説を作り上げます。……それがもし作品としてヒットしたら、それはお父さんと違うって証明になりませんか」
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