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第五十話『千尋さんのパワープレイ』
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「お姉ちゃん、来たよー!」
シックな雰囲気のドアを勢いよく開け放って、千尋さんは元気に声を上げる。これが普段の店だったら流石にひんしゅくの視線を集めるのかもしれないけれど、今日に限ってそんなことはありえない。それはなんでかって言ったら、この店を経営しているマスターの厚意があるからで――
「――おー、いらっしゃい千尋。今日も元気でとてもいいことだ」
「うん、元気だよ! 紡君も、ね?」
「はい、おかげさまで元気です。……いろんなことが上手く落ち着いて、何となく体が軽いというか」
カウンターの奥から出てきた千尋さんのお姉さんに頭を下げながら、僕は近況をそう言う風に報告する。正確に言えばまだまだ色々と考えなければいけないこともやらなければいけないこともあるのだけれど、遠足周りの事を考えればそんなのは微々たるものだ。……あの時がいろんなイベントの密度が高すぎただけな様な気は、しないでもないんだけれどね。
「おお、揃って元気でなおさらよろしい。ほら、いつものやつだ」
俺たちの様子に目を細めながら、お姉さんはコーヒーと紅茶を僕たちの前に差し出してくれる。何度か通うに連れて僕の好みを的確に突くようになってきたコーヒーは、さっき呑んだものからさらに数段美味しく感じられた。
この内装の良さもさることながら、きっとこの腕前も繁盛のきっかけの一つなんだろうな。何回も通うたびにだんだんメニューが進化していくなら、そりゃあ行きつけにならない方がおかしいっていうものだろう。
カウンターに二人並んで座り、僕たちはお姉さんの逸品にほうっと息を吐く。その仕草が偶然揃ったのが、今の僕にはなんだか嬉しかった。
「……突然男を連れてきて『協力してもらう』とか言い出した時は、とうとう千尋もそこまで追い詰められちゃったのかとか思ったけどさ。今となってはお前たち、そこいらのバカップルにも負けないぐらいの仲良しだよな」
「ちょっと、バカップルはやめてよ。 あたしだって節度を考えて紡君とはお付き合いしてるつもりだよ?」
「……その割には、いつでもどこでも時を選ばずに突っ込んでくる気がするけど……」
千尋さん以外と話すことがなくなったからと言うのが原因ではあるのだけれど、学校で僕は基本的に一人だ。おまけにいろんな人からの恨みも買ってるし、あっちから歩み寄ってくるような人もほとんどいない。……僕が一人でいると問答無用で突っ込んでくる、千尋さん以外は。
誰と話していてもどんな状況であっても、僕の方さえ大丈夫なら話しかけに来るその姿はまさに猪突猛進、パワープレイと言って差し支えない。……そうやって話を打ち切られた側の人が、『なんで千尋さんの視界に入ってくるんだ』と言いたげな視線をこっちに飛ばしてくるもんだから少し困る。これがある限り、僕の周囲からの好感度は一生上がらないというデスコンボが決まってしまうわけだし。
「だって紡君、一人でいるとどこか寂しそうなんだもん。だから話しかけたくなっちゃうんだけど……やめた方がいい?」
「いいや、辞められるととっても困るかな。正直、周りの人たちの千尋さん防衛線を僕じゃ突破できる気がしない」
そんなこともちらりと頭をよぎりつつも、しおらしげな千尋さんの言葉に僕は即座に首を横に振る。今上げたことは確かに困っていることなのだけれど、千尋さんと話せないことによって起こるいろんな事態に比べたらその程度の代償なんて安いものだった。
というか、千尋さんと特別な関係にあるってだけで周りからの好感度なんざゼロをとうに突き抜けてマイナスなんだ。ここからどれだけ悪感情が上乗せされたところで、ゼロ以上にならないって意味では何も変わることはないわけで。
「……やっぱりバカップルだ、この二人」
そんな熱い掌返しをかましてみせると、千尋さんがどこか誇らしげに笑う。……そのやり取りの一部始終を見ていたお姉さんが、そら見たことかと言わんばかりにため息を吐いた。
シックな雰囲気のドアを勢いよく開け放って、千尋さんは元気に声を上げる。これが普段の店だったら流石にひんしゅくの視線を集めるのかもしれないけれど、今日に限ってそんなことはありえない。それはなんでかって言ったら、この店を経営しているマスターの厚意があるからで――
「――おー、いらっしゃい千尋。今日も元気でとてもいいことだ」
「うん、元気だよ! 紡君も、ね?」
「はい、おかげさまで元気です。……いろんなことが上手く落ち着いて、何となく体が軽いというか」
カウンターの奥から出てきた千尋さんのお姉さんに頭を下げながら、僕は近況をそう言う風に報告する。正確に言えばまだまだ色々と考えなければいけないこともやらなければいけないこともあるのだけれど、遠足周りの事を考えればそんなのは微々たるものだ。……あの時がいろんなイベントの密度が高すぎただけな様な気は、しないでもないんだけれどね。
「おお、揃って元気でなおさらよろしい。ほら、いつものやつだ」
俺たちの様子に目を細めながら、お姉さんはコーヒーと紅茶を僕たちの前に差し出してくれる。何度か通うに連れて僕の好みを的確に突くようになってきたコーヒーは、さっき呑んだものからさらに数段美味しく感じられた。
この内装の良さもさることながら、きっとこの腕前も繁盛のきっかけの一つなんだろうな。何回も通うたびにだんだんメニューが進化していくなら、そりゃあ行きつけにならない方がおかしいっていうものだろう。
カウンターに二人並んで座り、僕たちはお姉さんの逸品にほうっと息を吐く。その仕草が偶然揃ったのが、今の僕にはなんだか嬉しかった。
「……突然男を連れてきて『協力してもらう』とか言い出した時は、とうとう千尋もそこまで追い詰められちゃったのかとか思ったけどさ。今となってはお前たち、そこいらのバカップルにも負けないぐらいの仲良しだよな」
「ちょっと、バカップルはやめてよ。 あたしだって節度を考えて紡君とはお付き合いしてるつもりだよ?」
「……その割には、いつでもどこでも時を選ばずに突っ込んでくる気がするけど……」
千尋さん以外と話すことがなくなったからと言うのが原因ではあるのだけれど、学校で僕は基本的に一人だ。おまけにいろんな人からの恨みも買ってるし、あっちから歩み寄ってくるような人もほとんどいない。……僕が一人でいると問答無用で突っ込んでくる、千尋さん以外は。
誰と話していてもどんな状況であっても、僕の方さえ大丈夫なら話しかけに来るその姿はまさに猪突猛進、パワープレイと言って差し支えない。……そうやって話を打ち切られた側の人が、『なんで千尋さんの視界に入ってくるんだ』と言いたげな視線をこっちに飛ばしてくるもんだから少し困る。これがある限り、僕の周囲からの好感度は一生上がらないというデスコンボが決まってしまうわけだし。
「だって紡君、一人でいるとどこか寂しそうなんだもん。だから話しかけたくなっちゃうんだけど……やめた方がいい?」
「いいや、辞められるととっても困るかな。正直、周りの人たちの千尋さん防衛線を僕じゃ突破できる気がしない」
そんなこともちらりと頭をよぎりつつも、しおらしげな千尋さんの言葉に僕は即座に首を横に振る。今上げたことは確かに困っていることなのだけれど、千尋さんと話せないことによって起こるいろんな事態に比べたらその程度の代償なんて安いものだった。
というか、千尋さんと特別な関係にあるってだけで周りからの好感度なんざゼロをとうに突き抜けてマイナスなんだ。ここからどれだけ悪感情が上乗せされたところで、ゼロ以上にならないって意味では何も変わることはないわけで。
「……やっぱりバカップルだ、この二人」
そんな熱い掌返しをかましてみせると、千尋さんがどこか誇らしげに笑う。……そのやり取りの一部始終を見ていたお姉さんが、そら見たことかと言わんばかりにため息を吐いた。
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