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第五十一話『千尋さんの不意打ち』

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「まあ、千尋が毎日楽しそうならバカップルでも別にいいんだけどさ。だからと言って、他のことが疎かになるようなことだけはしないようにな?」

 もう突っ込みを入れるのは諦めたのか、お姉さんは俺たちにそんな釘を刺してくる。……しかし、それに対して堂々と千尋さんは首を横に振った。

「大丈夫だよ、成績はむしろ良くなってるから。あたしももちろんだけど、紡君が特にね!」

「まだ一個テスト超えただけだし、定着してるかどうかに関しては少し怪しいけどね……。でもまあ、勉強とかで周りに難癖付けられるのもそれはそれで複雑だし」

 胸を張る千尋さんの姿を見て、僕は勉強した甲斐をしみじみと噛み締める。正直に言えば今回の大躍進は千尋さんの教え上手っぷりが全ての理由ではあるのだけれど、千尋さんが嬉しそうにしているのを見るのは僕も嬉しかった。

 もとから中位付近をうろうろとするタイプだから別に悪いってわけでもなかったんだけど、この一か月で色々と状況は変わりつつあるからね。千尋さんと一緒に居て文句を言われない人間になるためにも、できることは今から始めておいて損はないだろう。

「……ま、千尋さんと僕が一緒に居る限り難癖をつけられなくなることなんてないのかもしれないけどね……」

「ウチの千尋は気立ても良くて美人さんだからな、それに彼氏ができたってなっちゃあ嫉妬も難癖もつき放題でしょ。……それに耐えられないってんなら、今離れてもいいんだからね?」

 クラスの面々から向けられる針のような死線を思い出してため息を吐くと、お姉さんが少し声を低くしてそう問いかけてくる。それはお姉さんにとってある種の冗談めいたものだったのかもしれないが、僕は即座に首を横に振った。

「いえ、そんなことはしませんよ。……どれだけたくさんの人から冷たい視線を浴びせられようが、千尋さんと一緒に居られる時間の方がよっぽど大切です」

「そうだよ、あたしにとっても大切なんだから! 紡君に辛く当たるのをやめてって何回も言ってるはずなんだけど、どうして少しもなくならないのかな……?」

「それだけ隣に立ってるこいつのことが羨ましかったってことじゃない? 話を聞いてる限りやりすぎなような気もするけど、それだけお前の周りにいた奴らも本気で千尋のことを大切にしてたってわけだ」

 カウンターにのんびりと頬杖を突きながら、うんうんと悩む千尋さんにお姉さんはそんな答えを返す。……その眼は、今じゃないどこか遠くを見つめているように見えた。

「……高校生ってのはね、何にでも全力になれる年ごろだよ。自分にできることとできないことの区別がまだ微妙に付ききってなくて、だから少しばかり無謀なことだってやろうと思える。私も懐かしいな、あの頃が」

「……今はもう、全力になれないんですか?」

 そんなお姉さんの言葉がふと気になって、僕はとっさに尋ねる。それに対してお姉さんはおどいたように目を見開いたが、すぐにいつも通りの表情に戻って首を縦に振った。

「ああ、なんせ体力が有り余ってるからね。恋も部活も勉強も、手の届くところ全部に対して全力だった。……今の千尋を見てると、そのころのことを思い出すな」

「うん、あたしはいつでも全力だよ! ……まあ、最近は基本的に紡君に全力なんだけど……」

「ほらほら、この感じ。千尋にそこまで愛される君が私は羨ましくてならないなあ」

 顔を赤らめながら付け加えた千尋さんを軽く手で示して、お姉さんはふふっと表情をほころばせる。……突如飛び出したアプローチに、俺の頬は突然熱くなっていた。

 真正面からのパワープレイでアプローチされることには最近慣れてきたし、それに対して気持ちを返すこともまあできるようにはなってきた。だけど、こんな風に不意打ちで飛んでくるものになれるのはまだまだ先のようだ。……たった一言だけで、心臓が高鳴って高鳴ってしょうがないんだから。

「大丈夫、お姉ちゃんのことだって大好きだよ! ……ただ紡君に向ける好きとはまた少し質と言うか中身と言うか、とにかくそういうのが違うだけで!」

「千尋、それフォローになってない。……というか、照屋君がそろそろ茹で上がっちゃいそうだぞ?」

 追加で飛んできた千尋さんからの言葉に、俺は脳が真っ白になるような感覚に襲われる。このままのパワーでアプローチが続けば、僕の意識が吹き飛んだっておかしくはなかった。

「……紡君、大丈夫⁉ 熱中症にでもなっちゃった⁉」

「……うん、大丈夫大丈夫。少し不意を突かれて、思考がグルグルしちゃっただけだから」

 僕の顔を慌てたようにのぞき込んできた千尋さんの顔を眺めながら、僕はゆっくりと不意打ちのインパクトを受け止めていく。……そして、これ以上僕がときめいてしまう前に先手を打つことにした。

 千尋さんと僕がここをよく訪れているのは、なにもお金がないからとかではない。……ここは、外で唯一安心して千尋さんの秘密に関して話せる秘密基地のようなものなのだ。

「……それより千尋さん、今日は三つぐらいお話をまとめてきたんだけどさ。……その、どれから聞きたい?」

 僕がそう切り出した瞬間、千尋さんの眼が待ってましたと言わんばかりにぱああっと輝く。その言葉は僕たちにとって特別な時間が始まる合図であり、限られた場所でしかできない珍しい行事だ。そんなこともあってこっちに身を乗り出してきた千尋さんの姿を、お姉さんは目を細めて見つめていた。
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