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第四十話『僕は変わり始める』
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――人は、時間が経つにつれて嫌でも変わらずにはいられない生き物だ。年を取れば身近な人たちの事も忘れてしまうように、どれだけ大切な人の事も遠く離れれば忘れて行ってしまうように。
僕はその変化に置いて行かれる側で、いつも僕の気持ちだけが置いてけぼりにされていた。僕はまだ大切に思っているのに、それが相手から返されることはなくなって。……それを繰り返すたびに、僕は忘れられるのが怖くなった。
どれだけ大切に思いあっていても、変化からは逃れられないから。いつかきっと必ず、大切だと思われなくなる日が来てしまうから。……だから、変わっていくことが僕は嫌いだったのに。
「……今度は僕の番、ってことなのかな」
――まさか、自分が変化する側に回ってしまうことになるとは夢にも思っていなかった。
考えるだけでも怖いことではあるんだけれど、あまりにも明確にそう思ってしまったからさすがに誤魔化すことも難しい。……僕は確かに、信二を邪魔だと思った。
信二が居なければ、千尋さんのもっと本音に近い部分を聞けたのかもしれないのに、聞きたかったのに――って。信二が居なければ、僕も悩むことなく千尋さんとの遠足を楽しめたのに――なんて、考えるだけで寒気がしそうなぐらいに独善的なことを、あの時の僕は考えて居た。いや違うな、今でも思ってる。
「……千尋さん、ここまで楽しめてるか?」
「うん、もちろん! ちょっと強引すぎたけど、この班を結成したのは大正解だったよ!」
「そっか。……それなら、俺達も嬉しいよ」
今も僕の前に信二と千尋さんが歩いていて、千尋さんの言葉を信じは噛み締めるように受け止めている。……その姿を、僕は後ろからただじっと見つめるばかりだった。
別に歩くペースは速くないし、追いつこうと思えば余裕で三人並ぶことが出来る。人だかりがすごかった動物園とは違って三人並んでもまだ横幅には余裕があるから、モラル的にも並ぶことに何の問題もないはずだ。
そのはずなんだけど、僕はどうにもそこに並ぶ気になれない。……そうなったところで信二の引き立て役になるのが関の山だろうし、それならただじっと見ている方がまだ精神的にも楽だった。
単純な話で、僕と信二のどっちが人間的にできているかって言われたら間違いなく信二だ。僕の性根が捻くれているのは分かってるし、まっすぐな千尋さんの隣に立とうとするだけで少し気が引けてしまう。……それでも僕が千尋さんの隣で気楽にいられるのは、ひとえに千尋さんのおかげだった。
だけど、それはあくまで二人でいるときの話。……三人でいるとき、同じようになるとはとても思えなくて。
ショッピングモールでやりたいことも何となく網羅して、今から僕たちは花畑へと向かう。……そこは僕がリクエストした場所でもあり、信二が何やら企んでいる場所でもあった。
自分で選んだ場所以外も駆使しようとする信二の猪突猛進っぷりには舌を任されるばかりだが、だからと言って不快感がないわけじゃない。……一度『邪魔』という悪感情を覚えてしまったが最後、その作戦に対して湧いてくるのは悪感情ばかりだった。
作戦会議で聞いたときはまた違うことを思っていたはずなのに、本当に人というのはすぐに変わってしまうものだ。……それを今僕の心が実感していて、少し怖い。
僕の高校生活がまだ楽しいものだったのは、信二が友達として隣にいてくれたからだ。それなのに、今はその存在を邪魔くさく感じている。……信二に対して、僕は返しても返しきれないぐらいの恩があるはずなのにだ。
この感情を何て呼べばいいのか、僕の中で大体あたりはついている。……だけど、それを実際に命名するのは怖かった。……それをそう呼んでしまえば、きっと僕は後戻りが出来なくなってしまうだろうから。
そうなったが最後、僕もおばあちゃんや『あの子』と同じ側の仲間入りだ。……それがもたらす痛みを分かっているから、いくら悪感情が渦巻いていても最後の一歩を踏み込むのには躊躇があった。
だけど、この感情を抱えたままじゃどのみち今までの関係に戻ることはできない。……どうにかしてこの感情に区切りをつけるか、諦めて爆発させるかを選ばないといけないんだけれど――
「……照屋君、もしかして疲れてる?」
「……え?」
唐突に千尋さんが振り返ってそんなことを聞いてきて、僕は間抜けな声を上げる。その様子を見て、千尋さんは心配そうに眉をひそめた。
「いや、ずっととぼとぼ歩いてるから心配でさ。……次に行くのは照屋君が行きたがってたところなのに、どうしてそんな憂鬱そうなのかなーって」
僕をおもんばかる千尋さんの言葉を聞いて、信二の背筋が一瞬だけ跳ねる。……ああ、やっぱり知らないままで作戦の舞台にしてたのか。まあ、信二の無神経は今に始まったことじゃないからいいんだけどさ。
「……ううん、大丈夫だよ。ただ疲れてるのは確かだから、色々と省エネで歩いてただけ」
千尋さんの質問に首を振って、僕はあくまで健在をアピールする。ここで休ませてもらうのも選択肢ではあったけど、それをする気は起きなかった。
「……ペース上げたらそれについてけるだけのスピードは出すから、二人に任せるよ。あんまり計画とズレるのもよくないだろうし」
笑顔を浮かべながらそう言って、僕は目的地までの道を急ぐように促す。本当に気が乗らないけれど、信二の中で僕はまだ協力者なんだ。……それを根っこから否定するようなことは、あまりしたくない。
――僕の中でくすぶっている問いかけに、最後の答えを出すためにもね。
僕はその変化に置いて行かれる側で、いつも僕の気持ちだけが置いてけぼりにされていた。僕はまだ大切に思っているのに、それが相手から返されることはなくなって。……それを繰り返すたびに、僕は忘れられるのが怖くなった。
どれだけ大切に思いあっていても、変化からは逃れられないから。いつかきっと必ず、大切だと思われなくなる日が来てしまうから。……だから、変わっていくことが僕は嫌いだったのに。
「……今度は僕の番、ってことなのかな」
――まさか、自分が変化する側に回ってしまうことになるとは夢にも思っていなかった。
考えるだけでも怖いことではあるんだけれど、あまりにも明確にそう思ってしまったからさすがに誤魔化すことも難しい。……僕は確かに、信二を邪魔だと思った。
信二が居なければ、千尋さんのもっと本音に近い部分を聞けたのかもしれないのに、聞きたかったのに――って。信二が居なければ、僕も悩むことなく千尋さんとの遠足を楽しめたのに――なんて、考えるだけで寒気がしそうなぐらいに独善的なことを、あの時の僕は考えて居た。いや違うな、今でも思ってる。
「……千尋さん、ここまで楽しめてるか?」
「うん、もちろん! ちょっと強引すぎたけど、この班を結成したのは大正解だったよ!」
「そっか。……それなら、俺達も嬉しいよ」
今も僕の前に信二と千尋さんが歩いていて、千尋さんの言葉を信じは噛み締めるように受け止めている。……その姿を、僕は後ろからただじっと見つめるばかりだった。
別に歩くペースは速くないし、追いつこうと思えば余裕で三人並ぶことが出来る。人だかりがすごかった動物園とは違って三人並んでもまだ横幅には余裕があるから、モラル的にも並ぶことに何の問題もないはずだ。
そのはずなんだけど、僕はどうにもそこに並ぶ気になれない。……そうなったところで信二の引き立て役になるのが関の山だろうし、それならただじっと見ている方がまだ精神的にも楽だった。
単純な話で、僕と信二のどっちが人間的にできているかって言われたら間違いなく信二だ。僕の性根が捻くれているのは分かってるし、まっすぐな千尋さんの隣に立とうとするだけで少し気が引けてしまう。……それでも僕が千尋さんの隣で気楽にいられるのは、ひとえに千尋さんのおかげだった。
だけど、それはあくまで二人でいるときの話。……三人でいるとき、同じようになるとはとても思えなくて。
ショッピングモールでやりたいことも何となく網羅して、今から僕たちは花畑へと向かう。……そこは僕がリクエストした場所でもあり、信二が何やら企んでいる場所でもあった。
自分で選んだ場所以外も駆使しようとする信二の猪突猛進っぷりには舌を任されるばかりだが、だからと言って不快感がないわけじゃない。……一度『邪魔』という悪感情を覚えてしまったが最後、その作戦に対して湧いてくるのは悪感情ばかりだった。
作戦会議で聞いたときはまた違うことを思っていたはずなのに、本当に人というのはすぐに変わってしまうものだ。……それを今僕の心が実感していて、少し怖い。
僕の高校生活がまだ楽しいものだったのは、信二が友達として隣にいてくれたからだ。それなのに、今はその存在を邪魔くさく感じている。……信二に対して、僕は返しても返しきれないぐらいの恩があるはずなのにだ。
この感情を何て呼べばいいのか、僕の中で大体あたりはついている。……だけど、それを実際に命名するのは怖かった。……それをそう呼んでしまえば、きっと僕は後戻りが出来なくなってしまうだろうから。
そうなったが最後、僕もおばあちゃんや『あの子』と同じ側の仲間入りだ。……それがもたらす痛みを分かっているから、いくら悪感情が渦巻いていても最後の一歩を踏み込むのには躊躇があった。
だけど、この感情を抱えたままじゃどのみち今までの関係に戻ることはできない。……どうにかしてこの感情に区切りをつけるか、諦めて爆発させるかを選ばないといけないんだけれど――
「……照屋君、もしかして疲れてる?」
「……え?」
唐突に千尋さんが振り返ってそんなことを聞いてきて、僕は間抜けな声を上げる。その様子を見て、千尋さんは心配そうに眉をひそめた。
「いや、ずっととぼとぼ歩いてるから心配でさ。……次に行くのは照屋君が行きたがってたところなのに、どうしてそんな憂鬱そうなのかなーって」
僕をおもんばかる千尋さんの言葉を聞いて、信二の背筋が一瞬だけ跳ねる。……ああ、やっぱり知らないままで作戦の舞台にしてたのか。まあ、信二の無神経は今に始まったことじゃないからいいんだけどさ。
「……ううん、大丈夫だよ。ただ疲れてるのは確かだから、色々と省エネで歩いてただけ」
千尋さんの質問に首を振って、僕はあくまで健在をアピールする。ここで休ませてもらうのも選択肢ではあったけど、それをする気は起きなかった。
「……ペース上げたらそれについてけるだけのスピードは出すから、二人に任せるよ。あんまり計画とズレるのもよくないだろうし」
笑顔を浮かべながらそう言って、僕は目的地までの道を急ぐように促す。本当に気が乗らないけれど、信二の中で僕はまだ協力者なんだ。……それを根っこから否定するようなことは、あまりしたくない。
――僕の中でくすぶっている問いかけに、最後の答えを出すためにもね。
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